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不穏な影 3
初めて刻に出会った時も、似たような状況に置かれていた。
ちょうど十年前、高校一年生の頃だった。壮吾は当時、三年生に告白されて付き合い始めた。テニス部の先輩で普通に格好いい人だった。
自分でも不思議なのだが、相手が同性で同じ男だということに違和感はなかった。
純粋に行為を寄せてくれたことが嬉しかったのだと思う。
今思えば、想像力の欠落とも言えなくもないが、初々しい交際はスタートした。
映画を見て買い物をして、普通に楽しかった初デートの帰り道、それまで会話の主導権を握っていた先輩が急に無口になった。
薄暗い、人気のない裏通りだった。
どうしたんだろうと声をかけようとして、彼を見上げた途端、いきなり乱暴にキスをされた。突然のことに驚き、壮吾は先輩を思い切り突き飛ばしてしまった。
反動で、信じられないとか気持ち悪いとかそんな種類の言葉を投げてしまったはずだ。
尻もちをついて顔を真っ赤にさせた先輩の顔は歪んでいた。
壮吾は、先輩のプライドを傷つけてしまったのだろう。
テニス部のエースで、女子にも人気がある人物だったから余計に。
過去に女の子と付き合った経験のない壮吾に、男同士の付き合いなどわかるはずもなかった。
自分は、本当に子供だったのだ。
その後先輩とは気まずくなり、しばらくはギクシャクした関係が続いた。結局テニス部も辞めてしまい、交際もジ・エンド。
その後も、何度か同級生の男子に告白され全て断るが、中には、しつこく言いよってくる輩もいて、諦めてもらうのはたいへんだった。
教育実習生に襲われかけたり、疾うに別れたはずのテニス部の先輩がストーカー化していた時は、さすがに恐ろしくなった。
特別美形なわけでもなく、痩せ形で中背。いたって平凡な容姿の自分の中に、男を狂わせる魔物がいるのではと考えたりもした。
強いて言えば大きめの一重瞼と、真っ黒で直毛の髪くらいで、どこにも華やかさはない。
それ以来、男子と接するのが怖くなり、二年生になってからは女子とばかりつるむようになった。女子にはまったくモテなかったから、おかげで平穏な日々を送ることができた。
特に親しい女友達が一人いて、頭がよくさっぱりした性格の彼女になら何でも話せた。
その当時、彼女が付き合っていたのが一学年下の刻だった。「久須美刻だ。よろしくたのむ」と優雅に名乗った男を見て、壮吾は男子に対する苦手意識が一気に吹っ飛んだのを覚えている。
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