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第2章 はな六の独立宣言⑫
そんなのは腹のパーツを交換したからだ。新しいパーツはマサユキに相談して選んだもので、セックスの相手を気持ちよくさせるものというよりは、はな六自身が気持ちよくなるためのものだ。だから気持ち良くないはずなどないが、サイトウの一物に啼かされるのは負けたような気分になる。はな六が乱れる姿を見るのが好きだとマサユキが言ったから、このパーツを選んだ。サイトウを悦ばせるためではない。
震えの止まらないはな六の腰をサイトウが押さえつけ、一物を差し込んだ。スルッと抵抗なく根元まで入ってしまう。はな六の内部はサイトウを離したくないとばかりにきゅうきゅうと締めつけ始める。サイトウが耳元に熱い息を吐く。それを聴いただけではな六はまた気をやりそうになって、固く目をつぶり、奥歯をぎゅっと噛みしめた。
「はぁ、やべぇ。長く保たなそ」
すうっと肌が冷たい空気にさらされる。上着を鎖骨の上までたくしあげられた。サイトウの動く気配がぴくりともしないので、はな六は薄目を開けた。サイトウの一物に沢山擦り上げられて、はな六の中はとろとろに蕩けている。ここまでやるならちゃんと最後までやって欲しい。
サイトウははな六の身体をブラックホールのような漆黒に沈む目で見下ろしていた。
「酷ぇ有様だな」
はな六の身体は至るところ傷だらけだ。左の乳首などは齧り取られてどこかへいってしまい、応急措置として痕をパテで埋めてある。古くて少し黄ばんだ肌に合わない、赤みがかった白の楕円形が乳首のあるべき場所を占めている。サイトウが指を這わせた。本来なら敏感なその部分は、何の感触も伝えてこない。
「あの夜、俺ァお前さんがあの糞変態にヤられてるのを目の当たりにして思ったんだ」
サイトウは沈痛な面持ちで語り出した。
「お前さんにはやっぱりこの俺様が必要なんだってな」
サイトウははな六を心配して“自主的な夜回り”という名のストーカー行為を夜な夜な行っていた。サイトウのはな六を心配する気持ちは本物だった、ということか? はな六は目を見開いた。
「お前さん、あんな糞変態相手にもアンアン言っちゃうなんて欲求不満が重症なんだなァ。やっぱりお前さんの性欲を充たせるのは俺様しかいねぇって、あの時俺は確信した」
「は?」
「あ? だからよぅ。お前さんは俺と毎日セックスしてなきゃ人の道を外すっちゅーことだよぉ。ぶん殴られてよがるなんておかしいだろ。お前さんには俺みちょうな優しく愛してくれる男前が必要なんだっつってんだよ」
なんというポジティブシンキング! あの惨状を目の当たりにしてそんなおかしなことを考えていたなんて。やはりサイトウという奴は度しがたい。驚愕するはな六の左胸を、サイトウは口に含み吸い上げた。パテで埋められた部分がごりごりして不快だ。それをサイトウは正常な乳首を舐める時のように丁寧に舌で転がした。
「こんなに傷だらけになったって、俺様は変わらずに可愛がってやれんだよ。俺って最高の旦那だと思わねぇか? よぉ」
「自分で言ってちゃ世話がないだろっ!」
サイトウはケケケと笑い、はな六の無事だった方の乳首を口で弄び始めた。思わず甘いため息が漏れてしまう。脚の間でお飾りがじんじんと疼きだす。サイトウは頭がおかしい。こんな奴にかかずらっていては駄目だ、という正論がぐずぐずに溶けていく。
「だからよ、俺ァお前さんを絶対取り戻さねぇとって思った。俺はお前さんの運命の相手だからな」
ゆっくりと抽送が再開されるともう駄目だった。怒りも疑念も諦めもなにもかもどろどろに溶けてかき混ぜられて、何が何だかわからなくなっていく。
泥沼のようなセックスの後、サイトウは寝物語にレッカ・レッカ との“運命の出会い”を語った。
二年前のことだった。商工会の仲間達と関西方面に旅行した夜。ちょっとした宴会の後は自由行動だったので、サイトウは歓楽街へと一人で繰り出した。あえて単独行動を選んだのは、目的地が風俗街の、それもアングラな方面だったからだ。雑沓と客引きをするするとかわし、猥雑な街の中でも最も場末感のある、酒と吐瀉物の臭いがとりわけ濃い界隈へと紛れ込む。
歩道の両サイドには美醜様々な若い女の子達がマネキンのように飾られた店が軒を連ねている。そんな店と店の隙間を通る狭い路地を抜け、迷路のような裏通りに入ると、その店はあった。他の店同様、幅の狭いショーウィンドウに“商品”が陳列されていた。が、他と違ったのは、その二体が“本物のマネキン”だったことだ。
サイトウはちょっと店を覗いてみた。店内は埃にまみれて薄汚く、ショーウィンドウの裏にある帳場に、頭から重石で押し潰されたみたいにしわくちゃで背中の曲がった老婆が店番をしていた。老婆はサイトウが口を開くよりも先に、
「選べないよ」
と言った。そして帳場からよちよちと降りて来ると、当然サイトウが着いて来ると思っているかのように、先立って奥の階段を上がって行った。
二階には二部屋しかなかった。しかもドアからドアまでの間隔がかなり狭い。老婆は奥のドアを開けた。
「五千円ね」
老婆の言葉に、サイトウは顔をしかめた。値段が安いのはいいとして、
「時間は?」
「気の済むまでどうぞ」
商売っ気が無さすぎだ。なんだか怪しい。一体、この部屋で待ち受けているのはどんな女だ? と、ここへ来て不安になってきた。
例えばこの店主らしき老婆自身が売り物だった、などというならまだマシだった。気分は悪いが一応合法だからだ。ところが、室内に待ち受けていたのは、一体の魂を持たないアンドロイドだったのだ。意思を持たない脱け殻 を性風俗業務に用いるのもそれを買うのも、どちらも違法だ。スリルを求めていたサイトウも、そこまであからさまな違法行為を求めてはいなかった。
「レッカ・レッカ。今じゃ珍しいセクサロイドだよ。しかも極上のね。消毒はそこにスプレーとティッシュが置いてあるから、自分でやんな」
老婆はそう言うと、人形の臍から充電プラグを引き抜いて、部屋から出て行った。
「やべぇ……」
三畳ほどの狭小部屋に一人取り残されたサイトウは、途方に暮れた。もしも今この瞬間に警察が違法風俗摘発に乗り込んで来たら、即逮捕される。今すぐにここを出るべきだとサイトウは思った。だが……。
ドレープたっぷりのカーテンと天蓋に縁取られたベッドに横たわる人形の愛らしさに、サイトウはゴクリと生唾を飲んだ。
「五千円、払っちまったし、モトは取らねえとな……」
ベッドに上がり、人形の身体に跨がった。よく見れば、顔は少女のようだが、扇情的なデザインのベビードールを着せられた身体は、明らかに若い男のものだった。だが、柔らかな脂肪の代わりに発達した大胸筋に覆われた胸も、股間に申し訳程度に着いた小さな男性器も、頬っぺたについた黒い手垢のような汚れと同じ、ほんの些細な瑕疵に過ぎないとサイトウには思えた。それほどにレッカ・レッカの寝顔は魅力的だった。まるで幸せな夢を見ているかのように、レッカ・レッカは微笑んでいた。
サイトウはランプシェードの手前に置かれたスプレーを手に取った。ティッシュペーパーに消毒用アルコールを含ませ、レッカ・レッカの薄汚れた顔を拭いた。ティッシュを見ると、人形の顔を拭いた部分は、光源がランプシェードしかない室内でもはっきりわかるほどに黒ずんでいた。サイトウは鼻面にシワを寄せ、丸めたティッシュをゴミ箱に放り込んだ。それから人形の身に纏う薄布をたくしあげ、乳首とその周辺や性器周りなどを拭いた。
とくに、魅力的にぷっくりと膨れた唇は、時間をかけて念入りに消毒した。この唇は見た目もかわいいが、感触もまるで本物の人間のようだった。ティッシュを巻いた指先をこじ入れて、口の中も消毒しようとすると、湿った唇が指に吸い付いて来て、サイトウはどきっとした。
おずおずと、その魅惑的な唇に唇を寄せた。その優しい柔らかさに脳髄が痺れた。サイトウは消毒スプレーを放り、夢中でレッカ・レッカの唇にむしゃぶりついた。上唇を口に含み、強く吸った時だった。
「あー……」
と、人形が小さな呻き声を上げた。魂を持たないアンドロイド、と、充電器を挿されて死んだように横たわっていた人形を見てサイトウは決め付けたが、もしかすると眠らされているだけなのかもしれない。眠り姫を目覚めさせるべく、サイトウは熱心に口付けをし続けた。
「ん……ん……」
人形は気だるげに身体をくねらせ、膝を立てて脚を大きく開いた。情欲を煽られ、サイトウはいそいそと服を脱ぎ捨てた。焦燥感に震える指で人形の後孔を探ると、そこはサイトウを歓迎しているかのように開いていた。指を挿入すると生暖かい蜜が絡み、潤んだ内壁がきゅっとすぼまった。
「やべぇ、やべぇ、やべぇ、やべぇ」
サイトウは乱暴に中を数回掻きまわしてから指を引き抜いて、そそり立った自分の一物を掴んだ。人形に覆い被さり、唇をしゃぶりながら一息にそれを突き入れる。
「あん……」
人形が艶かしく鳴いた。サイトウが驚いて顔を少し離すと、レッカ・レッカは薄く開かれた瞼の間からサイトウをじっと見詰めているように見えた。
「それっておれに関係あるんですか」
はな六は言ったが、サイトウはケケケと笑ってはな六の手を握り、自身の毛むくじゃらな胸に押し当てた。
「だからさぁ、おめえは俺と初めて出逢った時から、俺に惚れちゃってるの。だから、おめぇは、俺のもの」
と、語尾を弾ませて言うと、はな六にチュッと口付けた。
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