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不穏な影 1

♢    着信音で目が覚めた。(とき)からだった。 『やあ春井くん。まだ眠っているのかい? 昨日自慢げに話していた生活リズムは、疾うに崩れてしまったようだね。十五分後に迎えに行くから、今すぐに身支度をしたまえ』 「……んん……事件か?」  いつもの、偉そうな調子の刻の声が携帯から聞こえた後、通話はプチッと切れた。  やんごとなき身分を利用し、趣味で探偵業をやっている刻から連絡が来るときは大抵こんな調子だ。    壮吾の都合などはおかまいなしで、一方的に呼び出される。しかも「来れるか」ではなく「来たまえ」だ。  ――ほんと、俺が先輩だってこと完全に忘れてるよな……  十年も前の高校時代、壮吾が刻より一学年上だったというだけ。校内での交流はほぼ皆無だったから、忘れられてもしかたがない。  そもそも、あの男には先輩後輩の概念などないだろう。  ――まあ、あいつには交流関係全て把握されてるから、仕事以外に予定がないのもバレてんだろうけどな  毎回いいように振り回されているのだが、壮吾としては、会えるなら何でも嬉しいと思ってしまうのだ。  刻と壮吾は育った環境も家柄も違いすぎて、彼が何を考えてるかなんてわからないし、それは今までの付き合いの中でもずっと変わらない。    でも、これだけは断言できる。  ――久須美は、俺の気持ちに気づいてない  久須美刻という男は、自分の興味のある事以外は、一切気持ちを寄せない男だ。  それは、近くにいる壮吾が一番よくわかっているつもりだ。 刻が受け持つ事件は、何故か壮吾のスケジュールの空きを狙ったように起こることが多い。    全ての事件を刻が解決しているわけではないものの(当然だが)、偶然の一致で、あるいは刻が自らのやんごとなき身分を利用したのかは不明だが、壮吾は刻の担当する事件にほぼ同行できていた。  まだ半分眠っている頭をぶんぶん振りながら反動をつけてベッドから起き上がり、洗面所へ向かう。  ざぶざぶ顔を洗って水を飲むか先に着替えるか、一瞬迷う。  そして、ふと壁に掛けられたカレンダーに目が留まった。 「あれ? 今日は二十六日だよな。……二十七が締め切り?」  二十七日の日付に、締め切りの印が赤ペンで記入されている。 「え? これもっと後じゃなかったっけ? うわ……今日中に仕上げないとやばいぞ! 事件に同行してる場合じゃない!」  なんと、締め切り日を勘違いしていたようだ。  ずっと自宅で仕事しているとまれにあることなのだが、こんなにギリギリで気づくのは初めてかもしれない。いや、それよりも気づいてよかった。 「やばっ、久須美に連絡しないと」    急いで刻からの着信に折り返す。  運転手付きの高級車で壮吾のマンションに向かっていたであろう刻は、特に驚いた様子はなかったが、 『今回の事件は、おそらくすぐに解決するだろう。帰りに君の処へ寄るから、身体を洗って待っていたまえ』  返事をする前に、またしても通話は切れた。

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