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第1章 お客様に夜の楽しみを提供するお仕事⑨
プレイが終わると、すっかり乱れてしまったポニーテールを、男は丁寧に梳って元通りに結い直し、リボンを結び、そしてドレスの背中のジッパーを上げるのまで手伝ってくれた。はな六はシャンタン地の黒いワンピースの上に、黒の革ジャンを羽織った。
「すごく良かったよ。また呼ぶね」
「ん……」
玄関先で別れを惜しむディープキスを交わし、別れた。はな六はマンションを出るまで何とか姿勢を真っ直ぐにしていたが、一階のうら寂れたエントランスを出るなり、背中を猫のように丸めて足をずるずる引摺りながら歩いた。
「いくらなんでも、激し過ぎだって……」
歩道の向こうには既に迎えのワゴンが待機していた。車の後部座席によろよろと乗り込む。ドライバーのナカヤマから今日の仕事はこれで終わりだと告げられると、はな六はさっそくポニーテールを解き、整髪料で固まった髪を指でかき回してほぐした。ヒールの高いパンプスも脱ぎ捨てた。出来ることなら窮屈なドレスのジッパーも、下ろしてしまいたいくらいだ。
衣装は全て店からの借り物だ。はな六はまだまともな余所行きの服を持っていなかった。それで、事務所にある貸衣装の中からユユが見繕ってくれた衣装を着ている訳だ。店に所属しているのは全員男なのに、店の貸衣装は全部女装だった。本来ならばこの衣装は、客からの注文を受けて着ていくものなのだそうだ。
フリルたっぷりのスカートから、無骨な膝頭が二つ突き出ているのを見るとげんなりしてしまう。はな六としては、女装の人というイメージが定着してしまう前に、若い男として相応しい服を手に入れたかった。長くて鬱陶しい髪もバッサリと切りたい。だが身支度を整えるにも金が必要だ。
このボディを手に入れるために、はな六は貯金のほとんどを遣った。初仕事日の手取りは携帯端末の購入費になった。この商売には携帯端末が必要不可欠だからだ。その後は一円も遣わず貯めた。仕事用の服を買うためだ。ユユが言うには服を揃えるのと美容院代で給料一週間ぶんは飛ぶというので、はな六はこの一週間、女装と女の子扱いに耐えて働いた。だが忍耐の日々もやっと明日で終わりだ。明日はユユと出掛けて美容院に行き、服選びを手伝ってもらうことになっている。
既に終電もない時間。はな六はマサユキの事務所に戻り、始発まで休ませてもらった。身なりを整えて仕事が軌道に乗ったら、次は自分だけの部屋探しだ。サイトウとの暮らしはもう耐え難かった。はな六はダメ元でマサユキに事務所に居候させて貰えないか打診したが、すげなく断られてしまった。
『悪いんですけど、僕、こんなにエチエチで可愛い六花ちゃんが側にいて、冷静に日々を暮らせる自信がないのですよ』
マサユキはすまなそうに言った。
『欲にすぐ負けそうな僕にひきかえ、サイトウ君はやはりすごいですねぇ。六花ちゃんと同居してても、色に溺れずに稼業を行えるのですから』
だが実のところ、マサユキが思うほどサイトウはすごくはない。
「はな六テメェ、昨夜は何人とヤッて来たんだよ」
「んっ……よ、四人……」
「ほんとおめぇはどうしようもねぇ助平だな。そんなにヤっといて、まだまだ物足りなさそうじゃねぇか」
帰宅するなり押し倒されて、なし崩し的に行為に応じていたはな六だったが、その一言に堪忍袋の緒がブチッと切れた。
「は? うるさい! おれそういう言葉責め“のつもり”みたいなのは嫌いなんだよ! それ以上言ったらもうやらせてやらないからなっ」
「なにおぅ!? 言わせておけば生意気なっ。コレ無しじゃ生きていけねぇ癖に偉そうな口ィききやがって。俺がしてやらねえって言ったら土下座で許しを乞うのはテメェだからな」
「んあっ!」
痛烈なひと突きの後、じゅぼり、とサイトウのものが中から引き抜かれた。同時にはな六の内部に溜まっていた体液がどっと溢れ、腰の下に敷いていたタオルにぼたぼたと零れ落ちた。
マサユキが思うのと違って、サイトウはいつもこうだ。日に三度、彼が勝手に決めた日課にそって、はな六を無理矢理押し倒しては手ごめにする。
だがレッカ・レッカ は、どうもまんざらでもない様子だ。
初仕事から帰った朝、はな六はサイトウから吐くほど犯された。サイトウははな六の帰宅を物陰で待ち構えており、はな六を易々と捕まえて寝室まで引き摺っていき、強姦した。サイトウの手際の良さにはな六は恐怖をおぼえ、震え上がった。ところがレッカ・レッカ ははな六の意に反し、以来サイトウの言うところの“ご飯のお時間”に彼と鉢合わせれば、ピタリと足を止め、大人しく捕まってしまう。そうなるともうサイトウの言いなりで、手酷く犯され痛がりながらも嬌声を上げてしまう。「もっと、もっと強くして!」とねだりさえする。その間、はな六の魂は置き去り。二人の不埒な行為を、まるで他人事のように眺めるしかない。
はな六は四つん這いの姿勢から、もそもそとサイトウの方に向き直り、胡座を組んでサイトウを見据えた。
「セクサロイドがセックス好きで何が悪いんだよばーか! 異常ってんならサイトウの方が異常だっ。ただの人間の癖して特に必要もないのに朝っぱらからこんなことに励むなんてさ」
「んぐぐ……」
「それに、おれはサイトウとするくらいなら、マサユキとのセックスを思い出しながら独りで処理する方がいいもん」
そして本当に、シャワーがてら不発状態の欲を解消しに行こうと立ち上がると、
「ま、待てよぉ、はな六ちゃんってば。ただの冗談だよぉ。機嫌直せよ、俺が悪かったからさぁ」
サイトウは身も世もなくはな六の腰にすがり付いた。
「だから嫌だって言ってるだろ、はなせよっ。どーせおれは助平で変態で頭のおかしなセクサロイドですよ。サイトウに無理矢理挿れられたってアンアン言って垂れ流しちゃうどうしようもないヤツだもんね。どうしようもないから風呂でひとりで擦って出して来るもん。人間様は健全な昼間のお仕事に向けて二度寝でもしてればぁ?」
「はな六ぅ……」
サイトウは飼い主に置き去りにされた犬のように情けない声を出した。はな六は振り向きもせずに寝室を後にし、風呂場に直行して内側から鍵をかけた。
「はぁ……」
言おうと思えば言えるんじゃないか。膝がまだガクガクと震えている。だが、思いきって全てをぶちまけてしまったら、案外どうということもなく、サイトウに謝罪させることができた。
セックスをするのは思ったほど苦ではない。だからといって、好き放題にやられるのは嫌だ。脚の間では業の深いお飾りがピンと立って、苦しげに全体を真っ赤に腫らしていた。はな六は浴室の壁に片手をつき、お飾りに指を絡ませて強めに扱き始めた。
「んっ、あ……あぅっ……」
面接の晩にマサユキとした行為を頭に思い描こうとしたが、何故か思い浮かぶのは、サイトウに四つん這いにされて、後ろから激しく突き上げられる場面だった。
『ゲヘヘ、はな六ぅ、俺のはな六よぉ』
耳元に熱い吐息を吹き掛けられたような気がして、はな六はびくりと腰を反らせた。お飾りからびゅうびゅうと白濁が噴き上がった。昨夜は四人もの客を取り、最後の客には一方的に激しく犯され、つい先ほどはサイトウから痛めつけられていたのに、お飾りは今日初めてのセックスをしたかのように、元気いっぱいだ。
シャワーを終えて寝室に戻ると、サイトウの姿はそこにはなく、階下の作業場から電動ポリッシャーがうなる音が聴こえて来た。どうやらもう仕事を始めたようだ。
マサユキの言ったことは半分は外れだが、もう半分は当たりだ。サイトウははな六を日に三度も目茶苦茶に痛めつけたって、稼業を怠ることはない。それがかえって憎たらしい。
はな六はフンと鼻を鳴らした。時刻は七時半を少しまわったところ。今日は十三時にユユと待ち合わせをしているので、休める時間はあと五時間もない。主治医から、ボディを長持ちさせるためには一日八時間、最低でも六時間は休息を取るよう言われているのに。
髪をよく乾かしてから、臍に充電器を挿して畳の上に横になり、身を守るように丸くなった。眠りに落ちる前、昔の癖で過去の対局の棋譜を検討しようとした。すると瞼の裏側にポンッとポップアップが表示された。
『再生できません』
(そうだった。棋譜も詰碁も全部、碁に関する記憶は棋院に返してしまったんだ)
はな六に残されているのは、“プロの棋士だった”という自意識だけだった。
このボディに乗り換えてからまだ半月も経っていないのに、囲碁は人生だとすら思っていた前世は、既に遥か遠い昔のことのようだ。
碁の代わりに昨夜の客とのプレイを振り返ろうかと思ったが、またお飾りが暴れ出しそうな予感がしたので、考えるのをやめた。腹の中がじんじんと痛む。痛む所はそれだけでなく、身体じゅうのあちこちがしくしくと痛んだ。早く治療をしなければ。そのためには金が要る。金を稼がなければ。だが稼ぐ為には投資が必要だ。
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