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効かない魔法 (完)

「おい。リモコン。」 「自分で取れよ…てかお前の方がリモコンに近いだろ」 「は?何言ってんの?手ぇ伸ばさないと取れないじゃん」 「いや、逆に言えば手ぇ伸ばせば取れんじゃん」 「うっせぇな!小太郎のくせに何歯向かってんだよ!とっとと取れよ!」 そう言って敦紀はオレの背中をげしっ!と足で蹴った。 足じゃなくて手を伸ばせよと思いつつしぶしぶリモコンを取って敦紀に渡すと、礼ではなく「最初からそうしとけばいいんだよ」という言葉を浴びせられ、リモコンをぶんどられる。 (…てかここ、オレの部屋なのに…なんでいつも勝手に来といてこんな偉そうなの…) はぁっと心の中でため息をついていると、コンコンと部屋の扉がノックされ、母ちゃんが顔を出した。 「敦紀君、お菓子とジュース持ってきたから。良かったら食べてね」 「はい。いつもスイマセン、ありがとうございます」 「いいえー。ゆっくりしていってね」 「はい」 そう返事をする敦紀は、さっきまでの態度とは正反対に、誰でもイチコロになりそうな王子様のような顔でニコリと笑った。 …そして母ちゃんが部屋から出て言った瞬間に敦紀はその笑顔を消し、オレの分のジュースもお菓子も全部ぶんどって自分のものにした。 敦紀は、いっつもこうだ。 イケメンで頭もよくて、皆の前ではみんなの憧れ優しい敦紀君を演じてるくせに、オレにだけめっちゃ暴君。 見事なまで演じっぷりに呆れてしまうのだが、もっと呆れてしまうのは… …そんな敦紀を好きになってしまった自分だ。 敦紀はいつだってこんな調子で…敦紀がオレを好きになるなんて絶対ありえない。 …だから 「…敦紀がオレを好きな世界に行きたいなぁ…」 今いる世界では絶対に無理だろうけど、どっかにそんな世界が無いかなぁと。 そんな夢のようなことを思い、敦紀に聞こえないようにぽつりと呟くと、 「その願い、叶えてあげましょうー!」 そう声が聞こえたかと思うと、部屋の中心がぱぁっとまばゆい光が煌き…突如妖精のような小さな生き物が現れて、蛍光灯の下にふよふよと浮いていた。 突然の出来事にオレも敦紀も呆気にとられてしばらく固まっていたが 「なんだこれ…おもちゃか?」と言って敦紀が立ち上がり、小さな生き物の周りに紐が無いか探し始めると、それを見た小さな生き物が「おもちゃじゃないでーす!」とまたピカッと光った。 「私は通りすがりの魔法使い見習いのスフです!正式な魔法使いになるための試験の1つとして、"平行世界への移転魔法"を行わせて頂ける人間を探しておりました!そこのあなた!!!」 大きな声でビシッ!!とオレを指さす。 「えっオレ??」 「あなたのその願いはま・さ・に・平行世界への移転魔法にピッタリです!その願い!叶えてみせましょう!!」 「え…?」 (願いって…もしかして、今呟いた、あれのこと…?) 呆気にとられるオレに、 「え?願いって何?お前何したんだよ?」と敦紀が聞いてきたが、魔法使いが「それは言えません!私と彼との契約ですから!」と言って、敦紀を黙らせた。 「人が誰しも考える、もしもあの時こうしていたら、もしも自分が女だったら、もしも自分がカッコよかったら、―…もしもあの人が自分を好きだったら。 そんな思いはすべて空想などではなく、この世の中にたくさんの平行世界として存在しているのです! 今あなたたちのいるこの世界もたくさんある世界の中の一つですが、あなたのその願いも平行世界の1つとして別の場所に確実に存在しています! 私スフが、あなたをあなたの望み通りの平行世界へお連れ致しましょう!」 そんなことを言われても、あまりに急に起きたこの非現実的な状況を喜べるわけもなく、一体全体どうしたらいいのか訳が分からない。 魔法なんてありえないだろうと思うけど、でも実際に目の前に小さな生き物が突然現れて、不自然にふよふよと浮いて、光を放ったりしゃべったりしているのだ。 これが魔法じゃないとしたら何なのか、オレにはよくわからない。 「―…万が一、あなたが望んだ世界があなたの思っていたものと違った場合は、いつでもこちらへ帰ってこれますし…永住したいのであれば、そのままその世界の住民にすることも可能です!」 「…何勝手な事言ってんだよ」 オレが反応するよりも早くそう言った敦紀の声がやけに低くて、ビックリしてそちらを見ると、 珍しくオレ以外の人物にメンチを切っていてさらにビックリする。 「ではさっそく!ソイヤ、ソイヤ、ソイヤー!!!」 少女は敦紀を無視した挙句勝手にオレに向かって呪文を唱え、部屋中がピカッと光りに包まれた。 (…マジかよ!そんな変な掛け声で?!てかオレまだ了承してないんですけど…!!) 頭がクラクラするような真っ白な光の世界の中で、声も出せずそう思っていると (大丈夫です!試験中なので私のそばには先生もついておりますし!万が一何かトラブルが起こったとしても過去魔法で私たちが訪れる前に戻しなかったことにすることが可能ですので!安心してください!) (!?) まさかの心の声に返事があった。 (これから行く世界が今までと違う平行世界と分かるように、少しだけ過去に時間を戻してありますので!何かあったら今みたいに強く思って下さい!そうすればすぐに私たちが対応しますので!) (え、ちょ…ちょっと…!!) こうしてオレは勝手に…平行世界に飛ばされてしまったようだ。 ぱちっと目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋。そしてそこでくつろいでいる敦紀。 それはついさっき、スフが現れる前までの状況に似ていた。というかそのものな気がする。 物の配置も映されているテレビ番組も、全然変わってない。 (なんだ?今のはオレの夢だったのか??) 呆然と自分の部屋を見回していると… 「おい。リモコン。」 まさかのデジャブな声が聞こえた。 (…もしさっきのが夢じゃないんなら…) 少し過去に戻すって言ってたし、同じ会話でも敦紀がオレを好きな分、敦紀のオレに対する態度が違うってことだろうか? それで今までの世界との違いが分かるってことだろうか? 「……自分で取れよ…てかお前の方がリモコンに近いだろ」 試しにさっきと同じように返事をするが、敦紀の返事は 「は?何言ってんの?手ぇ伸ばさないと取れないじゃん」 と、さっきと全く一緒だった。 でももし平行世界や過去に飛ばされてないとしたら、オレと敦紀はこの会話を1度しているワケで。 だとしたら敦紀はきっと「同じことを2度言わせるな!」と言っただろうから、やっぱり少し過去に戻ってることに間違いはない様だ。 (…ということは、この世界が敦紀がオレを好きな世界ってことか…?) いや、でもしかし…全然態度変わってなくないか?そう思い、 「………いや、逆に言えば手ぇ伸ばせば取れんじゃん」 試しにまた同じ言葉を言ってみると、 「うっせぇな!小太郎のくせに何歯向かってんだよ!とっとと取れよ!」 そう言って敦紀はオレの背中をげしっ!と足で蹴った。 リモコンを取って敦紀に渡してみると、やはり礼ではなく「最初からそうしとけばいいんだよ」と言われ、リモコンをぶんどられる。 そしてその後やって来た母ちゃんに敦紀は王子スマイルを見せて、母ちゃんが帰るとオレのお菓子とジュースを我がものにした。 「…………」 (………スフさん、スフさん、応答せよ) (はい!何でしょうか!こちらに永住したくなりましたか?!) スフさんは元気よくオレの心の声に応答した。やはりさっきまでのあれは夢じゃなかったようだ。 (…あのですね、これ、魔法失敗してるんじゃないですかね?オレが望んだのは敦紀がオレを好きな世界のはずなんですけど… なんか今までいた世界と全く変わらなくて、全然オレのこと好きそうじゃないんですけど…) (えぇ!そんなはずは…っ!ちょっと待ってください…………あぁ!?) (………どうしたんですか) (本当です!彼があなたを好きな世界に飛ばしたはずなのに…世界座標が、今までと同じ場所にあります!これは失敗です!) (………) (もう1度チャンスを下さい!ソイヤ、ソイヤ、ソイヤー!!) オレの返事を待つことなく、また勝手に呪文を唱えられてまた光に包まれて…目を開けると再び同じ風景。そして敦紀がいて… 「おい。リモコン。」 「…………。」 (…またここから?) なんか嫌な予感を感じながらも「…自分で取れよ…てかお前の方がリモコンに近いだろ」と言ってみると、 やっぱり「は?何言ってんの?手ぇ伸ばさないと取れないじゃん」と返って来た。 (………スフさん、スフさん、応答せよ) (はい!何でしょうか!) (…………この敦紀は本当にオレを好きなんでしょうか) (え!?今度こそ魔法は成功してるハズ…………あれ?!) (………) (何故でしょう!またしても座標が同じままです!) (………そうでしょうね) てかよく考えたら、もしも敦紀がオレを好きだったらそもそも「おい。リモコン。」てオレに言わずに自分で取ってると思うんだけど。 そう思っていると、またソイヤー!とまばゆい光に包まれて、目を開けると「おい。リモコン。」という言葉が降って来た。 そしてそれを見かねた先生に元の世界に戻されたかと思うと、スフさんは今度は敦紀に向かって 「この人じゃダメでした!そこのあなた!行ってみたい世界を頭に思い描いて下さい!」 と叫んだかと思うと、ソイヤー!と光って2人が消えて、しばらくすると戻って来た。 「………この方は成功しました!ふー…これで試験は合格です!ありがとうございました!」 そう言ってスフさんはまたピカッと光って姿を消した。 その後に訪れた静寂と言ったらもう、ほんとに、嵐が過ぎ去ったって感じだった。 (なんだったんだ本当に…) 今までのが夢じゃなかったことを確認するように、敦紀に聞いてみた。 「…敦紀、お前どんな世界に行ってきたんだ?」 「お前が女の世界」 「はぁ?!」 「…相変わらずぶっさいくで笑えたわ」 にやりと笑う敦紀に、怒りと悲しみと、なんとも言えない情けなさがこみ上げる。 敦紀はきっと、どんな世界でだってこんななんだ。 オレをいつも馬鹿にして…きっと下僕の様にしか思ってない。 オレが女な世界だって、オレをからかうためだけに願ったに違いない。 オレを好きで好きで堪らない敦紀なんて想像できないが…だからって、魔法を使ってさえそんな世界に行けなかったことがひどく虚しかった。 「…そういうお前は叶わなかったんだってな。残念だなー?何願ったんだ?」 「………敦紀がオレを好きな世界。なのに何も変わんなかった。今の世界のまんまだった」 ふて腐れながらそう言うと、 「そりゃぁ変わるわけないだろ。元々がお前を好きなんだから」 そんな風にさらりと言われて、何が何だか分からなくなった。 (…え、これって、現実だよな?) 思わず抓ったほっぺたは、めっちゃ痛かった。 終   2015.12.24 小太郎が女の世界に行った敦紀はそれなりに楽しんだが、 やっぱり小太郎は小太郎のままがいいと敦紀が思ったことは、敦紀だけしか知らない。

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