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第3話 シカゴ・ディフェンス

今度の俺はシカゴ調 二人で一人の白と黒 縦横無尽のクィーンが 黒のキングを追い詰める ユーリはウエスタンを、純一を守る為に殺しの手伝いを申し出た チャイニーズマフィアとウエスタンの勝負に紛れ込んだ奇貨。吉と出るか凶と出るか 殺しとチェスは終わってみないと分からない  純一とユーリは外国人観光者に見える装いをして新幹線に乗り、博多へと向かった。  ユーリは車窓から望む富士山にはしゃぎ、駅弁に舌鼓を打ち、終始楽しげであった。しかし、純一は気が重い。一旦は承知したとはいえ、殺しの仕事にユーリを引き込むのは気が引けた。  朝方に家を出て、博多に付いた時には夕方であった。博多駅のホームに降り立つと、どうやら水商売らしき中年女が「Mr.Western」と書かれた札を手に待ち受けていた。 「ウェスタンさんですね?」  女は下品な訛りの英語で純一に話しかけた。この英語に純一はどこか聞き覚えがあった。横須賀でパンパンをして兵隊相手に覚えた母親の英語とよく似ていた。 「あんたが迎えかい?」  純一は左手を懐に入れ、ユーリを後ろに下げながら同じく下品な訛りの英語で答えた。 「ええ。金村から頼まれました。どうぞよろしく」  女は名刺を取り出し、純一に渡した。佐世保のクラブのママらしい。名刺の裏には半分に破られたトランプが隠されている。金村という依頼主への連絡用に定岡に託した何枚かの割符の一枚だ。もう半分は純一が持っている。  明美は二人を先導し、待たせていた車に乗せ、依頼元の組の組員ら指揮若者の運転で武雄の温泉宿に向かった。  宿の一番良い部屋に二人は通された。よほど例のチャイニーズマフィアに困っているらしい事が純一には想像が付いた。  二人が荷物をしまって落ち着いたころを見計らって、ゴルフバッグを担いだ老紳士が部屋を訪ねてきた。 「ウエスタンの旦那、よく来てくださった。金村です」  金村を名乗った男は破れたトランプを純一に渡した。定岡から貰った顔写真とも一致している。どうやら本物らしい。 「どうぞよろしく頼みます。あの連中、とても私らの手には負えんのです」  純一に頭を下げる金村はそれなりの貫目のある親分に見えるが、表情には憔悴がありありと感じられた。 「それで、手筈はちゃんと整ってるんでしょうな」 「そりゃあもう、これをしくじると私も200人の子分も路頭に迷うんですよ。抜かりなくやってます」  金村はウエスタンの依頼主の決まり文句のような事を言ってゴルフバッグを開け、中から重たそうな布包みをいくつか取り出し、テーブルの上に次々と置いた。「明日迎えを寄越します。どうぞよろしく頼みます」  金村はそう言い残し、軽くなったゴルフバッグを担いで出て行った。純一はそれを見計らうと部屋に鍵をかけ、厳重に梱包された布包みをほどいた。中からは油の匂いのする銃が出てきた。 「凄い」  テーブルの菓子盆からせんべいを取って食べていたユーリが、興味深そうに手を伸ばしたのを純一は乱暴に払いのけた。 「触るな!」  純一はユーリの手を払いのけると、銃を梱包し直して持参したボストンバッグに入れてクローゼットにしまい込んだ。  そしてユーリを連れて街に出た。食事をとるためだ。宿の食事は毒が盛られ無いとも限らない。入るのは決まってカウンターから厨房が残らず見える小さな店だった。  二人で佐賀の山海の幸を細やかに楽しみ、宿に戻ると定岡から小包が宅配で届いている。弾の用意は間違いのないように定岡に頼むのが常であった。  ユーリに銃と弾の番をさせ、純一は部屋に備え付けられた露天風呂に入った。風呂は武器を持ち込めないので危険が大きい。純一は仕事の時にはこういう風呂付きの部屋を用意させた。  純一は急ぎで風呂を済ませ、今度はユーリを風呂に入らせると、持参したボストンバッグから工具ケースを取り出し、銃をテーブルに並べて手慣れた手つきで分解し始めた。粗悪品だったり細工をしていないとは限らない。  二丁目がバラバラになった頃、ユーリが風呂から上がってきた。ユーリはすっかり雌の表情になって、銃身を電灯に透かして覗き込む純一にもたれかかった。 「ねえ、お父さん」  いつもの調子でユーリは囁いた。しかし、純一はユーリを乱暴に押しのけた。 「今日は駄目だ」  純一はつれない返事だ。交わっている時が人間は一番無防備で体力を使う。仕事前日になど以ての外だ。  ユーリは純一がお父さんでもオルフェさんでもない、ウエスタンの表情になっているのに気付いた。自分の出る幕ではない事をユーリは悟り、窓際の籐椅子に腰かけて純一がウエスタンになっていく支度をじっと見守るばかりであった。  純一は点検し終わった銃を布団の下に隠し、十分に睡眠を取って明日に備えた。しかし、ユーリの方はまんじりとも出来なかった。  翌朝、早目に起きた二人は金村の若い衆が運転するワゴン車に乗り込み、長崎へと向かった。  途中で人のない山へ車を寄らせ、純一は銃の試し撃ちをして、車中でウエスタンの格好に着替えた。しかし、今日はガンベルトは無しだ。  長崎市の外れの国道沿いのにある『 爛柯楼』という大きな中華料理屋の前で停まった。今日は表向きは定休日であったが、夜はカジノ兼売春宿としてこっそり店開きするという。 「きっかり30分後だ」  純一は運転の若い衆に念押しし、ユーリと一緒に車を出て、店の入り口の豪勢なドアを開けた。 「おう、待ってたよ」  チャイニーズマフィアの頭目である王鳥海は、見るからに強そうな二人の給仕を伴って店の一番奥で満漢全席の昼食を摂っていた。その食事量に相応しい、醜く太った大男だ。 「王さん、店で働きたいってのはこいつです」  ギターケースを携えた純一は、入り口に立つドアマンに挨拶をして、ユーリを前に出した。「内妻の連れ子です。上玉でしょう?」  金村が協力者を通じ、純一がユーリを売春婦として売りに来るという話を王に通してあった。だが、金村もまさかユーリが男だとは思わなかっただろう。  ユーリは丈の短い白いドレスを着込み、髪をセットして銀の簪をあしらい、見事に化粧をしていた。こうなれば服を脱がない限りは美少女にしか見えない。  そしてユーリは純一にしか見せないような男を狂わせる微笑みを浮かべて王に会釈した。 「おお、見事ね」  王は食事を摂る手を止めて、舐め回すような視線をユーリに送った。ユーリは純一に拾われる前の事を思い出して血の気の引く思いだったが、必死に耐えて笑顔を崩さなかった。 「いくら前借りできます?」 「そうだね、500か600…いや、料理は食べてみないと分からない」  王は席を立ってユーリに歩み寄り、純一もぞっとするような気色の悪い笑みを浮かべた。 「500も?そりゃあ競輪でも競艇でも何でもこいだ」  純一は口笛を吹いてわざとらしく喜んだ。「それと王さん、俺はミュージシャンなんですよ、下のカジノのステージで使ってくださいよ」  店の地下にはカジノがある。ステージがあって、毎夜歌や格闘技が催し物として行われるという。 「それでそんな変な格好してるのか?そっちは間に合ってるよ」 「じゃあせめて噂のカジノを見せて下さいよ。500万もあれば今夜は派手に張れる」 「ふん、見せてやれ」  王はユーリの方を掴むと、二階の自分専用の部屋へ付いてくるよう促した。王は店で働く女を必ず「味見」するのだという。  純一は給仕の一人に案内され、厨房の裏の隠し扉から地下のカジノへ通された。各種のゲームテーブルにバーカウンター、グランドピアノと大きなスピーカーの鎮座する広いステージもあり、大変な規模だ。 「凄え。マカオ並みだ」 「本当はお前みたいな変なのはお断りだ」  給仕は嫌そうに言った。このカジノには各地の財政界の大物や有名人もわざわざ遊びに来るという話であった。 「今日の俺は金持ちだぜ」  カジノのマネージャーらしき男とバーテンが開店準備に動き回っている中、純一はステージに駆け寄ってステージに飛び上がった。 「こら、降りろ!」 「そんなこと言わないで、一曲聞いてみてくださいよ。聞くだけならタダなんだから」  純一は怒るマネージャーを制し、持っていたギターケースを開けた。中にはギターは入っていない。サブマシンガンが入っている。 「今日はシカゴ風だ!」  純一は高らかに今日の所信表明をしてボルトを引くやマネージャーと給仕の方向に向け、弾倉に入った20発を一気にぶちまけた。それなりの手練れである二人はたちまちのうちに穴だらけになった。 「この野郎!」  一人残ったバーテンが懐に手を入れたが、その右手が拳銃を握って懐から出た時には既に純一は空になった弾倉を取り換え、ボルトを引いて臨戦態勢であった。 「ショットガン(注1)を一杯くんな」  その言葉が最後までバーテンの耳に届くより先に、銃弾がバーテンの身体に突き刺さった。 「おっと、こいつはマシンガンだ」  純一は例の芝居調で銃口から立ち上る煙に息を吹きかけた。  その頃、ユーリは豪華な内装の王の専用室で、純一が下の連中を片付けて駆けつけて来るのを待っていた。店は各部屋が完全防音になっていて、地下どころか部屋の外の様子さえ伺えない。 「お前、名前は?」 「ユリ」 「もっと愛想良く。稼げないよ」  王は興奮を隠せない様子で慌て気味に服を脱いだ。豚と言っては豚に失礼な程醜い王の身体がユーリの前に立ちはだかる。腹の肉に埋もれた肉棒は純一より年上とは思えないほど激しく屹立していた。 「それより、煙草くれない?」  時間稼ぎにユーリは吸えもしない煙草を要求した。王はマホガニーのテーブルの上から派手な彫金の煙草入れを取り、ふたを開けてユーリに差し出した。ユーリが煙草を取って咥えると、悪趣味な金のライターで火をつけた。ユーリは激しく咳込んだ。 「それと、私にいくらくれる?」  咳込みながらユーリは条件の話に入った。 「そう、お前なら客一人で10万かな」 「いくら前借りできる?」 「それは確かめないと分からない」  王は我慢しかねて鼻息も荒くユーリの煙草を取り上げて青磁の灰皿に捨て、ユーリをベッドに押し倒した。  一方純一はバーテンを片付けてギターケースの中から残りの武器とガンベルトを取り出して身に着け、サブマシンガンを手に金庫のそれのように重たく分厚い隠し扉を開けた。  入り口で張っていた給仕が振り向き様に純一はナイフで給仕の喉元を突き刺した。声さえ上げることができず給仕は絶命した。鮮血が服に飛び散り、服を新調しなければいけない事に気づいて純一は閉口した。  金村の情報では店にはあとは王とコック三人が居るだけである。純一は迷うことなく厨房に突入し、カジノ向けの料理の仕込みをしていたコックめがけて銃を唸らせた。  二人始末したところで弾が尽きた。一人離れて冷蔵庫を開いていたために難を逃れた幸運なコックは、店にいる中で一番勇敢かつ腕の立つ男であった。  側にあった巨大な肉切包丁を二柄手に取ったコックは、純一のサブマシンガンの弾が切れたことを察知し、香港映画さながらに包丁を自在に振り回しながら雄叫びをあげて純一を威嚇した。  若くて血気盛んなコックの計算では純一はナイフを手に応戦するはずだったが、純一は至って冷静であった。  純一はサブマシンガンを捨て、目にもとまらぬ速さで左手でガンベルトの拳銃を取り、二発の銃弾がコックの腹に飛び込んだ。  何が起きたのかも分からずコックが包丁を取り落として倒れんとしたところで眉間に三発目がとどめとばかり襲い掛かり、コックは完全に息絶えた。 「生憎ジョン・ウェイン(注2)ほど男らしくはないんでね」  純一はコックがその場に崩れ落ちるのさえ見届けず、聞く人も居ない捨て台詞を残して足早にユーリと王の居るはずの部屋へと急いだ。  純一は二階の王の部屋のドアノブに残った三発をぶち込んで鍵を破壊し、もう一丁の拳銃を左手に取ってドアを蹴り破って部屋へと押し入った。 「チェックメイトだ!」  純一は目一杯格好をつけて言った。しかし、せっかく出したもう一丁に派手な見せ場は訪れなかった。王は首筋にユーリの簪を突き立てられて、痙攣しながらベッドを赤く染めて既に虫の息であった。 「ユーリ、お前が殺したのか?」  純一は王の下敷きになってもがいていたユーリを助け出した。ユーリは血でまだらに染まって乱れたドレスもそのままに、純一に抱き着いて泣き出した。 「だからよせって言ったんだ」  純一は内心ではユーリの度胸に少し感心しつつも、人を殺してしまったユーリの将来を案じずにはいられなかった。 「もうじき30分だ。とっととずらかるぞ」  純一はどうにかユーリをなだめ、王の後頭部にとどめの一発を食らわせ、厨房に捨てたサブマシンガンを拾って入り口の前で腕時計を睨みながら数分待ち、丁度約束の時間になった瞬間ドアを開けた。  時間の10秒前に迎えのワゴン車入り口の前にぴったりと付け、後部席のドアを開けて待ち構えていた。  純一はまずはユーリをワゴンに押し込み、店のドアを閉めながらワゴン車に乗り込んだ。重たい店のドアが完全に閉じたのを見計らってワゴン車は乱暴に発進した。 「ご苦労様です。後の事は始末屋が」  運転の若い衆はユーリの姿に一瞬ぎょっとして、少しでも早くここから逃げ出そうとボロの盗難車を全速で走らせた。 「スピードを守れ。銃を捨てるからすいてる海沿いの道を走れ」  純一は私服に着替えてパイプを取り出して火を点け、手早く銃を分解し始めた。長崎県を出る間にサブマシンガンと二丁の拳銃は満遍なく大村湾に投げ込まれた。  ユーリが着替える際に男だと知って若い衆は仰天していたが、車は夕方には山口のひなびた温泉宿に到着し、車は二人を残して何処かへ去って行った。  定岡が手配をした部屋だからここはもう危険はない。温泉に入って上手いものを食べて骨休めをして帰るだけだ。  しかし、ユーリはずっと浮かない顔をしていた。当然だろう。始めて人を殺したのだ。純一だって最初に殺した時はそうだったのだ。 「わかったか?人を殺すのは恐い事だ」  夜も更けて、ビールを飲みながら純一はユーリを諭した。 「お前はチェスの駒じゃない。俺の息子だ。このゲームは俺だけで沢山だ」 「お父さん、私…」 「何も言うな。今日の事は忘れろ」  純一は優しくユーリを抱きしめた。罪深い仕事に踏み込んだことを今日ばかりは後悔した。 「お父さん、忘れさせて」  返事を待たずユーリは浴衣を脱いだ。気休めでしかないが、これしか方法はあるまい。それに純一の方も我慢の限界であった。  布団に押し倒したユーリの唇を情熱的に純一は吸った。ユーリの身体には王の悪趣味なオーデコロンの香りが仄かに残っていた。馴致は何処か心の中に嫉妬の炎が燃えるのを感じた。  浴衣を脱いだ時点でユーリの方は純一を迎え入れる支度はすっかり出来ていた。純一の方も臨戦態勢が整っている。行きつく先は一つしかない。  大仕事を終え、年甲斐もなく独占欲を掻き立てられた純一はいつも以上に固く、心をかき乱されたユーリの狂いぶりも凄い物だった。 「んんっ!お父さん、もっとして…」  純一はもはやユーリの言葉を理解する理性さえ失った一頭の獣であった。純一の焼けた鉄棒のようになった肉棒がユーリに押し入るたびにユーリは理性を飛ばされて誰はばかる事はない問わんばかりの大きな声で純一を求め、純一はますます理性を狂わされていく。  こんな状態でどちらも加減など出来ようもなく、たちまち純一はユーリの中に射精し、そのまま構わず二度目に突入した。 「ユーリ!今日は徹底的にやるぞ」 「お父さん!お父さん!」  隣の部屋の客に聞かれると明らかに不味い事をユーリは喚きながら、殺しの恐怖を少しでも紛らわすために純一の齎す快楽に溺れた。  純一ももはや隣の部屋に気を遣う余裕などない。結局その日は一睡もできず夜を徹して交わり続け、二人は新幹線で居眠りをしながら東京へと戻ったのだった。   注釈 注1:ショットガン カクテルの一種 注2:ジョン・ウェイン ミスター・アメリカの異名を取った往年の西部劇のスター。当時の西部劇はむしろ銃より殴り合いで決着のつくものが少なくなかった  

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