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不穏な影 2
「……なんだよ、そっか。簡単な案件ってことかよ」
「身体を洗え」とは、言葉通りの意味だ。刻は、事件を解決したその足で壮吾を抱きにくる。
「っ……」
ぞくりと背中が粟立ち、身体の奥が反応した。じわじわと熱を帯て、眠気は既にすっ飛んでいた。
「はは……俺も大概チョロいな」
壮吾は、ふっと口元を歪めた。
刻と身体の関係を持つようになってから、こんな風に一人で自虐的に笑うことが増えている。
「それもこれも、全部あいつのせいじゃねーか。……まったく、俺の気も知らないで」
しかし、今はそれどころではない。
壮吾は頬をバシバシ叩くと、急いで仕事に取りかかった。
「よし、とにかく今はこれを片づけるぞ!」
作成した文章をメールに添付し、送信すれば終了だ。
「やった! 終わったぁーー」
ターン! と勢いよくエンターキーを打ったあと、脱力してデスクに突っ伏した。
「はあぁ……疲れた、腹減った……」
午前中は刻との通話後に、千切ったフランスパンをコーヒーで流し込んだきり、固形物は何も口にしていなかった。
椅子に固定され続けた腰を伸ばし、キッチンへ向かう。残りのフランスパンにかぶりつきながら冷蔵庫を覗くと、未開封のチーズがあった。
刻による事件解決後、関係者に貰ったものだ。
そのほとんどが、無実の罪を着せられそうになり、刻の推理で容疑が晴れた人達だ。
刻は毎回、それらの感謝の品物を丁重に受け取った後、全て壮吾に回してくれる。
パンとチーズとくれば、やはりワインだろう。
貰い受けた高級赤ワインを取り出し、ワイングラスと一緒に並べる。時計は午後九時を指してした。
壮吾は先にシャワーを浴びることにした。
通常、自宅での仕事はだらけてしまうことが多く、陽が落ちてやっとエンジンがかかる。しかし今回は違った。
夜になれば刻に会えるという思いが、やる気を出させたのだろう。あまり休憩も入れず一気に終わらせたのは久しぶりだった。
壮吾の仕事は翻訳業だ。
小説などではなく、もっぱら家電の説明書やパソコン周辺機器のマニュアル本などである。
元々他の教科より英語が好きで、大学は英文科を専攻していた。
将来的に役立つだろうと進んだ道だが、現在こうしてとりあえず食べていけるのはありがたい。
つい先日までは、進学塾の英語担当講師も勤めてたのだが、二人の生徒が壮吾を間に挟んで揉めて騒ぎになり、その責任を取る形で辞職に追い込まれた。
しかし、壮吾を巡って険悪になった生徒はどちらも性別は男。
どういうわけか昔から、壮吾は一部の、しかも男性に異常にもてる。(塾側は痴情がらみとの認識はないようだが)高校からの腐れ縁である刻に、伊達眼鏡着用をうるさく言われる理由がそれだ。
刻曰く、『君の目が男を狂わせる』のだそうだが、別に世の男性全てが壮吾に惚れるわけではない。一部だ。
そして壮吾の目に狂わされた彼らは、毎回執拗に執着心を露わにするのだ。
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