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やんごとなき探偵 4

「素顔を――君の、眼鏡を外した目を……見られたんだね」    図星を指され、何も言えなくなるが、正直に自白する。 「昼休みに休憩室でうたた寝して、その後の数分間うっかり眼鏡をかけ忘れてさ……。でも、見られたのは生徒」  ほらみたことかとでも言いたげに、刻は肩をすくめて腕を組む。 「前々から思っていたことだけれど、君には学習能力ってものがないのかい? 喉元過ぎれば熱さを忘れる、か。……本当に馬鹿だね、君は」 「面目ない……」  反論できないので、壮吾は小さくなる。そんな言い方でも、自分を心配しての言動だと思えばありがたい。  そして、凝りもせずそんな刻に対して、淡いときめきを覚えてしまう。 「とにかく、当分の間は用心に越したことはないよ。島ノ江、このぼんくらを自宅まで送り届けてくれ」  いつの間に部屋の隅に控えていたのか、主人の声にじっと耳を傾け、「かしこまりました、刻様」と、従順な執事は優雅なしぐさでドアを開け、壮吾を促した。  ぼんくらはないだろうと思いつつ、壮吾は島ノ江に向かって一礼する。 「面倒かけてすいません島ノ江さん。それじゃ久須美、またな」  バッグを肩にかけ、壮吾はドアへ近づく。 「また、こちらから連絡するよ。くれぐれも警戒するように」 「うん、わかった。……おやすみ」  重厚なドアがゆっくり閉まるのを待って、壮吾は立ち止まり、息を吐いた。 自分たちの関係はドライなもの。決して、甘いものではない。うっかり勘違いするな。  刻と睦み合った部屋を出るたび、必ず自分に言い聞かせていることだ。    ――よし、大丈夫。今回も俺はごく自然に振る舞えた。……はず。    胸の奥がじくじく痛み訴えるのを深呼吸でやり過ごし、壮吾は大股で歩き出した。 「春井様、こちらへどうぞ」  やたらに長い絨毯張りの廊下を、島ノ江の後について歩く。 「あ、そうだ、島ノ江さん。いつも泊まれるように用意してもらってるそうで、申し訳ないです。久須美から聞きました」  島ノ江は隙のない笑顔と、流れるような仕草で会釈する。 「いえ。春井様は刻様の大切な御友人ですから。いつでもくつろいでいただけますよう、用意してございますので、その時は何なりとお申し付けください」 「ありがとうございます」  見てくれだけは無駄に良い主人を筆頭に、この島ノ江といい、屋敷で働く者たちは皆美形揃いだ。実年齢は不明だが、(おそらく三十代半ばだろう)特に島ノ江は包み込むような大人の男の色気をまとっている。    常に穏やかだから何を考えているのかわからないが、壮吾の目から見ても、主人の刻を敬愛しているのはよくわかる。

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