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第1話 不思議な小隊長殿
無理が通って道理が引っ込む
軍隊稼業に収まらぬ
男二人に言葉はいらぬ
肩の星など数えちゃおれぬ
軍で高利貸をしている不良兵鉄谷昭雄の小隊に、混血の風変わりな小隊長趙龍一が着任した。二人の運命は思いがけない方向に回り始める
昭和十二年、日本は大陸で国民党と睨み合い、開戦は時間の問題となっていた。軍の規模は急速に拡大され、雑多な兵士が続々入営して軍紀は乱れつつあった。
赤坂の駐屯地も人に溢れ、戦争の影が迫っていることもあってどこか荒れていた、
鉄谷昭雄一等兵は兵舎の裏で分隊長の水戸軍曹の胸ぐらをつかみ、腹を殴りつけた。水戸軍曹は激しくせき込み、その場に倒れた。
「水戸軍曹殿、ここが娑婆なら指の一本もカタにもらうところですよ」
昭雄はしゃがみ込み、倒れた水戸軍曹の襟首をつかんで引っ張り上げた。
「すまん、勘弁してくれ…」
水戸軍曹がそう言い終わるより早く、昭雄はもう一発お見舞いした。
「あんた天皇陛下から正八位ので位階を頂いた身の上しょうが。新兵を好き放題殴ってるくせに、こんな所を見たら連中どうすると思います?」
「しかし、ないものはないんだ」
怯え切った表情の水戸軍曹の胸ポケットから昭雄は煙草を一本取りだすと、水戸軍曹は慌ててマッチで火をつけた。
「俺がここで口笛を吹けば、中隊の連中が全員ここへ見物に来ることになってる。大陸がきな臭いご時世だ。こんな無様をさらして野戦へ行ったらあんた三日と持たず後ろ弾を食らって靖国行きですよ(注1)。いや、輸送船から海へ放り込まれるかもな」
昭雄は水戸軍曹の顔に煙を吐きかけ、煙草を口から離して小さく口笛を吹いた。水戸軍曹は恐怖に青ざめた。「そもそも女郎買いの為に兵隊から金を借りて、返せないくせに煙草なんて吸ってる了見が気に入らねえ。あんた人の屑だ」
昭雄は水戸軍曹の首筋に煙草を押し付けた。悲鳴を上げることもできず水戸軍曹は悶絶した。
「勘弁してくれ。頼むよ」
「当分俸給は丸ごと持ってこい。利子は負けてやらねえからな」
まだ火の残る煙草の吸殻を水戸軍曹の口に押し込み、昭雄は水戸軍曹を兵舎の壁に叩きつけて立ち去った。
昭雄は兵舎に戻ると、水筒の中に隠した酒を口に運んで寝台に寝転んだ。そうこうしているとあちこちの隊から兵隊達がやってきて、次々昭雄に少なくない額の金を差し出した。昭雄は兵達たちの方を向き直りもせずに金を数え、手帳に金額を書き付けて財布に納めた。
娑婆ではテキヤとして池袋のちょっとした顔であった昭雄は、兵隊相手の高利貸しや競馬のノミ屋(注3)に手を染めていた。
「おい鉄谷、今日新しい小隊長が来るそうだ。実包(注2)だとよ」
昭雄が金を数え終わって煙草を吸い始めると、古兵仲間の高松一等兵が昭雄に耳打ちした。若手将校は遊び好きが多く、無論兵隊より高給なので昭雄にとっては上客であった。
そうこうしていると呼集がかかり、分隊の兵隊は整列させられた。着任の挨拶にやって来た若い長身の中尉は彫りが深く、どう見ても日本人には見えなかった。
「趙龍一中尉だ。浅草の洋食屋の倅でな。親父は台湾の高雄、お袋はイタリアのローマの生まれだが、中身はお前たちと同じ江戸っ子だ。よろしく頼むぞ」
新任の小隊長の挨拶にしてはあまりに砕けていた。そして奇妙な出自の中尉だと兵隊は一様に驚いた。
「変わったのが来たな」
趙中尉が去って行ったあと、高松は昭雄にささやいた。台湾人や朝鮮人の将校は別に珍しいものではなかったが(注4)、西洋人の混血というのは昭雄も聞いたことがなかった。
「けど、話せそうな奴じゃないか」
昭雄はにやりと笑った。話せる将校とはすなわち商売の相手に良いということである。
金曜日の夜、酒保(売店)の昭雄のテーブルには人だかりができていた。娑婆の仲間から手紙に暗号でしたためらた情報をもとにちり紙に昭雄が書いた競馬の出走表が兵隊達の元を回り、それを元に兵隊達は昭雄と助手代わりの高松に買い目と金額を伝える。昭雄は次々それを書き留めた。他の中隊からも使いが走り、大変な盛況であった。
「ほう、噂通りだな」
そこへ現れたのが趙中尉であった。趙中尉は出馬表の一枚を手に取った。馬と騎手の名前は勿論、推定の配当金や簡単な予想まで書いてある。「見事なもんだな」
「趙小隊長殿もどうです?5銭から受けますよ(注5)」
直利不動の他の兵隊たちをしり目に、昭雄と高松は席を立ちもせずビールを飲んでご機嫌である。昭雄の商売相手は師団の佐官クラスにも及び、半ば治外法権の存在となっていた。
「テキヤが馬券を売っていいのか?競馬は博徒の領分だろう」
趙中尉の思いがけない一言に、昭雄は一瞬どきりとした。
「テキヤも小博打くらいはしますよ。赤坂の親分にも一応お伺いは立ててます」
「そうか、ならいい。だが、俺は競馬はどうも好かんのだ」
趙中尉は出馬表をテーブルに置くと、頭を掻きながら去っていった。呆気にとられた昭雄と兵達たちだけが残った。
「あの野郎、何しに来たんだ」
高松は訳も分からず悪態をついたが、昭雄は何か不穏なものを感じた。調べればわかることとはいえ、趙中尉に自分の素性や稼業を話した覚えはなかったからだ。
翌日は兵隊の給料日であった。兵隊の給料は十日おきに支給される。兵隊に関しては借金もノミ屋の払いも、中隊事務所の前で待ち構えておけば取りはぐれはなかった。他の中隊にも小遣い銭を渡した手下が張っていた。
「すまん、また10円貸してくれ」
「上等兵殿、あんたまだ前の口が完済してないよ」
「来週実家に送金してもらうから頼むよ」
「滞ったらカフェーの女給に入れ揚げてると女房にぶちまけるからな」
上等兵は押し頂くようにして10円札を昭雄から受け取って去っていった。こうしてどんどん昭雄は稼いだ。
「繁盛だな」
そこへまた趙中尉が通りかかった。
「趙小隊長殿もいかが?将校には100円まで貸してますよ。利子は十日で一割」
「別に金には困っちゃおらん」
昭雄は露骨に嫌な顔をした。こうなれば趙中尉は商売を邪魔しに来る冷やかしである。「なあ鉄谷、お前は師団長殿より稼ぎが良いと兵隊達は噂してるが、そんな金を何に使うんだ?」
「そんな事はあんたに関係ないでしょう」
「おっと、小隊長殿からあんたに格下げか」
「商売の邪魔です。あっち行って下さい」
昭雄は趙中尉を邪険に払いのけると、商売に戻った。
日曜は兵隊達も半日の外出が許される。果たして昭雄も外出した。途中の懇意の駄菓子屋の二階で背広に着替え、かつらと色眼鏡まで付けて変装し、新宿の遊郭へと向かった。
昭雄は新宿の遊郭でも一番の格式を誇る『雁屋』という店に入った。
「あら、いらっしゃい」
女主人の老婆が意味ありげに笑い、昭雄を中に上げた。
「今週の分だ」
昭雄はそう言ってしわくちゃの札束を懐から取り出し、帳場に投げ出した。「八十七円ある。数えろ」
老婆は番頭と一緒に札を数え、受け取りを書いて昭雄に差し出した。
「まだ半分にもならないよ」
老婆は帳面を取り出し、にやにやと笑った。
「さっさと上げろ」
「はいよ、とよちゃんにご案内!」
老婆がそう言い終わるより早く、昭雄は階段をさっさと上がっていってしまった。
趙中尉は一部始終を尾行して見ていた。遊郭を冷やかすふりをして店の前で張っていると、二時間ほどで昭雄は出てきた。見送りに出た『とよちゃん』なる女ははっとするような美人で、昭雄が入れ揚げるのも無理はないと趙中尉は苦笑した。
しかし、二人の顔は明らかに暗かった。悲痛でさえあった。何か裏がありそうだ。
昭雄が立ち去ったのを見届けると、趙中尉はすかさず『雁屋』に入った。店には女の写真が飾ってあり、一番の良いところにさっきの女が『とよ』という名前で掲げられていた。
「このとよって娘を頼むよ」
「あら、ごめんなさいね。その娘軍人さんは嫌だって言って断ってるのよ」
「軍人半額(注6)なんてケチなこと言わねえから」
「けど、この娘は嫌がるんですよ」
「話をするだけでいいんだ。軍人は嘘はつかねえ。な、頼むよ」
趙中尉は老婆の手を取って熱っぽい目で訴え、料金の倍の額を握らせた。
「仕方がないね。内緒ですよ」
年甲斐もなく女の顔になった老婆は、余計な額を自分の懐に入れると二階へと趙中尉を案内した。
老婆に言い含められたとよの部屋へ通されると、とよはすっかり怯え切った顔をして趙中尉を迎えた。
「そんな身構えねえでくれ。婆さんの言った通り何もしねえ。軍人も江戸っ子も嘘はつかねえ」
趙中尉が明るく笑うと、ようやくとよは少し警戒心を解き、趙中尉にビールを注いだ。「なあ、前に上がった客だがな」
そう趙中尉が話を向けた途端、とよは顔面蒼白になってビール瓶を取り落とした。
「あなた、憲兵さん?」
「こんな目立つなりで憲兵は出来ねえよ」
趙中尉はまた笑った。「訳がありそうだな。事によったら力になるぜ」
「けど、そんなの無理です…」
こぼれたビールを片付けながら、とよは泣きそうな顔をした。
「あいつはうちの小隊の札付きで、手を焼いてるんだよ。悪いこと言わねえから話してみな」
趙中尉が肩に手を置いてそう言うと、とよは趙中尉に抱き着いてとうとう泣き出した。
「私はどうなってもいいから、お兄ちゃんを勘弁してあげて下さい。お兄ちゃんは私のたった一人の家族なんです」
とよの言葉に趙中尉はぎょっとした。言われてみれば、昭雄ととよはどこか似ていた。
とよは外に聞こえないように涙を押し殺しながら事の顛末をぽつりぽつりと語り始めた。兄妹は奥多摩の貧農の生まれで早くに両親を失い、飢饉と不況で昭雄は家出をしてヤクザになり、とよは身売りを余儀なくされ、店から店へと売られるうちに借金を膨らませて今の店に流れ着いたこと。働いても働いても借金が減らず、まもなく外地へ売られそうなこと。そんな妹を見かねて昭雄は恨まれるのを承知で悪い稼業に手を染めているが、それでも借金は一向に減らず5000円も残っていること。とよは一切合切を話し終わるととうとう泣き崩れた。
「畜生、あの糞ババアめ。あいつの親分に頼めば何とかならねえのか?」
「親分さんはそんなお金は持ってないそうです」
「兄弟分はどうだ?」
「そもそも渡世の義理にかけて死んでも親分さんや兄弟分には頼めないって言ってます」
「それでもあれ程の男ならそれなりの兄弟分が居るはずだろ。心当たりはねえか?」
「確か、新宿に黒澤って立派な兄貴分が居るって、お兄ちゃんが前自慢してました」
黒澤という名前を聞いて趙中尉の顔つきが変わったのに気付く余裕はもはやとよにはなかった。趙中尉は泣くとよをなだめて時間一杯愚痴と言うには悲惨すぎる身の上話を聞いてやり、有り金を渡して外へ出た。
次の土曜日がやって来た。ノミ屋稼業が終わったのを見計らって、趙中尉は自分の部屋に昭雄を呼び出した。昭雄は渋々応じて趙中尉の部屋を訪れた。
「商売の話以外はお断りですよ」
「商売の話さ。あんな商売をやるなとはこの際言わんが、程々にしておけ」
「…あんたに金を貸してりゃこの場で殴り倒してるところだ」
昭雄はこれ見よがしに腕まくりをした。太い腕の付け根に桜吹雪の刺青がのぞいた。
「『雁屋』のとよの件だが…」
そう言って趙中尉が立ち上がった瞬間、我を忘れた昭雄はテーブル越しに趙中尉に殴りかかった。しかし、昭雄の拳が趙中尉の高い鼻に届くより早く、趙中尉の左拳が昭雄の顔に突き刺さった。昭雄は思わずよろめいて片膝をついた。「これでもエンコ(浅草)で『水月楼の龍』って言やあ、敢えて喧嘩をする馬鹿はいなかったんだぜ」
「野郎!」
昭雄は隠し持っていた銃剣を懐から取り出すと、鼻血が流れるのも厭わず抜いて趙中尉に狙いを定めた。趙中尉を本気で殺しにかかっているのは喧嘩慣れした趙中尉にはありありとわかった。
「とよから何もかも聞いたよ」
「あいつには艶子ってお袋の付けてくれた名前があるんだ!」
「すまねえ。そいつは聞き忘れてた」
「ふざけやがって!」
いよいよ激高した昭雄に、趙中尉はやむなく腰の軍刀を抜いて向けた。これには昭雄もさすがに身じろぎした。得物の長さの分だけ昭雄は損だ。
「とにかく、艶子の件は俺が預かった。悪いようにはしねえから物騒な物はしまえ、な」
趙中尉は軍刀を向けたまま机の引き出しを開けると、公用外出の腕章を取り出した。「外泊の許可は俺がつけといた。俺の勤務が終わったら一緒にジュク(新宿)へ行くぞ」
狐につままれたような表情で昭雄は銃剣を納め、腕章を受け取った。
二人は夜になって営門を出て、私服に着替えて趙中尉の促すまま新宿の料亭に入った。広間に通されると、そこには白無垢の婚礼装束に身を包んだ艶子が待ち受けていた
「お兄ちゃん!」
艶子は昭雄に抱き着き、化粧がぐしゃぐしゃになる程涙を流し、誰はばかることなく大声で泣いた。
「趙小隊長殿、こりゃあ一体…」
「俺はお節介焼きでな」
してやったりという表情の趙中尉が手を叩くと、酒肴が運び込まれ、奥の間から紋付羽織に身を包んだ大柄な男と老夫婦が姿を現した。
「親分!兄貴!」
「水臭せえよ兄弟。こういう時に助け合ってこその兄弟分じゃねえか。黒澤の四代目は兄弟分の妹が手前の庭場で売られていくのを見殺しにしたなんて不細工な話になったら、俺や子分はジュクを歩けねえぜ」
昭雄の兄貴分で新宿で売り出し中の親分、黒澤寿太郎は昭雄の手をしっかりと握り締め、満面の笑みを浮かべた。
「黒澤の親分さんが借金を払って身請けしてくれたのよ」
「兄貴!すまねえ!」
「なあに、こういう時に5000円やそこらの金が出なくて黒澤組の金看板が張れるかよ」
寿太郎は強がったが、相当の無理をしたのは昭雄には明白であった。黒澤組の金看板とは言うが、カタギに迷惑をかけることを絶対にしない寿太郎だからこそ昭雄は兄弟盃をしたのだ。
「この借りは絶対に返す。鉄砲玉でも何でもやるから言ってくれ」
「そりゃあいいがよ、こんな良い妹がいるのに紹介しねえなんて酷えや。艶子は今日から俺の女房だ。いいだろ?これで貸し借りなしだ」
「艶子、お前はいいのか?」
「親分さんが私を助けてくれたんだもの。私、きっと立派に親分さんを盛り立てて見せるわ」
「すまねえなあ、昭雄。俺は甲斐性がなくって。けど良い兄弟分と上官を持ったな」
昭雄の親分で池袋の顔役の梅木彦三郎は、美しい兄弟愛に思わず涙を流し、姐のハルが手拭いでその涙をぬぐった。ハルの目にも涙が浮かんでいた
「俺が勝手に焼いたお節介だ。これなら義理は立つだろ?」
趙中尉が笑うと、昭雄は畳の上に平伏した。
「趙小隊長殿、俺はそうとも知らずあんなとんでもない事を。落とし前はつけさせてもらいやす」
昭雄は懲りずに隠し持っていた銃剣を取り出すと、指を詰めようとした。
「バカヤロー!二年の年季付きとは言え、お前は天皇陛下に仕える身だろうが!そんな勝手な真似は許さん」
趙中尉は銃剣を取り上げると、たまたま通った仲居に預けてしまった。「それに、妹の婚礼で指詰めるなんて馬鹿な話はねえよ」
「趙小隊長殿、いや、兄貴と呼ばせてくれ。申し訳ねえ…」
「営内じゃ相変わらず小隊長殿で頼むぜ。しかし、これじゃまるで芝居だな」
龍一は思わず苦笑しながら、この申し出を受けた。
ささやかで慌ただしく、彦三郎夫婦を媒酌人として寿太郎と艶子の婚礼と、龍一と昭雄の兄弟盃が執り行われた。龍一と昭雄は宴席が終わって官舎に帰り、龍一の部屋で飲みなおした。
「なあ兄貴、どうして俺の事をあんなにつけ回ったんだい?」
「師団長殿に頼まれたんだよ。お前はやり過ぎたんだ。もし上にばれたら師団長殿は切腹だぜ。まさか憲兵にも頼めねえから俺にお鉢が回って来たんだ」
「すまねえ。艶子の事に必死で…」
「いいじゃあねえか。こうして万事丸く収まったんだから。これも何かの縁だ」
「金貸しやってたのに、兄貴に借りを作っちまったな」
昭雄の下らない洒落に龍一は大声で笑った。えらく酔ってご機嫌であった。「じゃあ、借りを返してくれるか?」
「金ならいくらでも…」
「いや、身体で返せ」
そう言うと龍一はおもむろに服を脱ぎ始めた。「お前もああいう稼業ならアンコカッパ(注7)は嗜むだろ?俺を抱け」
「…普通、身体で返すったら俺がアンコでしょ?」
冗談かと思い、昭雄は笑った。
「俺は陸士始まって以来のショーネン(注8)と評判でな。毎晩解剖(注9)されちゃ掘られてたんだぜ。今じゃすっかり両刀使いよ」
「…兄貴、さすがに西洋の血が入ってるとでっけえな」
昭雄は目を見張った。洋画のスクリーンから抜け出したような美男の龍一は6尺近い長身で均整が取れ、士官学校出身だけに見事に鍛えられ、股間の肉棒は1尺はあった。昭雄の『商売道具』のサラブレッドを思わせる美しさであった。
「正直な、俺はお前を見た時からこんな男に掘られたいって思ってたんだよ」
「まあ、俺も兄貴に中(刑務所)で会ったらわからねえや」
観念して昭雄も服を脱いだ。艶子の兄だけあって昭雄も苦み走ったという言葉が似合うなかなかの男ぶりである。背は龍一より5寸ほども低く、ずんぐりとした身体つきだが、力士と言っても通るほどに力強く、背中には桜吹雪の刺青が躍り、体のあちこちを走る傷跡が稼業人としてくぐってきた修羅場の数を物語っていた。肉棒は龍一のそれより二回りも小さいが、太くて堅そうな様は龍一の興奮を煽った。龍一がサラブレッドなら、昭雄の身体には闘牛のような有無を言わせない凄味があった。「けど、俺は一発じゃ収まりがつかねえ」
「望むところよ」
その言葉を合図に、昭雄は龍一を四つん這いにすると一気に突撃した。
「うっ!いいぞ。太い…」
「凄え。使い込まれてる。」
昭雄は艶子の借金の返済に追われて女はすっかりご無沙汰であった。そこに龍一のような極上の雄は刺激が強すぎた。たちまち我を忘れて夢中になり始めた。
「あぅ!いいぞ。もっとだ」
「兄貴、たまらねえよ!」
龍一は半ば犯すように昭雄に貪ぼられ、陸軍中尉にあるまじき甘い声を出した。その倒錯した様が余計に昭雄を興奮させ、どんどん二人は高まっていった。
「昭雄、もう俺はイく」
「兄貴!兄貴!」
とどめの一撃とばかり一層激しく昭雄は龍一の秘穴を突き、一番奥で精を放った瞬間、龍一も特大の肉棒を震わせて果てた。畳に龍一の精が飛び散り、窓から漏れる月明かりに照らされて怪しく光った。
「良かったぞ、昭雄」
蕩けきった表情で龍一が向き直ると、昭雄の肉棒は龍一の中でたちまち固さを回復し、そのまま二回目になだれ込んだ。
「兄貴、外泊だから今日は寝かせねえよ」
「最高だ。もっと!もっとだ!」
昭雄は側の一升瓶を掴むと、中身を一気に半分ほども飲み干し、上と下から酔わされてますます激しくなり、一層龍一は悶えた。昭雄は艶子に少し後ろめたいものを感じたが、龍一を犯す快感の前にすぐに消えた。今頃二人もよろしくやっているだろう。そう都合よく思い込んで、ひたすら目の前の快楽を貪るばかりであった。
注釈
注1:後ろ弾 戦場で恨みのある相手を背後から撃つ報復行為。私的制裁の過ぎる古参兵や無能な指揮官が標的になった。時代や国を問わず行われ、ベトナム戦争ではフラッギングと呼ばれて社会問題化した
注2:実包 日本軍の隠語で、士官学校を経て任官した将校のこと。一般の学校を出て試験を受けて任官した将校は若干の侮蔑を込めて空包と呼ばれた
注3:ノミ屋 競馬や競輪で私的に投票券を売る商売。正規の主催者を妨害することから法律で禁止されているが、電話投票のない時代は重宝され、暴力団の主要な資金源であった。また、軍人は馬券の購入を禁止されていた
注4:外地人将校 日本海軍では将校は日本人であることが求められたが、陸軍は朝鮮人や台湾人の士官学校への入校を認めており、将官になる者もいた。また、留学生も受け入れていた。
注5:五銭から 教師の初任給が40円ほど、二等兵の月給が4円50銭だった当時、当時の馬券は最低20円からと非常に高額であった。この手の安売りのサービスはノミ屋では盛んに行われた。
注6:軍人半額 戦前の軍人の社会的地位は高く、電車や遊郭、映画館など、多くの場所で半額の割引が受けられた
注7:アンコとカッパ ヤクザや刑務所での隠語で、受け攻めのこと
注8:ショーネン 士官学校の隠語で、美少年の事。日本の士官学校には男色文化が隠然と存在した
注9:解剖 士官学校の隠語で、寄ってたかって服を脱がせる悪戯の事
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