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第1話 顔を見られりゃサヨウナラ

俺の親父はシスコの生まれ はぐれ烏の老ガンマン ある日は殺し屋ウエスタン ある日は飲み屋のオルフェさん 表もあれば裏もある 夜闇にぽつりと白い影 凄腕ながらも年老いた殺し屋ウエスタン。見た者は皆殺すという主義を始めて破って見逃した美少年、ユーリが彼の元を訪れる 老いらくの恋に老ガンマンが燃えた  下町の商店街の外れにあるガールズバーにしては、その店はあまりに豪勢であった。もっとも、近所の人はこの店に寄り付かない。この店は界隈で急速に台頭する半グレグループの拠点であり、資金源でもあった。客はあくどい金持ちや同業者に限定された。  その日はその半グレグループのリーダーの誕生日で、招待客を集めて盛大なパーティが行われた。夜が更けて招待客は皆帰り、最後はグループの幹部と店の女だけになった。  こうなると店は酒とドラッグとセックスで狂乱状態だ。このグループは近頃ドラッグの密売で関東一円で大幅に勢力を伸ばし、我が世の春を謳歌していた。  路地のどん詰まりにある裏口で見張りに立たされた下っ端は退屈していた。今やこのグループに手出しをする者は近隣にはいなかった。不良外国人もヤクザもグループを恐れていた。警察とも癒着している。  街頭さえない裏路地の入り口に、一台の車が塞がるようにして止まり、ドアを開けて一人の大きな帽子を被った男が出てきた。「誰だ?」  見張りは懐に手を入れて色めき立った。しかし、男は答えない。黙ってゆっくりと路地をまっすぐに突き進む。 「あんたの所の大将に用事があってな」  手を伸ばせば届くという所まで来て、男はようやく答えた。 「帰れ。今日はダメだ」  見張りは懐からバタフライナイフを取り出し、男に向けた。喉にナイフと突きつけられて男は退散するはずだった。  しかし、男の手はもっと早かった。見張りが懐から手を抜くよりも先に、男の右手が男の口を塞ぎ、腰に手挟んだナイフを左手で抜き、見張りの喉に深々と突き刺さした。見張りは声さえ出せずに喉から血を噴き出して絶命した。  男が店のドアを開けると、男の身体にミラーボールの七色の光とクラブミュージックの爆音、マリファナの怪しい香りが襲い掛かった。 「クソッタレ」  男は小声で悪態を突き、ドアを閉めた。  店の二階のVIPルームは酒池肉林の様相だ。男四人女九人と男は聞いていた。 「『ヘル』の使いの者だ」  男はドアを乱暴にノックし、大声でそう言った。 「ヘル?」  女三人と愉しみながら、ボスは首をひねった。新宿の『ヘル』と言えば友好グループだが、忙しいというので花と金が届けられていた。  男は返事を待たずにドアを開けた。一瞬呆気にとられた連中は、その次の瞬間笑い始めた。  男はあまりに奇妙な姿だった。2メートル近い長身に日本人離れの黒い肌をした老人である。それ以上に連中を驚かせたのは、上はカウボーイハットから、下は拍車の付いたブーツまで、大昔の西部劇映画から抜け出たような格好で身を固めていたことだ。腰のガンベルトは一際古びた年代物だ。 「爺さん、頭おかしいんじゃねえの?」  ボスがそう言い終わるが早いか目にもとまらぬ速さで左手で銃を抜くと、ボスの眉間に穴が開いた。何が起こったか分かる間もなくボスは絶命した。 「おかしいのはお互い様だ」  男は煙の出る銃の引き金に人差し指を差し込み、器用に銃を回した。 「野郎!」  幹部の一人が側のテーブルに置いておいた拳銃に手を伸ばしたが、拳銃に手が届くより先に男の銃が幹部をボスの後を追わせた。 「女にゃ悪いが、顔を見たからには全員死んでもらうぞ」  男は右手でもう一丁の銃を抜き、男となく女となくたちまち撃ち殺した。十秒とかからず12人が地獄へ旅立った。  最後に残ったのは幹部の一人であった。しかし、この幹部はほかの連中よりいくらか冷静であった。 「馬鹿野郎、弾切れだ」  男の手にした旧式のリボルバー拳銃はまず6発装填だろう。殺したのは十二人。自分の分はない。「死ね!」  二人目の幹部が取り損ねた銃を残った幹部は取った。しかし、男は拳銃二丁をホルスターに素早くしまうと、見張りの男を殺したナイフを取り、目にもとまらぬ速さで幹部めがけて投げつけた。  幹部が拳銃を手に取ったところでナイフは口の中に飛び込み、そのまま脳まで貫かれて息絶えた。 「良い悪あがきだ。殺しにはスリルがなくちゃな」  男は満足げに微笑み、幹部の口からナイフ抜いて、近くの女の脱いだドレスで血を拭って鞘に納め、は懐から使い込んだパイプを取り出し、マッチで火をつけて部屋を出た。動きの一つ一つが覗き見る人があれば笑うほどに芝居がかっていた。  せっかく飲み屋に押し入ったのだから、酒を失敬しようと思い一階のバーカウンターへと向かった。どうせ飲む人間はもういないのだ。  しかし、予期せぬ出来事が起きた。バーカウンターの陰に居ないはずの十人目の女がへたり込むようにして隠れていたのだ。  いや、女というには若すぎる。少女と言うべき年頃だ。肩まで伸ばした金髪と青い目はどう見ても日本人ではない。 「~~~」  日本語でも英語でもない、どうやらロシア語らしき言葉で彼女は命乞いらしき言葉を述べ、涙を流した。  男はたじろいだ。この娘を殺すのは素手でも簡単な事だし、女子供でも情け容赦なく殺してきたのが男の職業上の美徳でもあった。  しかし、命乞いをさせる暇もなく殺してきたからこの主義を貫けたのだ。考えて見れば、長い殺し屋稼業でも命乞いを受けたのは初めてだった。  男は火の消えたパイプにマッチで火をつけ直し、トイレを指さした。窓があって逃げられるはずだ。 「Get out!」  男はそう言い残し、娘を残して入ってきた裏口から消えた。自分は歳を取り過ぎた。男は煙を吐きながら殺し屋としての引退を考える時期に来たことを薄々悟った。  男は車に乗り込み、足早にその場を立ち去った。 「ウエスタンの旦那、お疲れさまでした」  運転手の若い男は後部座席に乗り込んだ男をねぎらった。 「いいから例の場所へ走らせろ」  ウエスタンと呼ばれた男は拳銃を手慣れた手つきで分解し始めた。たちまちのうちに二丁の拳銃は完全にバラバラになり、カウボーイハットの中にまぜこぜにして放り込まれた・  車が橋に差し掛かったところで、ウエスタンは車の窓を空け、帽子の中の部品をいくつか取って川に投げ捨てた。 「あの、何で銃を捨てちゃうんです?」 「お前、ヤクザになって日が浅いみたいだな」  ウエスタンは部品を次々川へ投げ込みながら言った。 「すんません。まだ一年です」 「駆け出しの頃、始末屋が下手売って、殺した死体が山から掘り出されたことがあったんだよ。弾は出なかったから足は付かなかったが、それ以来俺は銃は使い捨てにしてる。手前がしくじるならともかく、顔も知らない他人の不始末でパクられるのは…」  そこまで言ってウエスタンは押し黙った。「糞、歳を取ると口数が増えていけねえ」  ウエスタンはバックミラーに写る自分の顔をしげしげと眺めた。初めて人を殺してもう50年近くが経っていた。歳も70の坂を超え、とてもじゃないが二枚目役は務まらない顔になっている。身体も昔のようには動かなくなっていた。 「夜明けには熱海です。オヤジがお待ちですよ」 「部品が残ってる間は交通違反を起こすなよ」  ウエスタンはパイプを窓から出し、灰になった煙草を捨てた。待ち合わせ場所の熱海の旅館には依頼主で旧知の仲であり、新宿に一家を構える秋山組総長、定岡健一が待っていた。 「おう、ウエスタン。相変わらず殺し屋のくせに派手だな」  旅館で一番良い部屋に通されたウエスタンは、久しぶりに定岡と対面した。 「俺のなりじゃどうせ面が割れたらお終いだからね」  ウエスタンは定岡が勧めた酒を飲み、帽子をコート掛けに投げつけてひっかけた。横須賀の進駐軍の忘れ形見であり、殺し屋としてはあまりに目立つ姿のこの男が、それなら開き直ってこよなく愛する西部劇を真似て殺しをしようと始めたこの格好は、今では暗黒街では知られた彼の"正装"であった。 「あの半グレ連中はうちのシマまで薬を流しやがるし、誰かれ構わず喧嘩するしで参ってたんだよ」 「あいつら都合の良い時だけカタギになるからな」 「まったく、暴力団も肩身が狭くていかん。だらから俺もお前みたいな殺し屋に頼まなきゃいかんわけだ」  定岡は風呂敷包みをウエスタンに渡した。「残りの一千万だ」 「うん、確かに」  ウエスタンは風呂敷包みを解き、中の使い古しの一万円札の束を改めた。定岡とは五十年来の付き合いだから、まさか誤魔化す事はないだろう。「しかし、歳を食う度俺の仕事は増えるな」 「昔ならあんな連中なんて組の若い者をやってすぐだが、今の世の中でヤクザが一人殺せば裏門から白木の箱に入って出なきゃならんくらい刑期を食らうからな」  ヤクザが肩で風を切って表を歩けたのは昔の話で、今やヤクザは法的に締め付けられ、表立って組員を喧嘩に駆り出すことは不可能になりつつあった。この手の仕事は高い金を払ってウエスタンのような殺し屋に頼まねば、縄張りの秩序さえ守れない。 「俺もそろそろ引退だぜ。どうするんだよ」 「秋山組もどうせ俺の代限りだ。もうヤクザの時代じゃねえんだよ」 「…お互い歳を取ったなあ」  二人は酒を酌み交わしながら、思い出話に花を咲かせた。二人は若い頃は共に新宿で暴れた仲であった。しかし、もはや二人は年老いて時代に取り残されつつある事を痛感していた。  定岡はひと風呂浴びて帰り、ウエスタンは定岡の計らいで一泊して疲れを取ってから東京へと戻った。  ウエスタンこと葛城純一は、錦糸町の外れで「おるふぇ屋」という小さな大衆割烹の店を営んでいる。寿司でも洋食でも何でも安く出し、盆正月でも休まないというので店は繁盛していたが、年に数回ウエスタンとしての仕事をする時だけ臨時休業になった。 「あ、オルフェさん、今晩飲みに行くからね」  正装から普段着に着替え、夜明けの錦糸町を家路を急ぐ純一に、仕事終わりの立ちんぼの一人がに声をかけた。表の世界では彼はもっぱらオルフェさんで通っていた。 「小花、いい加減ツケ払えよ」  純一はちょっとした街の名士であった。色黒の大男が街を歩けば嫌でも目立つ。そのおかげで損もすれば得もしてきた。殺し屋には損だが、飲み屋の親父としては得だと少なくとも自分では思っていた。  家も兼ねたおるふぇ屋の店先に、人影が佇んでいる。純一はぎょっとした。人影の正体は見逃した異国の少女であった。あの時の赤いドレスもそのままに、シャッターの閉じた店の前で立ち尽くしている、  純一はポケットに手を突っ込み、中のナイフを手に取って少女に近寄った。どういう事になるか分からない。 「どうしてここに居る?」 「…これ」  少女は店のマッチを取り出した。パイプに火をつけた時に置き忘れたのだ。純一の全くの不覚であった。若い頃なら自分の店のマッチを使うことも、マッチを置き忘れるようなヘマもしなかったはずだ。 「金か?」 「…行く所ないんです」  少女は怪しい日本語で答えた。いかにも訳あり気だ。しかし、悪意を持って自分の元を訪ねてきたようには思えなかった。自分を殺すつもりならこんな無防備に店先に突っ立っているはずがない。 「ともかく入れ」  純一は店の二階の住まいに少女を迎え入れ、残り物で作った簡単な食事を与えた。あれ以来何も食べていないのだろう。いささか下品に、そして素早く少女は食事を平らげた。  少女は英語は出来ず、日本語も怪しかったが、ユーリという名前でロシア人である事、人身売買で昨年日本へ来たらしい事、故郷へは帰りたくない事がわかった。  入管に突き出すのは簡単だが、そうすればユーリは自分のやった事をぶちまける恐れがあった。定岡に頼めば売り飛ばルートがあるだろうが、自分を頼って来たのにそんな事をするのも気が引けた。それに、町の住人はユーリを家に上げたのを見ているはずだ。いずれにしてもユーリがどこかへ消えれば言い訳を考えねばならない。  結局純一はユーリを店で使う事にした。適当な服を古着屋で買い揃えさせて店で手伝いをさせると、恩義を感じてか実にまめに働いた。 「オルフェさん、可愛い店員を入れたね」  ランチを食べに来た常連客のサラリーマンが、お茶を運んできたユーリを興味深げに眺めた。 「知り合いの子でね。助かってるよ」  純一は適当な嘘をついた。ユーリは日本語がほとんど通じなかったが、その日の夜にはおるふぇ屋は噂を聞きつけた男で大入りとなった。これは拾い物をしたと純一は目を細めた。  その日はいつもの1.5倍も売り上げがあった。ユーリの功績なのは明白だ。ロシアンパブの社長がスカウトしに来たが、純一は当然ながら断った。  二階の三畳の納戸を片付けてユーリに与えて銭湯に連れていき、純一はその間に明日の仕込みを終えて布団に入った。  眠りに落ちて間もなく、誰かが純一の布団に入り込んだ。ユーリであった。服を着ていない。 「お礼をします」  ユーリは純一の恩に他に報いる方法を知らなかった。純一の方はそんなつもりではなかったのだが、恥をかかせても気の毒なので黙ってお礼を受けることにした。「純一さん凄く大きい」  既に純一の父親譲りの巨大な肉棒は臨戦態勢であった。我ながら現金だと純一は苦笑するしかなかった。  窓の外から差し込む街の明かりだけが光源の六畳間で、ユーリは雌の眼になって純一の肉棒をたちまち根元までくわえ込んだ。年端も行かない殆ど子供のようなサーシャだが、その巧みな口技に純一はうめき声を漏らした。 「うう…いいぞ」  純一は思わず体を起こし、ユーリの頭に手をやった。湯上りのユーリの豊かな金髪からは良い匂いが漂い、純一の肉棒を年甲斐もなく固くした。  そんな馴致の心を見透かすようにユーリは怪しく笑い、一層激しく純一を責め立てた。女にすっかりご無沙汰の純一は、たちまちユーリに屈して精液を思う様吐き出した。  ユーリは純一からすべて吸い取ろうとするように肉棒にしゃぶりつき、精液を残らず飲み込んで、恍惚とした表情で純一に抱き着いた。何か固い物が腹にあたっているのに純一は気付いた。女にはないはずのものがユーリの股間にはあった。 「お前、男だったのか」  純一はあの半グレ連中がどういう意図でユーリを日本に連れてきたのか、何故ユーリの事を情報屋が知らなかったのか何となく察した。 「嫌ですか?」  ユーリはあの時と同じように悲しい表情をして、大きな目から涙をこぼした。こうなると純一はユーリを拒むことなど出来なかった。 「後悔するなよ」  純一はユーリを押し倒すと、年相応に小ぶりで、皮を被ったユーリの一物を改めて確認した。皮の先からわずかに覗いた鈴口からも涙を流している。それは興奮か、捨てられることを恐れてか、もうこの際純一にはどうでもいい事だった。 「あぁん!」  純一が一気にユーリの中に押し入ると、ユーリはその気のない男でも狂わせるような甘い声を出して震え、純一を締め付けた。純一は若い頃には刑務所でさんざん男を食らった口であったが、こんな極上の男を抱いたことはなかった。  もう純一は理性を保つことも、ユーリを気遣う事も出来なかった。ひたすら目の前の快楽を貪るだけである。ユーリはそんな純一の激しい求愛に狂う。もう収拾がつかない。 「ユーリ!ユーリ!」  純一は70過ぎの老人というよりも、獣のように激しくユーリを求め、古い六畳間の襖はがたがたと音を立てた。そして純一が最後の仕上げと肉棒を突き込むと、ユーリは急に力なくへたり込み、純一をちぎれんばかりに締め付けた。純一はその締め付けがとどめになって、二度目の射精を迎えた。  ユーリは快感のあまり腰を抜かし、意識もうろうとしながら余韻に浸った。そんなユーリを純一は抱き寄せ、二人は眠りに落ちた。  翌日もユーリは何事もなかったようにおるふぇ屋で甲斐甲斐しく働いた。ちゃんと男湯に入ったようで、男ということが知れ渡って少しユーリ目当ての客層が変わった。ロシアンパブの社長はユーリが男と知って手を引いたが、代わりにホストクラブの社長がやってきて、純一は閉口した。やはり自分は歳を取り過ぎたのだ。不器用な手つきで皿を洗うユーリを眺めながら、純一はそう思った

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