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第35話

「お前はいったいどういう趣味をしているんだ.....」   -「ん?」  俺は俯せた身体の上に覆い被さる金髪の野獣を振り返った。ヤツ...ミハイルは俺を背後から抱き抱えるようにして、片方の掌に俺のモノを包み込むようにして、弄んでいた。時折、胸の突起を強く摘ままれ、脳髄まで突き上げる快感に身を捩った。耳朶にかかる息は途方も無く熱く、俺は軽い目眩とともに本物の獅子に喰われるような錯覚を起こして、身を戦慄かせた。 「何のことだ?」 「いれ....ず....み.....あぁ...あっ....あんっ!」 ー全てだ...!ーと言いたかったが、ヤツの指に先端をくじられて、言葉は吐息にしかならなかった。   「いい出来じゃないか.....よく似合うぞ」  ヤツはそう言って、むくりと起き上がり俺の腰に唇を押し当てた。そこには、先日、彫り上がったばかりの刺青があった。  数週間前、ヤツは、日本から腕のいい彫り師を探してきた....と言って、経営するホテルのスイートルームに俺を連れ出した。日本の彫り師だと言うその男は、確かめるように俯せた俺の背中から腰に手を這わせていたが、   『どうだ?』 『この肌ならば.....』 とミハイルに訊かれると、静かに頷いた。 『では、頼む』  それから、俺は三日に一度、そのホテルに連れていかれた。 『新しい刺青(タトゥー)を入れる』 とヤツが宣言したのは分かっていたし、 『新しいお前に生まれ変わる記念だ』 と言われても、異義を唱える術もなかった。  一度に彫りあげることは出来ない...との彫り師の言葉にミハイルは同意し、線彫りから彩色が終わるまで、その度に、ホテルの一室で彫り師が俺の肌に針を刺していくのを見つめていた。 『美しく仕上げてくれ』  そう言ってヤツが彫らせた意匠は.... ー蓮ーだった。  俺の腰の中心に大小の薄紅の蓮の花と蕾、そして葉が尻の合間から生えたように描かれていた。それは決して大きくはないが、他の意匠よりなお背徳的な眺めだった。 『シノワズリが趣味でね.....』  ヤツは刺青が完成すると、彫り師に約束通りの報酬を渡して、俺を屋敷に連れ帰った。その後、その彫り師がどうなったかは、俺は知らない。 「悪趣味だ...」  自分の刺青を鏡越しに確かめた俺が眉をひそめると、ヤツはむしろ満足気な笑みを氷の面に浮かべて言った。 「そうか?傑作だと思うがな...」 「蓮の花ってのは、極楽浄土の清浄なところに咲くんだぞ」 「ゴクラク.....ジョウド?」 ーこいつにはわからんか.....ー 「天国のことだ」 「天国?」 「パライソじゃねぇぞ、ヘブンだ。」    俺もお前も絶対に行けないところだ。  俺がそう言うと、ヤツはその冷えた指先についた精を花に塗りたくるように俺の腰を撫でまわして囁いた。 「最高じゃないか。やはりお前に相応しい」 「なんだと?」 「観音(クゥアンイン)は蓮の上に座ってこの世の者達を導くのだろう?.....悩み苦しむ者を救い、この世に平和をもたらす」  ヤツは蓮の花に強く口づけて言った。 「美しい刺客(ツゥークー)には似合いの印だ」 「お前もあの世に送ってやろうか!?」  肩越しに睨み付けるとミハイルは、ふん....と鼻を鳴らし、俺の腰を抱えあげると、ヤツの凶器で俺の内奥を一気に貫いた。 「あっ.....あひぃっ......ひあぁっ!」 仰け反る俺の顎を捉えて、ヤツが耳許に囁いた。 「私達が辿り着くのは、パライソだ。ヘブンではない。そうだろう.....?狼小蓮(ラァシャォレン)...お前の新しい名だ。すぐにパスポートを作ってやろう」  そう言って噛みつくように俺に口づけてた。 気を失い、天国の入口を覗くまで俺達は互いを貪り続けた。

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