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第2話 龍之介と兄弟分

 闇市で暴れていたところを阿修羅の龍之介に叩きのめされ、事務所で犯されたノックアウトの哲だったが、それでも音を上げなかったのを龍之介に気に入られ、一匹狼の愚連隊の身分を捨てて兄弟の盃を交わした。  その後の哲は龍之介の計らいで入院させられ、腕と痔が治るまで養生をした後、今度は龍之介の親分である黒澤組組長、黒澤寿太郎から改めて許しをもらい、黒澤組の若い衆として稼業人の修行を始めた。  黒澤組は新宿一帯を縄張りとする的屋(注1)で、龍之介は若頭として駅前のマーケットを一手に仕切っていた。  龍之介について歩くようになった哲が最初に驚いたのは、そこら中に龍之介の相手が居ることであった。  客や店の主は言うに及ばず、輪タク(注2)の車夫、仕入れ先の農家、形ばかりの取り締まりに来る警官、道端でハーモニカを吹いている傷痍軍人、他の組の人間、果ては進駐軍に至るまで、マーケットで石を投げれば「兄弟」に当たるというような有様であった。  龍之介はさすがに元相撲取りだけあって精力絶倫で、ヒマさえあればそうした「兄弟」を捕まえてそこらの物陰で事に及んだ。哲が確認できるだけでも日に五回などはざらで、そのうえ一日の終わりには必ず家に哲を呼びつけて何度も抱くのだった。 「兄弟」達は哲も含めて一様に龍之介の虜であった。龍之介に死ねと言われれば躊躇うことなく死ぬだろうという男がそこら中に居るのだから、マーケットの商品の仕入れは楽なものだった。何しろ金など払わずとも売れる物を持っている者は皆龍之介に差し出してしまうのだ。それ故マーケットの商品は他所より安く、客は皆喜び、組も龍之介も大いに潤った。  ある時、哲は龍之介が横須賀の米軍基地から横流しの物資を受け取に行くというので手伝いに行った。待ち合わせ場所に行くと、酒や煙草、その他贅沢品を満載した大きなトラックが、将校と運転手役の黒人の水兵と一緒に待っていた。  背が低く小太りの将校は龍之介の姿を見つけるやトラックから転げ落ちるようにして降り、龍之介と抱き合いながら何やら英語で語らった。襟の階級章を見ると、将校はどうやら大佐のようだった。そんな大物とどうやって知り合ったのか、哲には想像もつかない。  四人は近くに用意をしておいた料亭にしけこんだ。龍之介と大佐は二階の奥座敷に入り、哲と水兵はその階下の部屋で飲みながら事が終わるのを待った。  気まずい空気の中で鉄と水兵が向かい合ってビールに口を付けるか付けないかのうちに、天井がガタガタと激しく揺れ始めた。時折平手打ちのような大きな音が響くと、大佐は下にも聞こえるような大きな愉悦の声を上げ、その度に一層激しく揺れた。  哲と水兵は上の光景を可能な限り想像しないようにしながら、ぽつりぽつりと会話した。哲は横浜生まれと言うこともあり、少しは英語ができた。  水兵はバッバといって、同じボクサー上がりでジャズが好きということがわかると、共通の話題を得ていきおい話は弾んだ。バッバは気の良い男で、すっかり仲良くなった二人は酒の勢いも手伝って、パンツと褌だけになってボクシングを始めた。  哲は徴兵される前にはタイトルマッチ目前まで行った実力者だったが、バッバもまた相当な強者であった。  3ラウンド分も時間が経ったろうか。酒が入ってふらふらの二人はクリンチ状態になり、もつれて畳に倒れ込むと、そのままの状態で意味もなく笑った。  不意に座敷の襖が開いた。冷ややかな目をした龍之介と大佐の姿がそこにあった。 「哲、お前何してるんだ?」 「酔った勢いでボクシングをしてました」  照れ笑いを浮かべながら哲は答えた。バッバと大佐も似たような問答をしている。 「いいからさっさと服を着ろ。帰りにぶつけたりしたら指を詰めさせるぞ」  龍之介は苦々しい顔をして哲を軽く蹴りつけた。  二人は大佐達が乗ってきたトラックを組の倉庫へ走らせた。大佐達は迎えの車に乗って基地へ帰っていった。 「いやね、兄貴、あのバッバってのも元はボクサーだったんですよ。アメリカはさすがに本場だな。俺だってチャンピオンの一歩手前まで行ったのにバッバの野郎強いのなんの」  しこたま飲んだ上にボクシングまでやったので、ハンドルを握る哲はすっかり酔って上機嫌だった。一方龍之介はそんな哲を見て嫌そうな表情をしている。 「おう、そこで止めろ」  もう少しで神奈川を抜けて東京に入るというところで龍之介は車を止めさせた。あたりには人家はなく、街の明かりさえ見えない。 「兄貴、何です?」 「積荷を調べ忘れてた」 「こんなところで調べなくてもいいでしょ。もう少し人気のある所で調べた方が」 「いいからやれ!」  龍之介の恐ろしい剣幕に押され、哲は渋々懐中電灯と積み荷のリストを手に荷台に入った。 荷台の幌の中は月の光も差さない真っ暗闇で、懐中電灯の光だけを頼りに積荷を調べるのは厄介な仕事だった。  ぶつぶつと文句を言いながら三分の一ほども調べただろうか、哲が荷台の一番奥に入ったところへ龍之介がどかどかと踏み込んできたかと思うと、哲を襟首を掴んでウイスキーの入った木箱に乱暴に打ち付けた。 「兄貴、どうしたんだよ?」 「手前の胸に聞いてみろ」  龍之介は哲の顔に強烈な張り手を見舞った。哲は何が起こったのか飲み込めない。「進駐軍なんかに色目を使いやがって!」 「誤解だよ兄貴。俺とバッバはそんな仲じゃねえよ」 「あのバッバって野郎は大佐が飼ってるカッパだぞ!」 「兄貴、そんな事言われても俺知らねえよ」 「お前は黙って俺だけ見てりゃいいんだ。それをこの野郎、何がボクシングだ!」  龍之介は哲のシャツとズボンをほとんど引き千切るようにして脱がすと、自分も着物を脱いでそのまま哲にのしかかり、焼けた鉄棒のように熱くいきり立った大業物を無理矢理哲の秘穴に押し込んだ。何の下準備も無しのことで、哲の方は痛いなどというものではない。 「兄貴、痛えよ、こんなところで無理矢理なんて嫌だ」 「うるせえ!ガタガタ抜かすな」  龍之介の腰使いはいつにもまして激しく、正気のものとは思えない恐ろしい目をしていた。哲は痛み以上に恐怖で身がすくむようだった。 「兄貴、痛えって!」 「俺を兄貴だと思うなら文句を抜かすな!破門(注3)にするぞ」  そう言い終わるが早いか、龍之介は哲の首に手をかけた。みるみる哲の首は締まって意識が遠のく。哲は必死で抵抗したが、無論龍之介に勝てるはずがない。首が締まるのに合わせるように哲の秘穴は龍之介を締め付け、ますます腰の動きは激しくなっていく。  哲がもう少しで気を失うというぎりぎりのところで不意に首を締め付ける力が緩んだ。 「兄貴、もう勘弁してくれ!」  気力を振り絞って叫び終わる前にまた首に力が加わった。 「これはヤキだ。お前は俺の物だって分からせるためのヤキだ!」 「こんな事しなくったって、俺はもう兄貴の物じゃねえかよ」  また意識を失う直前で首が緩められ、哲は必死で弁明する 「この野郎!まだ言い訳するのか」  また首が締まる。明らかに今までより力が強かった。龍之介の方も限界が近いのか、腰の動きはいよいよ激しくなり、積み荷が崩れていくつか落ち、箱と中の酒瓶が割れて荷台に漏れた。「人の気も知らねえで!」  哲が意識の遠のく最期の瞬間に見たのは、鬼の形相でそう叫ぶ龍之介の姿だった。  哲が目覚めたのは夜明け前、マーケットの近くにある自宅の三畳の長屋だった。無残に破れてもはや着れそうもない服の上に裸で転がっていた。 昨夜の出来事のせいで喉元と尻が酷く痛んだ。また痔になると思うと哲はどうしようもなく憂鬱な気分になった。  無性に酒が飲みたくなり、着替えて表に出た。食糧難も昭和21年になって最大のヤマを越え、夜通し酒を飲ませる店もマーケットには何件か現れ始めていた。  哲は行きつけの「なりこま」というバラックの飲み屋を訪れた。元は歌舞伎役者だったという、デイジーと名乗る女装した三十絡みの男が切り盛りする屋台で、デイジーと哲とは龍之介を通じた兄弟分だった。 「哲ちゃん、喧嘩でもしたの?」  暖簾をくぐった哲を一目見て、デイジーは思わず目を背けた。ほとんど具のなくなったおでんの鍋に顔を映してみると、龍之介に散々殴られたせいで顔が腫れて変形していた。デイジーが驚くのは無理もなかった 「兄貴にやられた」  哲は不機嫌そうにつぶやくと、デイジーがコップに注いだ酒を一息に飲み干した。口の中は傷だらけになっていて、安っぽい合成酒(注4)が染みて痛み、哲はますます不機嫌になった。 「何やったらそんなに殴られるのよ。組のお金に手でも付けたの?」 「それならこんな嫌そうな顔しねえよ」  傷に染みるのも構わず二杯目の酒を飲み干すと、哲はデイジーに事件の経緯を説明した。 「そりゃあ龍さん怒るわよ。あの人あれでとんでもないやきもち焼きなのよ」 「だからってこんなのありかよ」 「何言ってるのよ。そんなに愛されて幸せじゃないの」 「俺、兄貴が分からねえよ」 「簡単でしょ。龍さんは哲ちゃんを他の男に渡したくないのよ。考えてご覧なさいよ、ここのジュクだけでも龍さんの男は六大学の野球ができるくらい沢山居るのに、毎日抱いてもらえるのも、兄弟分の盃をもらったのも哲ちゃんだけよ」 「そう言われれば…」 「情けと盃は両方はやらないって龍さんいつも言ってたのに、哲ちゃんが両方貰ったって聞いた時、私達どんなに悔しかったか」  デイジーの言った事は事実だった。当の哲はそうと知らなかったが、闇市で暴れた哲が掘られた挙げ句に盃を貰って龍之介の舎弟になったというのは、何人いるのか当人達さえ分からない兄弟の間ではショッキングな事件であった。「悔しいけど、哲ちゃんは龍さんにとってただ一人の特別な男なのよ。あれ程の男にそんなに惚れられたんだから、哲ちゃんもそれなりの方法で応えなきゃいけないんじゃないの?」 デイジーはカウンターの隅に置いてあった蓄音機の蓋を開くと、ねじを巻いてレコードに針を落とした。戦前の古臭い流行歌がバラックに寂しく響いた。  人の口には戸は立てられないと言うが、事件は数日のうちにマーケットの噂になった。  世論は概ね哲に同情的だったが、当の哲はデイジーの店を出たきり行方をくらましてしまった。組にも、マーケットにも、長屋にも姿が見えない。哲は罪の意識から失踪したという新たな噂が広まり、どんどん尾ひれがついていった。  龍之介は最初のうちは鷹揚に構えていたが、数日もすると目に見えて機嫌が悪くなり始めた。  理由もなく組の若い衆を殴りつけ、マーケットで喧嘩を探し歩いては両方を死ぬ手前まで痛めつけては物陰に引きずり込んで行為に及んだ。  親分の寿太郎が諌めても龍之介の機嫌は悪くなる一方で、そんな状態が二週間も続いて組の士気は大幅に低下した。哲が消えた事が原因なのは誰が見ても明らかだった。  その晩も龍之介は周囲に当たり散らし、大酒を飲んで自宅の布団でひっくり返った。  本当なら布団の中には哲が一緒にいて、二人愛を確かめあい、そのまま眠りに落ちるのだ。だが哲はあの一件以来龍之介の前から姿を消してしまった。  こうして一人寝の床に就くと、龍之介の身体の中を姿を消した哲への怒り、哲が居ない寂しさ、そして後悔が駆け巡った。その度龍之介は居ても立ってもいられなくなり、気が狂いそうになった。 「兄貴…」  庭の方から微かな声が聞こえた。龍之介は反射的に布団から跳ね起き、枕の下から護身用のドスと拳銃を取り出すとタンスの陰に身を潜めた。 「誰だ」 「兄貴、俺です、哲です」 庭の木戸が開き、真新しい絣の着物を着た哲が姿を現した。 「哲か!」  龍之介は拳銃を構えたまま縁側から飛び降りた。月明かりと外の街灯がわずかに照らすだけの狭い裏庭に、忽然と消えた哲が確かに居た。 「長くご無沙汰しまして、すいません」  哲が申しわけ層に頭を下げたところへ、間髪入れず龍之介の拳骨が降った。 「どこ行ってやがった!」 「へえ、ハマへ戻ってました」  怒って殴った龍之介も、殴られて痛い思いをした哲も、どこか嬉しそうだった。 「ハマだと?」  龍之介は家の中に戻るとドスと拳銃をしまい、電灯をつけた。 「こいつを彫りに」  哲はもろ肌脱いで龍之介に背中を向けた。真新しい見事な昇り竜の彫り物が背中一面に躍っていた。「向こうの知り合いの彫師に急ぎで彫らせました」 「親から貰ったたった一つの身体に馬鹿なことをしやがって…」 「俺は馬鹿ですよ。闇市で暴れて兄貴にぶちのめされて、掘られた挙句身も心も惚れちまった大馬鹿野郎だ」  哲は部屋に上がり込むと、龍之介の目の前にひざまずき、龍之介の着物の前をはだけると、着物の中から現れた六尺褌を解いた。龍之介の大業物はもう七分方固くなっていた。「俺は身も心も、兄貴の物」  哲はそう言って龍之介の大業物を喉の奥深く目一杯まで一気に咥えこんだ。 「うっ」  龍之介は思わず声を上げた。龍之介の30センチはある大業物を、ここまで深く咥え込む男にはまだ遭ったことがなかった。  哲はどこかうっとりとした表情を浮かべ、愛おしそうに龍之介の肉棒を責め立てた。 「どこで、こんな事を覚えてきやがった」 「昔馴染みのチャブ屋の女ですよ。奴ら異人仕込みで男を悦ばせる事は何だって知ってる」  哲は一時口を大業物から離し、そう答えてまた龍之介を悦ばせる作業に戻った。天性の素質が有るのか、愛がそうさせるのか、哲の口技は的確に龍之介を悦ばせた。 「哲…お前って奴は…」  哲のもたらす快感に愉悦の表情を浮かべながら、龍之介は哲の頭を掴み、思う様腰を使って大業物を哲に打ち込んだ。チャブ屋の女にどんな仕込まれ方をしたのか、それを哲はこともなげに受け入れ、龍之介を一層悦ばせた。「哲!哲!哲!」  感極まった龍之介は、哲の名を呼びながら哲の口の中に精をぶちまけた。哲はそれを当然のように飲み干し、いたずらっぽく微笑んだ。 「兄貴、一生ついてきます」  哲は口から溢れた精を左腕で拭うと、空いた左腕を差し出した。二の腕には「龍之介命」の文字が彫られていた。 「哲!」 「兄貴!」  龍之介は哲を抱き寄せると、そのまま布団に倒れ込んだ。もはや二人の間にはわだかまりは消えていた。 「お前は生涯俺のものだ」  龍之介は哲が今まで見たことのないような嬉しそうな顔をして、正常位でそのまま哲の秘穴に一気に押し入った。女の入れ知恵か、哲の秘穴には油の類が仕込まれていて、龍之介の快感と興奮を煽った。 「兄貴、愛してます!」 「哲!俺もだ!」  空襲から奇跡的に焼け残った三間の借家ががたがたと激しく音を立てて揺れた。それから数日、近所の住民は不眠に悩まされた。 注釈 (注1)的屋 テキ屋とも書く。縁日や盛り場での露天商を生業とするヤクザの一形態で、賭博開帳を生業とする博徒とともに日本古来のヤクザの主流をなす。的屋と博徒は互いの職域に立ち入らないのが原則で、闇市は的屋の領分である。 (注2)輪タク 現代で言うベロタクシー。自転車の後ろに荷車をくくりつけ、客を載せて運ぶ商売。ガソリン不足の戦後に流行した (注3)破門 一家ならびにヤクザ社会からの追放処分。破門になると他のヤクザとの交際は一切禁止されるため、事実上渡世から身を引くことになる (注4):合成酒 日本酒を真似て科学的に合成して作られた酒。米の不足した戦中から戦後にかけて盛んに作られたが、本物の日本酒より風味に劣り、悪酔いするとされ

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