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第34話

 その夜、正直なところ俺は頭を抱えていた。  体術や刃物、銃火器のトレーニングはかなり進捗も良く、ニコライの仕掛けも着々と進んでいた。問題は、どう誘き出すかだった。 「お前は、いや高瀬 諒は男娼として売られるところだった。それを飛び降りをした場に居合わせた私が保護を申し出た。彼の伯父は彼が私の愛人になったと思っているわけではない」  俺とミハイルは差し向かいでニコライの集めたデータを前に手順の確認をしていた。部屋の隅ではニコライがタブレットを確認していた。 「どういうことだ?」  俺は首を捻った。実質、俺はこいつに犯られまくってる。飼い犬扱いされて、待遇は愛人なんて可愛いもんじゃない.....と思うが。 「彼を保護してすぐに、その伯父とやらからコンタクトがあった。ビルから転落したのを保護してくれた礼と、彼を早急に引き取りたい......という話でね」  ヤツはウオッカのグラスを片手に俺の知らない前段を語った。ヤツによれば、あいつの、高瀬 諒の伯父というのは、相当にえげつない奴らしい。 「口封じしたがった......て訳か。あいつが意識を取り戻せば、集団レイプさせた事やそれをネタにヤクザに売ろうとした事がバレて都合の悪いことになる」 「そうだ。実際怪しげな奴らが病室の様子を伺っていた。だから早急にお前ともども私の指定した病院に移した。内密でね.....」 「マフィアのお前に怪しいと言われては不本意だろうな.....」 「私はそういう浅はかな真似はしない」  軽口を叩く俺を軽くいなして、ヤツは続けた。 「そして、伯父という男には、彼が心身喪失状態で記憶喪失にもなっている......私の知り合いに良い医者がいるので治療を任せて欲しいと伝えた。......その後も何度かコンタクトはあったが、ニコライが上手く対応してくれている」  ヤツの目が部屋の片隅に佇むニコライに向けられた。ニコライは小さく頷いて、答えた。 「ボスの厚意により、少しずつは回復しているが、記憶はまだ戻っていない.....と伝えてあります」  俺がミハイルと外出した画像を背景を加工して送った.....という。  ある意味.....俺にとっては不運以外の何物でもないが、少なくともあのガキにとってはこの上ない幸運だったわけだ。ミハイルが介入したことによって生命の危機を救われたのだから。 「それで......?」  俺はいささか釈然としない心持ちを抑えて、椅子の背にもたれ掛かった。 「私は来月、日本に行く。レヴァント-グループの物流部門が日本のロジテクスと共同のシステムを開発するために支社を設立したのでね。視察に行く。そのレセプションに高瀬物産も招待する。コンベンション前の顔合わせだ」 「なるほど.....そこに誘き寄せるという訳か」  ミハイルがおもむろに頷いた。 「既に高瀬物産から現在の社長名で賄賂を送られた議員や官僚の名前もデータも検察庁に送った。そろそろ内偵が始まる頃だ。特別背任の容疑が固まる前に、彼は自殺する。警察の追求を怖れて......ね」 「見せかけるんだろう.....?」 「そうだ。彼は車ごと断崖絶壁から転落する。海へ.....既に事切れてはいるがね」  俺はそこはかとなく嫌な予感がして、ヤツに訊いた。 「.....で、俺はどうするんだ?ここで留守番か?」 「そんな訳は無いだろう。お前も同行するんだ。中国人の通訳兼愛人として、ターゲットの前に現れる......ターゲットに揺さぶりをかけ、誘き出して仕留めるんだ。そのためのトレーニングだろう?」 「お膳立てと後始末はしてくれる.....て訳か。.....というか、その前に『愛人』てのは要らないだろ!.....『通訳』だけで充分だ」  ヤツのプランにムッとする俺にニコライが淡々と解説を加えた。 「高瀬 諒の伯父というのは、欲深い男で、しかも彼自身が同性愛者でもありますから、高瀬 諒らしき人間がボスの愛人となれば、更なる欲に駆られて向こうから喰らいついてきます。.....作戦の精度を上げるには最適かと...」 「その通りだ」 「俺はイヤだ。お前の愛人なんて...!」  不貞腐れて立ち上がろうとする俺の肩をニコライの馬鹿力が抑えつけた。 「実態は変わらんだろう、パビィ。いや人間扱いされるだけマシではないのか?ん?」 「....っ、てめえ!」  激昂する俺を前にヤツはニンマリと口許を緩ませた。そして、如何にも楽しげにグラスを鳴らした。 「華橋の仕立て屋に連れていってやる。飛びきりの生地で袍を作らせてやろう。それと.....」  ミハイルの眼が昏く光った。 「私の情人の証を記しておかねばな。.....お前は高瀬 諒ではなく、趙小狼(スー-シャオラァ)なのだからな」 「止めろ!......その名前を使うな !」  俺はテーブルを力いっぱい叩いた。怒りで息がとまりそうだった。ミハイルは顔色ひとつ変えず、怒りに打ち震える俺を眺めて、静かに言った。 「分かった。考えておこう」    

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