1 / 4
第1話 道場破り
花は桜木人は武士
とは言いながら泰平の
世には武士などウドの木と
嘆く野良犬剣の道
徳川の治世も長くなり、戦は絶えて久しく、武士は生きる道を失いつつあった
そんな時代にあっても浪人武政国十郎は剣で身を立てようともがいていた
日本橋馬喰町にある剣術道場の雲井道場は熱気に満ちていた。さる徳川親藩の剣術指南役を務める雲井紅月斎は士農工商の区別なく弟子を取る(注1)ことと指導の巧みなことから道場は大いに流行り、常に道場は門弟で一杯であった。
紅月斎は神棚を背に座り、いつもにこにこと笑いながら門弟達の稽古を眺めていて、時々思い出したように門弟を捕まえてはここをこうしろと教えを授けた。そしてその教えさえ守っておけば必ず腕が上がっていくと評判であった。
広さにして二百畳ほどもある道場に50人ほどの門弟が稽古に励んでいた。昼の早い時間なのでほとんどは武士である。
「御免!」
恐ろしい大声の見知らぬ男が道場の玄関の戸を開けた。身の丈六尺ほどもある大きな身体を薄汚れた着物に包み、その格好に不釣り合いな立派な大小を指した浪人風の男だ。「土州(注2)浪人武政国十郎と申す。そちらの評判はかねて聞いておる。一手お手合わせ願いたい」
応対した古株の門弟は当惑した。国十郎と名乗った浪人風の男は肩に木刀を担いで持っていたが、竹刀や防具を持っている様子がなかった。
「稽古に加わりたいなら防具を…」
「稽古に来たのではない」
国十郎は勝手に道場に上がり込むと、腰に指した大小を刀掛けに置いて道場の真ん中に歩み出た。「竹刀剣術(注3)などと生ぬるい事を言わず、俺と立ち会う剛の者はおらんか?」
門弟達はここでようやくこの国十郎という男が単なる出稽古ではなく、道場破りに来たのだと気付いた。道場破りなどというものを本当に見たことがあるのは相変わらずにこにこ笑っている紅月斎だけであった。(注4)
「この山犬浪人め!」
応対した門弟が後ろから国十郎に掴みかかると、国十郎はまるで後ろに眼があるかのような鮮やかさで門弟に頭突きを見舞った。門弟は鼻をしたたか打って鼻血を流しながらその場にうずくまった。
「どうした。天下の雲井道場もこんな物か。山犬浪人一匹始末できんか?」
何人かの門弟達は近頃こうして江戸市中の道をあちこちで道場破りをしては金を強請り取る者が居るという風の噂を聞いていた。果たして国十郎がその道場破りであったのだが、まさか雲井道場ほどの大道場に来ることがあるとは誰も思わなかった。
「私がお相手仕りましょう」
そう言って道場の奥の戸を開けて入ってきた者が居た。なんと女である。「雲井紅月斎が娘、小夜と申す」
「ほう、女か」
薙刀を手にした年頃にして十五、六というところの娘を前に国十郎は意地悪い笑みを浮かべると、木刀を眼いっぱいに振りかぶる大上段に構えた。
一般に剣と薙刀の勝負は薙刀が圧倒的に有利である。それでも国十郎は臆すどころか、構えながらにやけ面で小夜を見ているばかりだ。小夜は汚いものを見るような眼をしながら薙刀を構えるが早いか、娘の声とは思えないような勇ましい掛け声とともに一気に薙刀を突いて出た。国十郎は知らなかったが、実は小夜は紅月斎が女に産んだことを悔やむほどの使い手であった。
しかし、国十郎はそれを見透かしたように木刀を振りかぶったまま自分も一気に前に出た。小夜の薙刀の狙う先が定まる前に小夜の懐に入った国十郎は、小夜の右足に強烈な足払いを見舞った。
小夜は痛みと驚きで顔を歪めながらその場にもんどり打って倒れた。国十郎は右手で小夜の薙刀を掴み取ると、そのまま馬乗りになり、左手に持った木刀の柄を小夜の鼻先に突きつけた。
「嫁に行けぬようになる前に辞めることだ。それとも、この場で嫁に行けぬ身体にしてやろうか?」
国十郎はそう言って木刀を小夜の懐に差し入れた。小夜はとうとう恐怖に悲鳴を上げた。「どうした?己らは黙って見ておるのか?それでも武士か!」
国十郎は周りを取り囲みながら何も出来ない門弟達を大喝した。どんな道場でもここまでくれば五両や十両の金を出すはずだった。
「そう言いながら嫁入り前の娘をいたぶるお前は犬畜生か?」
門弟をかき分けて身なりの良い青年が木刀を手に現れた。小夜と顔立ちがよく似て、どうやら二人は兄妹のようであった。「紅月斎が息子弦一郎!」
弦一郎と名乗った男は木刀を正眼に構えた。
「ようやくまともな奴が出てきたな」
国十郎は小夜を解放して再び大上段に構えたが、顔付きが小夜の時とは明らかに違った。この自分より少し歳若で一回り小さい、ややもすれば役者のような優男は国十郎にはかなり骨のある相手のように見えた。
一方、雲井道場の麒麟児と謳われた弦一郎にも、この一見下品で薄汚い浪人は只者ではないように思われた。二人はお互い打ち込むことが出来ずにしばらく膠着状態で向き合っていた。
小半時(注5)もそうしていただろうか。先に仕掛けたのは弦一郎だった。一分の無駄も気配も感じさせない動きで静かに、しかし恐ろしく速く突いて出た切っ先を、眼を血走らせた国十郎はギリギリの所で横にかわすと、煮染めたような茶色い着物の袖から覗く大松の根のような太い腕をしならせ、獣のような叫び声を上げながら弦一郎の脳天めがけて木刀を振り下ろした。
国十郎はもし弦一郎がこの一撃を木刀で受け止めたら木刀ごと頭を叩き割る心づもりであった。しかし弦一郎は紙一重の所で向き直ってこの一撃をかわした。今まで見たことのない恐ろしい一撃に、かわしたとはいえ弦一郎は背筋の凍る思いだった。
弦一郎はかわしざま横の死角から国十郎の胴を払った。周りの門弟達はこれは絶対に避けることが出来ないと確信した。しかし、国十郎の胴はそこにはなかった。国十郎は木刀を振り下ろしながら無理やり後ろに倒れ込んで弦一郎の絶対に見えないはずの一撃をかわしたのだ。それはまさに勘としか言いようがなかった。
国十郎は倒れ様、弦一郎の帯に手を掛けた。弦一郎も道連れに倒れ込み、二人はそのまま剣を片手の組討ちに入った。
雲井道場は剣術道場だが、紅月斎の祖父が興したという雲井新流は所謂武芸百般を伝えていた。弦一郎も当然柔術や組討ちを心得ている。しかし、国十郎は信じられないほど力が強く、弦一郎が今まで見た事のない動きをした。全くの互角で取っ組み合いがしばし続いた。
「そこまで!」
子供達の危機にも全く動じず笑って眺めているばかりで、筆と硯を持ってこさせて何やら文を書いていた紅月斎が、その子供達も聞いたことのないような大きな声で不意に二人を止めた。二人は何が何やら分からぬままに動きを止めてしまった。「その分だと明日の朝まで続けても勝負は付くまい」
紅月斎は立ち上がり、国十郎の前に歩み寄った。「国十郎と申したな。おぬしは何故そのように獣のごとく振る舞う?」
「先祖の手柄で禄を食む身の上の人間に何がわかる。剣しか取り柄のない天涯孤独の田舎浪人が、この泰平の世に他にどうして身を立てられるのだ!」
国十郎は紅月斎を睨みつけた。国十郎の言うこともいくらか理があった。徳川の治世も十代に達し、戦などというものはもう百年近くも起きていない天下泰平の世である。国十郎のような男はどうやっても浮かばれず、いじけてしまうのも無理のない話であった。
「ふぬ、なれば儂と立ち会え」
紅月斎はさっきまで書いていた文を国十郎に差し出した。国十郎が読んでみると、そこには自分に勝てば道場と指南役の座を譲る旨が書かれている。「ほれ、これを使え」
国十郎が文を懐にしまったのを見計らって、紅月斎は自分の腰の刀を国十郎に差し出した。しかし、国十郎はその刀を前にして身動きが取れなかった。
「どうした?取ってみよ」
齢五十を超え、弦一郎より更に一回り小さい紅月斎である。国十郎は道場破りに押し入った瞬間には素手でもこの男を殺せる自信があったのだ。しかし、いざ眼の前に刀を差し出されて取ることが出来ない。国十郎は蛇に睨まれた蛙のように脂汗を流すことしかできなかった。
「身動きが取れん…」
無念の表情で国十郎は小さくつぶやいた。
「何故か分かるか?」
「分からん」
「才の足らぬならこの刀を取れた。そして儂に負かされたはず。おぬしは才が有り、儂に勝てぬことが腹の底で分かるから取れぬのだ」
「俺に才が?」
「気の毒にのう。それほどの才を持って乱世の世に生まれたなら、一国一城の主にもなれたであろうに」
紅月斎は国十郎の両肩に手を置いて、悲しそうな顔をした。所詮天下泰平の世に剣が役に立たないことは紅月斎が一番よく知っていた。「おぬしは誰から剣を学んだ?」
「父に。しかし俺が六つの時に死んで、それからは己一人で喧嘩をし、犬猫を切って覚えた」
この言葉に隣の弦一郎が驚いた。我流であれ程の強さの人間がこの世に居ることが信じられなかった。
「どうじゃ?なればその才を儂に預けぬか?」
「…どういうことだ?」
「今日より儂の内弟子としてこの道場で学ぶのだ。正しい道に進めばおぬしは立派に武士として身を立てられぬようになる」
思いがけない紅月斎の言葉に国十郎はしばし呆然としていたが、やがてその場に平伏した。
「先生!俺を導いて下さい!」
床板が国十郎の涙で濡れた。紅月斎は何も言わず、いつもの笑顔に戻ってそんな国十郎を見下ろすばかりであった。
国十郎はその日の内に本所回向院裏の三畳のぼろ長屋を引き払い、わずかばかりの家財道具をほとんど質屋に叩き売り、布団一組と風呂敷包み一つだけを持って道場奥の雲井家の屋敷の離れの四畳半に身柄を移した。
道場の神前で弦一郎と小夜の兄妹に詫びを入れ、入門の起請文を書いた国十郎は、紅月斎が若い頃の物という着物を与えられ、雲井家の父子三人の食卓の末席に加わって夕食を食べ、その日はそのまま休む運びになった。
国十郎は長屋から持ってきたせんべい布団に寝転がり、行灯の明かりを眺めながらぼんやりと考えた。狐に化かされたような気分であった。
そうしていると、誰かが離れに続く廊下を歩いてくるのが聞こえた。門弟達の仕返しかと色めきだった国十郎は、枕元の刀を手に取った。
「おう、起きているか」
足音の主は弦一郎であった。丸腰で、手に一升徳利と茶碗を持っている。国十郎はばつ悪そうに刀を枕元の刀掛けに戻した。「お前らしいな。けど心配するな。父上はそんな汚い真似は許さぬさ」
弦一郎は全てを察して笑うと、布団の上にあぐらをかいた。
「兄弟子、すまぬ」
国十郎は頭を下げた。こうなれば歳若でも弦一郎は兄弟子である。
「よせよ。弦一郎でいい。けど俺もお前を国十郎と呼ぶぞ」
弦一郎は茶碗を二つ布団の上に並べると、徳利の酒をなみなみと注いだ。「父上の言う通りだ。お前には才がある。道場に野良犬が喧嘩に来たかと思えば虎が居た」
「先生は凄い人だ。あちこちの道場で同じ事をやったが、あんな人には初めて会った」
そう言って国十郎は茶碗酒を一気に呷った。普段自分の飲む酢ともみりんともつかない安酒とはえらい違いであった。
「門弟にはのんきに教えているが、俺達には父は厳しいぞ」
「望むところだ。俺は親父と死に別れて以来、初めて付いていける人に会えたんだ」
「…お前も苦労をしてきたんだろうな」
国十郎と弦一郎は酒を飲みながら、二人で語り合った。親なし浪人の惨めさ、父の役目を引き継ぐ苦労、二人は全く違うようでどこか似ていることに気付かされた。
何より二人はお互いの力量を認めあっていた。二十歳の国十郎は道場剣術に負けないという絶対の自信を持っていたし、十九歳の弦一郎は雲井道場を背負って立つ強烈な自負があった。お互いが一人前になっていくにあたって初めて出会った強敵であったのだ。
二人は意気投合し、酒も手伝っていつまでも話し込んだ。ただ、二人とも酒癖が悪かったのが間違いの始まりであった。
「弦一郎、俺とお前は剣は互角だが、組討ちなら俺に分があったぞ。だから先生はあそこで止めたんだ」
「何を?お前のは組討ちじゃないぞ。単なる取っ組み合いだ」
「その単なる取っ組み合いで俺は相撲取りと喧嘩をしても二度と同じ相手に遅れを取ったことがない」
「よし、それじゃあ試すか?」
酒の勢いも手伝い、弦一郎は着物を脱いで六尺褌一本になった。国十郎もこれに応じて裸になり、そのままお互いの褌を掴んで右四つ(注6)に組んで相撲になった。身体が大きい国十郎は力押しで攻めるが、弦一郎は技がある。お互い相手を崩して投げようとするのだが、なかなか上手く行かない。
そうこうする内に国十郎の左手が弦一郎の褌から離れた。弦一郎はこれ幸いと自由の効くようになった右で投げを打とうとした。
「うあっ!」
次の瞬間、弦一郎は情けない声を上げながら腰砕けになってその場に膝を付いた。「何を…」
褌から離れた国十郎の左手は、更に奥の弦一郎の尻に差し込まれ、人差し指が弦一郎の菊門に押し入っていた。
「天下の大関もこいつにはやられたぜ」
「卑怯だ!」
「卑怯?戦で敵に卑怯などと言ったところで首を取られればそれまで。乱世の世の武士はこのくらいのことはしたはずだ」
国十郎は勝ち誇った表情で徳利に残った酒を飲み干した。「そして、お前は怠っていたようだが、衆道も武士の嗜みだぞ」
弦一郎は意外な一言に顔を真っ赤にした。実は弦一郎はまだ男どころか女も知らなかった。
「…お前はその道に明るいのか?」
「六つで親無し子になった田舎浪人の倅が、どうやってこの歳まで生き長らえて来たと思う?」
弦一郎は国十郎の褌の前が大きく盛り上がっていることに気付いた。国十郎は自分の知り得ない物を見て生きてきたのだ。「弦一郎、俺の勝ちだ。褒美をよこせ」
呆気にとられた弦一郎の褌を解きながら、国十郎はそう言って自分も褌を解いた。国十郎の肉棒は力強く反り返り、先が臍に付くほどであった。弦一郎の方もいつの間にやら元気になっている。
「そんな、誰か見てるかも」
「見せつけてやればいい」
そう言いつつも強く抵抗しない弦一郎は国十郎に簡単に四つん這いにされた。そして国十郎は肉棒に唾を塗り付けると、国十郎は一瞬真を置いたかと思うと次の瞬間一気に弦一郎の菊門を突き破った。
「あっ!」
「痛いか?だけど一人でやるよりもいいだろう?」
一瞬痛みに苦痛を歪めた弦一郎の肉棒がびくびくと脈打ったのを国十郎は見逃さなかった。国十郎弦一郎の肉棒を掴むと、その荒っぽい闘いぶりからは想像もつかないような巧みな手技で弦一郎を責め立てた。
「す、凄い…」
「たまらん。葭町の色子(注7)ではこうはいかん」
界隈で評判になるほどの美男である弦一郎だが、陰間茶屋の色子とは比べ物にならないほどにその肉体は鍛え上げられていて、そして初心だった。初めて男を受け入れた弦一郎の秘穴は余りに狭く、国十郎に秘所と肉棒を同時に責め立てられ、その度身動きが取れなくなるほどに国十郎の肉棒を締め付けた。痛みの中での余りに強烈な快感に弦一郎は声にならない声を出して悶え、国十郎もまた極上の男の初めての男になったという征服感と、弦一郎の秘所の強烈な締付け劣情を煽られ、ますます肉棒を膨らませながら弦一郎を貪るのだった。
「あぁ!そこは!」
国十郎が長年の経験から見つけ出した「急所」を責め立てると、弦一郎は初めてにもかかわらずあられもない声を上げ始めた。
「こっちも大した才だ。ほれ、いいだろう!」
柄にもない甘い声を上げる弦一郎の姿と締め付けに国十郎はますます興奮し、国十郎はもっと啼けと言わんばかりに責める。今国十郎が弦一郎を殺そうと思えば簡単だろう。それほど弦一郎は乱れていた。
「駄目だ!もう!国十郎!」
弦一郎は出す余裕も無くなった声を出したかと思うと、激しく精を布団にぶちまけた。一人で何をやっても出ない物水ごい量であった。
「いいぞ!俺もいくぞ!」
力なくその場に倒れ伏そうとする弦一郎の腰を掴み、国十郎は道場での動きに違わぬ激しさで弦一郎の秘所を貪って自分も弦一郎の中に精を放ち、そのまま二人して布団に倒れ込んだ。「お前は世の中に暗そうだ。俺が色々教えてやるろう」
倒れ込んだ耳元で国十郎がささやくと、弦一郎は再び肉棒が固くなっていくのを感じた。今夜だけでは終わらないのだ。
注釈
注1:百姓町人の剣術 江戸時代も半ばになると剣術は武士以外の階層にも稽古事の一種として広まり、必ずしも武士だけのものではなくなっていった。
注2土州 土佐 のこと。土州浪人ならば土佐出身で仕官先を持たない浪人であることを指す
注3竹刀剣術 江戸時代中期になって現代の剣道で使われるような竹刀と防具が普及し、安全に試合が出来るようになった。それ以前は木刀で試合が行われたため非常に危険で、剣術の稽古は型稽古が主流であった。
注4:道場破り 門弟達に報復される危険があるため、実際は道場破りは滅多に行われなかった
注5:小半時 約十五分
注6:右四つ 相撲の型で、お互いの右手を相手の左脇に差し込んで廻しを掴んでいる状態。逆なら左四つで、両方の手が相手の脇の下に通ればもろ差しとなる
注7:葭町の色子 日本橋葭町は少年が色を売る陰間茶屋が軒を連ねていた
ともだちにシェアしよう!