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ミハイルside 11~change the world ~

 崔の要塞を破壊し、無事に『演習』を終えた私達は、ロシア空軍のヘリから降りた後、数日間、ヤンゴンに滞在することにした。  重症を負った邑妹(ユイメイ)をまず、最良の病院に収容し、早急に治療を施さねばならない。  同時に、崔のようなテロリストを放置したミャンマー政府に対し厳重な抗議を申し入れ、かつ商談を進めたい....というロシア政府の意向もある。  同時に『保護』した崔の『迎賓閣』の客の処遇について、各国の『要人』と調整をしなければならない。マフィアのボスとして....。    私はサヴォイ-ホテルのスウィートルームで、ソファに身を沈めて心おきなくタリズマンを燻らせた。こんなに美味い煙草は久しぶりだ。 「今回の崔との『戦争』はロシアの軍事兵器のいわばデモンストレーションにもなった。政府は購入の交渉がやり易くなったと喜んでいる」  ラウルは窓の外に瞬く街の灯りを眺めていたが、私の言葉に大きく溜め息をついた。 「どうした?」 「この街は....香港に似てる...」  ネオンの煌めく活気溢れる街....色々な国籍の人々が行き交う雑多な文化の共存する歴史ある市街地.....私の我が儘で、長く故郷から引き離して私の側に置いていた。突然にアジアの空気に触れた彼がホームシックを起こしても無理はない。 「帰りたいのか.....?」  私の問いに彼は黙って首を振った。そして、ふと思い出したように言った。 「そう言えば....崔の本拠地はシンガポールじゃなかったのか?」  私は少し悩みながら答えた。シンガポールの拠点は、私達が手を出すことはできない。それは暗黙の了解だった。政府と西側との......。 「あそこは『表向き』のオフィスだ。....あっちは、今、ICPO(インターポール)とシンガポールの軍が制圧してる」 「そうか....」  彼は再び窓の外に目を移した。 「なぁ....ミーシャ、戦争ってのはいつ無くなるんだろうな.....」  私は胸が締め付けられるようだった。『戦争』は、誰も幸せにはしない。ラウルの父や趙、それに崔も....全てが『戦争』によって狂わされ、悲劇の連鎖を引き起こした。だが、国家が存在する限り、力によってその存在意義を誇示しようとする限り『戦争』は無くならない。 「わからん」  私は彼の肩を抱いて言った。 「だが、誰だって大切なものがある。それを奪おうとする者がいたら戦わねばならない。それが恋人なのか国家なのか....ということに過ぎない」 「でも.....」  彼は私の胸に頬を押しつけた。私の鼓動を確かめるように.....。彼の『戦争』によって受けた傷は途方もなく深いのだ。私の想像など到底及ばぬほどに。私のローブの襟を握りしめる指の震えがそれを伝えていた。私は決意した。 「大丈夫だ....」  私は誰よりもラウルが大事なのだ。私には彼の笑顔が必要なのだ。 「レヴァント-ホールディングスは、いずれ兵器製造から撤退する。......今すぐには無理だが、次の世代が後継するまでに、他の企業グループに売却出来るよう、プランを立て始めている」  戻ったらすぐに役員を召集して、プランを立て検討に入ろう。彼の慰めのための嘘ではなく、彼の思いを受け止め、現象化する。  それこそが、彼に対する誠意であり、愛情であることに疑いはない。  それに......人間はもっと巧妙な『戦争』を考え始めている。物理的な力に頼らない、恐るべき『武器』の開発を始めている。私は参入する気は無いが。 「ミーシャ......?!」  私の言葉にラウルは顔を上げ、私を見つめた。その目から一筋、涙が流れ落ちた。私は彼の涙を唇で拭い、微笑んだ。 「観音菩薩はすべての衆生を救うことを発願したというからな。差し当たっては.......」  私は彼を抱き上げ、ゆったりとした足取りで花に埋もれた褥に向かう。 「哀れな凡夫の憂いを取り除いていただこうか。ん?」 「な......憂いって.......」    黒曜石の澄んだ瞳が私を見つめる。深い口づけに、背中の蓮花が揺らめき、私を浄土に手招きする。 「お前の愛を確かめさせてくれ。.....ラウル」    彼は顔を上気させ、私の首筋に埋めた。小さな声で囁いて、瞼を閉じる。 「存分に.....亲爱的(あなた)」  私はやっと観音菩薩の赦しを得た。私の運命を変えた最愛の天女が、私の待ちわびていた祝福を薔薇色の唇で囁く。   「ミーシャ、愛してる.......」  少しずつでもいい、世界を変えよう。この愛が私の傍らにあるなら、私は変わることができる。だから......。  空には満天の星が煌めいていた。  

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