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第3話

 彼は目覚めてから、怒って本気で噛んできた。  多分、彼の本来の力なら、喰い殺されたかもしれない。  でも、彼は生肉を食べるのも今では苦労していて、渋々軽く茹でたり、火をとおしたものを食べている位なので、あちこち血が滲む位で済んだ。  「君に喰われるなら、本望だ」  歯を立てる彼に好きなように噛ませた。  彼にしていることに比べたら・・・。    抵抗しなかったら、彼は困ったような顔をして止めた。  優しいのだ。  彼は。  迷い倒れた人間でさえ、見捨てられないのだ。  血の滲んだ場所を懸命に舐めてさえくれた。  何か低く呟く。  その言葉はわからない。    「君は優しいのに・・・すまない」  私は謝るしかなかった。  彼が逃げないことを知っているので、彼と山を散歩する。  彼は外に行けば顔を輝かせるからだ。  少しは走れるので、彼にしてみれば全く動かない身体であっても、走り、喜んだ。  樹に頬をよせ、知らない言葉を囁く。  まるで樹と話しているかのよう。  いや、話しているのだろう。  彼は笑う。    彼はまだ足音なく動ける。  鳥に気付かれず忍びよることもできる。  鳥を捕まえて、頭から齧ろうとしていたのを慌てて止める。  今の彼では鳥の首は噛み切れないし、食糧は十分あるからだ。  鳥を取り上げられ、膨れていたが、私が鳥を放つのを不思議そうに見ていた。    彼を一人野外に出していても問題はなかった。  手錠があるかぎり、彼の左手首に巻きついた、手錠の輪がある限り、彼は私から逃げない。  私しか外せないと知っているから。  私のしていることに興味を示すようになった。  私がめくる本を取り上げ、ページに目を近づけ、首を捻り、なげだしたり、料理につかう小さなストーブが鉄であるこてを気付き、怖がったが、火がそこから出ることには目を丸くしたりした。  彼は最初、ほとんどレアな肉と、木の実しか食べなかったが、私の食べ物に興味を示し、私の皿から摘まむようになった。        もちろん食事は手づかみだ。  それでいい。    彼は玉子料理を好むようになった。  でも、彼が一番気に入ったのは・・・  音楽だった。   一代で成功した義理の父はいわゆる成り上がりであったからこそ、「教養」的なものを好み、結果私達兄弟は音楽を習わさせられた。  親の見栄だった。  でも、嫌いではなかった。  何も持たずにこの山荘に来たが、実父が残した荷物の中にギターをみつけた。  弦は錆び付いていた。    月に一度食糧などを持ってくる男に頼みギターの弦も頼んでおいた。  習っていたのはピアノで、ギターは高校の時に友人に習っただけだったが、思い出せば、指は動いた。  ひきこもってからも、一人弾いていた。  何もすることがないから。  だけど、これが一番彼の興味をひいた。  彼の気をひくために、なんでもいいから、少しでも好意を持ってもらうためにしたことではこれがいちばん効いた。  二番目は生肉を最初に出した時だった。  彼が自分から寄ってきた。  いつもは拒否られはしないものの無関心な目で見るだけなのに。  挿れてしまって怒られてからは挿れなかったけれど、やはり彼に触れるのはやめられなかった。  確かに感じて、達してくれるし、拒否はないけれど、彼が感情と快楽を切り離していることはわかっていた。  いろんなものに興味をみせても、それは、それなのだ。  彼は生き残ろうとし、いつか外にでることを狙っている籠の鳥なのだ。  彼の寿命はながい。  そう、間違いなくいつかは叶う。  彼かられば、私に捕まることさえ、僅かな間なのだ。  その悟りきった態度しか見せてもらえなかったのに、音楽だけは反応が違った。  ギターを弾いた瞬間から、顔が違った。  目がみひらかれ、輝きをみせる。  歓喜だった。  私は歌った。  知ってる曲はそんなになくて、古い流行歌だった。  この歌は君の歌、そう歌うラブソング。  気恥ずかしい気持ちだったし、人前でうたったことなどなかったから、緊張したが、こんなにも身じろぎもせず、彼が聞くから。  君にあげられるものはこの歌だけ、そんな歌詞が、恥ずかしい。  でも、確かにその歌詞の通りだったし、どうせ彼は言葉がわからないから、開き直った。  君がいる世界は美しい。  そう歌い終わると、照れてしまった。  俯いて恥ずかしさに耐えた。  弟がいたら、冷たい声で「狂ったか」と言われそうだ。  相手の心を求めて歌うなんて。  高校生でも今頃はしない。  はずかしくて、死ねるんじゃないかと。  真っ赤になって頭を抱えていたら、彼がバンバンと床を叩いた。  顔をあげると、真剣な顔でギターを指差し、小さくハミングした。  今歌った歌だった。    初めて会った時も、夜の中、歌っていたことを思い出した。  彼は歌が好きなのだ。    そして、彼の世界では彼しか歌わないのだ。  山の生き物達は歌わないから。  バンバン、床を叩く。  ギターを指差す。  歌え、と云っているのだ。  その剣幕に押されて違う曲を歌った。  彼はうっとり耳を傾ける。  その目が見えない音を追っているようだった  曲が終われば次をせがまれ、私はその日声が枯れるまで歌わせられた。  でも、その夜抱きしめてキスしたとき、少しだけ、私を受け入れてくれたんじゃないか、快楽にあえぐ身体が少し、私の手に寄り添うようなんじゃないかと、そんな風に思ってしまった。  何はともあれ、彼は音楽を愛した。  ふるいレコードと、レコード盤を見つけ出し、それをかけてやると、彼はとても喜んだ。  音楽が流れる間、私には見えない音楽を目で追うように宙をみつめ、微笑んでいた。  彼は最初に歌った、君の歌、が一番好きになった。  分からないなりに耳で流れる音で歌った。  綺麗な発音で。  耳がいいのだ。    綺麗な声、綺麗な歌、歌が溢れて行く。  彼は笑った。  歌いながら笑った。  恐らく、彼は長く失っていた歌をとりもどしたのだ。    彼が笑ってくれる。  彼が歌ってる。  私は幸せになれた。  とてもとても  歌の結果、彼は言葉にも興味を示したようで、私に言葉を尋ねていく。    自分を指差し、床を叩く。  「私」   私は言う。  「ワタシ」  彼が言う。  私を指差す。  私は答える。  「あなた」  「アナタ」  彼はいう。  私のことを「アナタ」という名前だと思っている可能性もあったが、ふたりだけなのだ構わなかった。  「空」  「土」  「木」  彼が知りたがる言葉は全て、彼の世界のモノだった。  でも決して彼は自分の名前も自分の言葉も教えようとはしなかった。  大切なのだ。  そう思った。  抱き合う夜に、舌に応えるようになってくれた。  私が胸を吸う時、髪に指を立てて、私の頭を抱きしめてくれるようになってくれた。  自分から脚を広げて、指を欲しがるようになってくれた。     たっぷり指で広げて擦っていかせた。  でも、いちど怒られて依頼、挿れてない。  彼の中がどんなに熱くて、指を、いれるだけて締め付けてきても。  これが、拘束されている者が生き残るためにする反応だとわかっていた。  でも。でも  愛する者が笑って側にいてくれる生活はあまりに幸せで。  私は自分の罪をよそにおき、幸せを感じてしまっていた。    幸せな日だった。  彼は野外で走り、歌う。  それを見ていた。  夜はまたギターを弾こう。  彼が笑うから。  私は樹の下で、陽の下で踊るように跳ねる彼を見ていた。  彼は蜜蜂を見つけて、その指先に止まらせていた。  蜜蜂達は、彼を刺さない。  かれは木の洞から蜜を掬ってもってきたことさえある。  私に食べろと。  彼の指を嘗め、彼がベタベタにした自分の指を舐めている間に、おかしくなって野外で彼の違う場所を舐めることになったけれど。  そんなことを考えている間に彼が歌いだした。  君の歌、だ。  彼はうたった。  「君」のために。  地面を踏みしめ、空へ手を差し伸べて。  君の歌。   これは君だけの歌。  そう、歌った。    それは透き通り、空へ吸い込まれていくような声だった。  そして、その声は胸を熱くした。  私は気付く。    彼は「君」のために歌っているのだ。  これは「君」に捧げる歌だった。  私ではない。  血の気がひいた。  誰?  誰なのだ。  君にあげられるのは歌だけ。  歌だけなんだ。  彼は歌い続ける。  その歌は愛に溢れている。  私には向けられることのない。  身体が冷え、震えた。  誰に?  誰のための歌?  彼はずっと、一人だろう。  彼の声が響く。  鳥が歌うのを止めていた。  小屋から離れた森の入り口から、山犬達が呆けたようにこちらを見ていた。  そうか、ずっと・・・彼を見守っていたんだな。  そう知った。  蜜蜂が指先に止めり、彼は蜜蜂に向かって歌う。  あなたの歌だ、と。  理解した。  あなた。  彼には自分以外の全てがあなただったのだ。  土に空に木々に山犬に蜜蜂に。  彼の世界の全てに、彼は新しく得た歌を送っているのだ。  閉じ込められた世界から、彼はそれでも愛する世界へ送れるものを送っているのだ。  これしか贈れない。  でもこれは君の歌。  君が世界が美しい。  それは世界に捧げられる賛美歌だった。  呪いしか送れない私とはちがう。  彼は何かを呪う代わりに世界に歌を送ったのだ。  歌は美しく。   私の心を焼いた。  これは罰だった。  私が焼いた弟の背中は、私のエゴでしかなかった。  しかし彼は呪いではなく祝福で私の心を焼いた。  私は泣いた。  あの日の弟のように。    泣きながら歌い終わった彼の前で膝をついた。  彼は驚いたように私を見た。  「許してくれ」  私は彼の手をとり、その指の一本一本にキスしながら言った。  あの日の弟のように。  私は弟の謝罪を受け入れなかったのに。  彼は戸惑った目で私を見る。  私は黙って肌身離さずもっていた鍵を取り出した。  足首にチェーンで撒いていた。  彼は金属にふれられないから、外せない。    彼の手首の手錠の輪に巻いた布を慎重に取る。  彼に鉄が触れないように。    そして、鍵を回し、外した。  地面に手錠が落ちた。  彼は喜びの声をあげた。  その声はどんな歌よりも、美しい。  彼は笑った心から。  そして、軽く地面を蹴った。  高く、木々より高く跳んで・・・。  姿を消した。    振り返ることさえなかった。  彼がいない世界はつらかった。  彼はいない。  ぼんやりと何日も過ごした。  どれくらいの日々が経っていたのかわからない。  涙さえでない  でも、外へ出た。    夜の闇が広がる。  小屋の入り口から、森を、月を、夜空を眺めた。  彼の歌が耳に残る。  この、小屋の外に広がる全てが、彼の愛する「君」なのだ。  ここは彼の愛する世界。  彼がいる世界。  少なくとも、彼が愛する世界に、私はいる。  それに満足するしかなかった。    私は歌った。  私の「君」は彼だけ。  君だけの為に歌った。  でも、確かに。  この歌だけは彼は受け取ってくれたのだ。  愛してる。  誰よりも。  人ではないから君を愛した。  人間の自分勝手な愛で。  でも、君の愛は私のつまらない愛を打ち砕いた。  捕らわれても、それでも世界へむかって愛を送る君が、私の愛を壊した。  そんなものは壊れるものだったのだ。  焼かれるべきは、私だったんだな。  君を鉄で焼き、弟の背中を煙草で焼いて。  君を失ったことで、自分を焼くしかない。  君が許してくれたとしても。  焼き続けるしかない。  ・・・・・・私はここで。  君の世界を守りたい。  私は決意を決めた。  私は数年振りにその夜、弟に電話した。  力を貸して欲しい、と。  弟は驚いたが、何でもする、と言ってくれた。  弟の弁護士と連絡しあうことになるだろう。  「幸せか?」  弟が小さな声で言ったから、弟は幸せではないのだ、と思った。  「幸せだ。愛する者がいるから。お前も幸せに」  言った言葉にウソはない。  でも、弟は幸せにならない。  それはお互いわかってた。  そして、もう会うことはないことも。  私は動き出す。  私の世界で、私は動かないと。  数年振りの、世界への復帰だった。  数ヶ月たった。  彼の山を自然保護地区にするため、私は駆け回っている。  弟の協力もあったが、色んな団体とも繋がりあい、なんとか実現しようとしている。  皮肉にも義理の父からたたき込まれたビジネスの手腕は、とても役に立った。  父は弟に王座を奪われ引退していた。  弟は王国を治めている。  父の名前も弟の名前も利用できるものは何でも利用した。    週末は小屋に帰る。  小屋の入り口から、彼の世界を見つめる。  彼はここにいる。  ここのどこかで、きっと歌っている。  私は彼の世界へむかって、歌った。  彼に。    「君の歌」を。  君がいる世界を守る。  二度と君に会えなくても。    私にできる償いはそれだけしかなかった。  それが私が君にささげられる歌だった。  歌い終わった。  涙がでた。  でも、彼にあいたかった。  赦されるなら一目でも。  泣いていたら、髪に優しく何かが触れた。  驚いて顔をあげたなら、そこには彼が立っていた。  私の髪を撫でていた。  優しい目が私を見下ろしていた。  泣きながらその目を見つめる。    何で、と尋ねたかもしれない。  どうして?と聞いたかもしれない。  でも、答えの前に抱きしめていた。  彼は私の背中にそっと腕を回してくれた。  震えながらキスをした。  拒否されることに怯えながら。  彼は自分から口を開けて、私の舌を迎えてくれた。  甘い舌。    彼の。  彼の。  泣いてしまう。  横抱きにして、部屋へ運んでも彼は拒否しなかったし、ベッドに運んでも怒らなかった。  「抱いてもいいか?」  ガチガチ震えながら聞いたなら、彼から優しいキスをされた。  もう止まることなどできなかった。  可愛い胸の粒を吸って、勃ちあがらせる。  彼は甘く溶ける。  熱い肌に溺れる。  胸だけで零れていく性器に自分の性器を押し当て擦り付ける。  彼は自分から腰を振り応えた。  涙を拭われたのは私の方だ。  彼は笑ってた。  私に向かって。  笑って。  笑ってくれていた。  私は。  笑いながらするセックスをしたことがなかった・・・。  弟とのセックスは秘密と、ほの暗さのあるものだったし、彼女達とのセックスはどこか心のないものだった。  彼は笑いながらキスを彼から繰り返す。  私もキスを返す。  それがあまりに幸せでまた泣いてしまう。  その涙を彼が舐めとる。  彼が私に触れる。  私が彼を犯すのではなく。  たまらなく幸せだった。  座ったまま彼と向かい合わせで抱き合って、指で彼の中を愛していると、彼が私の性器に触れてきた。  そんなことをしてこなかったから、慌てる。  「ダメ。君にイタズラされたら我慢できなくなるから」  笑って彼の手を掴むと、彼は不思議な目を私に向けてきた。  「ホシイ」  彼は言った。  その言葉だけでイくところだった。    意味を間違えているのではないかと思った。  彼は私の性器を自分のそこへと押し当てた。  そして腰を擦り付けた。  喉が鳴った。  彼の意図は明確だった。  「いいの?」  私は聞く。  息があがって、興奮し過ぎて目が血走っているかもしれない。  獣のような顔だろう。  呻き声さえ出た。    彼は私にキスしたから。  もう、止まらなかった。    押し倒して、そこに押し入った。  すっかり蕩けたそこは、私を受けいれた。  ああっ  彼が叫んだ。  挿れただけで迸らせた。  いやらし過ぎるだろ。   そう思った。  もう、ダメだった。  もう、耐えられなかった。  私は吠えた。    彼の両脚を担いで、彼のさらに奥へと押し入った。  甘く熱い蜜が詰まったようなそこは、煮えたぎっていて、蠢いて、締め付けてくる。  まとわりつく襞を裏返すように動く。  奥をこじ開け、そこに先を吸い突かせた。  甘くとける  熱くて。  甘くて。  彼だった。  彼ももう笑顔はない。  泣いていた。  でも、すがりついてくれている。  背中に立てられる爪の痛みに歓喜した。  愛してる。  愛してる。  そう叫んだ。  彼が泣きながら笑う。  愛していてもいいか?  そう願う。  彼は私の首を引き寄せキスしてくれたから・・・、私はさらに、彼に狂った。  愛してもいいのか。  愛しても。  許しは乞わなかった。  許されるべきではないから。  でも、彼は・・・彼は・・・私のところへ来てくれた。  どんな想いからなのかわからない。  でも伝わるのは彼の優しさだ。  彼は彼の世界に向ける優しさを私にも向けてくれているのだと分かった。    どういう理由で彼がその結論に至ったのはわからない。  でも、そうしてくれた。  彼の世界を私に分けてくれたのだ。  彼の中で放つ。  彼と溶け合いたくて。  彼が身体を震わせ、それにイく。    でも、また動き始める。  終われそうもない。  「ダメ・・・」  彼が小さく言いかけた言葉を唇を塞いで、言わせない。  言わせてあげない。    聞いてしまったら止めてしまうから。  激しく中を擦りたてて、言葉を消した。  彼が、喉をから笛のような音を出して、また先から零す。  もうダラダラとしか出てこない。  泣きながら、何か言いそうになったなら、今度は大きくスライドさせる。  ああっ  ああつ  彼は言葉にならない声をあげるだけだ。  それでも何か伝えようとした唇を塞いで、奥をついた。  彼は何度も身体を痙攣させて私から絞りとった。  私は。  私は。  やはり。  酷い男でしかない。  結局彼が泣き叫び、動かなくなるまでしてしまった。  目覚めた彼に噛まれるのを大人しく耐えた。  それでも、今の彼なら喰い殺せただろうから、そこまでは怒っていなかったのだとおもう。  前程、血がでるほどではなかったし。  それに彼に喰われるなら本望でしかない。  彼は夕方まで、私の山荘で寝ると、夕方には起き上がり、服を着た。  前に着ていた、粗い繊維の服だ。  「行ってしまうのか」  わかっていたけれど、私はまた泣いてしまう。  彼は私を噛んだ首筋の跡を指で撫でた。    「ワタシノ」  彼は言った。  そう確かにこの跡は彼がつけたものだ。  でも、それが?  私が怪訝そうな顔をしていると、彼は私の胸に指をあてた。  「ワタシノ」   そう言った。  理解した。  「そうだ!!私は君の物だ!!」  私は叫んだ。  彼は微笑んだ。    彼は私を自分のモノにしてくれたのだ。  それは私を彼の世界に加えてくれることだった。  彼を私のモノにして、狭い場所に閉じ込め殺すより・・・それは素晴らしいことだった。  「マタ来ル」  彼は笑った。  少し照れたように。  「山犬、二人イル。アナタ、ワタシノ二人」  彼は言った。  山犬はずっと同じ番を持つ。  彼は考えた末、セックスをつがうことと結びつけたのだろう。  そして・・・私を自分の番にしてくれたのだ。  セックスしてしまったからしょうがないという結果である可能性もあるが。  彼は低い声で耳にその名を呟いた。    それが長い間、誰からも呼ばれることのなかった彼の名前だと知った。    私がその名を口にすると、唇をに指を当てて、言ってはいけないと教えてくれた。  みだりに呼ばれることのないものなのだ。  私も彼の耳元に私の名前を囁いた。  彼は唇だけを動かして、その名を呼んでくれた。  彼は扉を開けて、彼の世界へ帰っていく。  私はそれを見守る。  彼はまた来てくれる。  そして、私は彼を抱き締めるだろう。  ・・・・・・彼が私を捕まえてくれた。  私は彼の世界に繋がれる。  それは・・・・・・私には解放でしかない。 END    

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