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第3章 はな六のふぜんなクリスマス⑤
「さてさて、日も暮れたし、そろそろ帰 るかねぇ。充電も家帰るぶんくらいは貯まったろうよ。おーい、はな六。起きろ!」
「んー!」
頬をペチペチと叩かれて、はな六はやっと正気に戻った。
「あ、あれぇ。サイトウ? 何でこんな所にいるの?」
はな六はサイトウの膝枕で寝ていた。逆光の中で、深淵な闇を湛えるサイトウの目の表面が、ヌメッと怪しげに照り輝いていた。はな六はびくりと震え上がり、飛び起きて、じりじりと後退りした。
「はっ、オメーが息してねぇどうしようってマサユキが電話してきたから、来てやったんだよ。充電器持ってな」
はな六はマサユキを見た。マサユキは表情の乏しい顔で、うんと頷いた。
「ほら、はな六。帰ぇるぞ」
「んー、やだぁー!」
抵抗するはな六を、サイトウは易々とお姫様抱っこで持ち上げ、膝の上に置いた。
「丸一日ご無沙汰だったんだ。早く帰ってヤらねぇと辛ぇのはオメェだろうが。じっくり可愛がってやるからよ」
「んんっ!」
サイトウの言葉に反応して、下着の中ではお飾りがピンと立ち、後ろの孔がひくひくと小刻みに痙攣した。はな六はじわりと目に涙を滲ませて、マサユキの方を見た。
「マサユキぃ……」
マサユキは困ったように、眉をハの字した。
「六花ちゃん、今日はもう遅いですから、帰った方がいいですよ」
「そんなぁ!」
はな六はサイトウに担ぎ上げられたまま、事務所をあとにした。
マンションを出たところで、サイトウははな六を降ろし、手を差し伸べた。
「ほれ貸しな、持ってやるから」
はな六は少し逡巡してから、しっかりと抱えていたブランド店の紙袋を渡した。
「結構重いな。服かバッグか何かじゃねぇんきゃ。客からのプレゼントなんだろ?」
「うん。囲碁セット貰った……早めのクリスマスプレゼントだって……」
「はぁ? ケケケ、なんだそりゃ、色気がねぇなぁ」
「別にいいじゃん。サイトウには関係ないでしょ」
はな六はマフラーを鼻の上まで引き上げた。
坂を真っ直ぐ下ると、駅の西口ロータリーに向かうのだが、サイトウは、
「ちょっと寄り道するぜぃ」
坂の途中ではな六の手を掴み、右手に曲がって、大きな通りに入った。
「冷てぇ手だなぁ、おい」
「しょうがないじゃん、そういう仕様なの」
はな六の指先は、冷たい空気に反応して赤く変色している。気温が高いにしろ低いにしろ、生活に不適な温度の場合、皮膚の色が赤くなるように造られている。そして、指先には水管が少ししか通っておらず、内側から温水で充分温めることができない。そのくせ神経は過敏なので、寒さで指先がかじかみ、痛くなる。
「こんなの欠陥だよ」
サイトウは立ち止まり、引いていたはな六の両の手を引き寄せ、大きな両手で挟んですりすりと擦った。サイトウの人並みよりも温かい掌の熱が、氷のようだったはな六の指先を解きほぐしていく。
「ククケケケ、そら欠陥なんかじゃねぇよ。温めたくなるお手々ちゃんさ」
そしてサイトウは再び背を向け、はな六の右手に左手を繋ぎ、ぐいと引っ張って、繋いだ手ごと上着のポケットに入れた。サイトウの上着はナイロン製のぺらぺらなウインドブレーカーの癖に、ポケットの中は熱いほどに温まっていた。はな六の、ちょっと値の張るウールコートのポケットよりも、ずっと温かい。
駅とマサユキの事務所を繋ぐ、古い街道から少し外れると、そこは信じられないほど現実味のない界隈に通じていた。高層ビルが建ち並び、ライトアップされた庁舎に、イルミネーションに飾られた公園。日曜日だからか、行き交う人々の姿はあまり多くない。ビジネスマンや役人達よりも、観光客らしき人々が目立つ。サイトウは歩調を緩め、はな六の隣に寄り添った。
「そういやオメェをおデートに連れ出したこと、一度もなかったなと思ってな」
「おデート?」
「好きなもん同士、二人だけで遊ぶことさ。こうやって、外をぶらぶら歩いたり、イルミネーションを観たりとかな」
「それって、なんか意味あるの?」
「あぁ? これも前戯のうちさ。最終的にはベッドでイチャコラするんだから」
「んー?」
ぶらぶら歩く、イルミネーションを見物する、それらが、裸になって互いに身体を舐め合うのと、なぜ同列の行為とされるのだろう? はな六が首を傾げると、サイトウはまたカエルのように喉を鳴らすのだった。
公園に入ると、なるほどそこには大人の二人組が複数歩いていた。見る限り男と女のペアばかりで、男同士で歩いているのは、はな六とサイトウくらいのものだった。そして、「二人だけで遊ぶ」にしては、ちょっと人が居すぎるように思えた。
とっぷりと日が暮れて、ビルの谷間の公園は闇に包まれているが、木々や小さな建造物に絡められた小さな電飾達のお陰で、歩くのに不自由しないほどには明るい。
ふと、はな六は自分の吐く息がとても白いことに気づいた。中途半端な暗さのせいで、それが目立って見える。体内の電熱機で温められた水の一部が、蒸気となって排出されていく。
はあっと、わざと息を吐いてみる。ぶわあああっと白い蒸気が溢れ、すぐに散っていった。
「うわぁ!」
はな六は歓声を上げ、繰り返し蒸気をぶわあああっと吐いた。サイトウそっちのけで、大量の蒸気を吐き出して遊ぶ。吐き方を調節すると、蒸気はモコモコとした丸い塊にまとまり、列を成して浮かび、空へと昇っていった。
「へへっ綺麗だろ……て、オメェ、何やってんの?」
「何って、見てみてこれ、すっごいよ! 羊みたいなの、いっぱい出る」
と、息を吐こうとしたはな六の口を、サイトウの手が塞いだ。
「そういうの止めろよ。アタマおかしいと思われるだろうが」
はな六はそこで初めて、通行人が二人を避けて通りつつ、じろじろとこちらを見ていることに気づいた。
「んー」
(楽しいのに……)
何をするでもなくただ、公園のなかをぶらぶら歩き回る。それのどこが楽しいのか分からないままで。サイトウを見上げてみれば、彼だって特別面白そうにしている訳でもない。
「ねぇ、サイトウ」
「あん?」
「何でこうして木の枝を電球で飾るの?」
「クリスマスが近ぇからだろ」
「クリスマス……」
(そうか、クリスマスツリー)
だが、明るい木々は明るいというだけで、クリスマスツリーのような華やかさはなかった。
「去年のクリスマスまではね、手伝ってたこども囲碁教室で、クリスマスパーティーをしてたんだ。ツリーを飾って、お菓子を配って、ゲームして。結構盛り上がったんだよ、詰碁 ビンゴとか」
「ツメゴビンゴ?何だそりゃ」
「ビンゴってゲームあるでしょ。配られたシートの、言われた数字のとこを穴空けて、縦横斜めどれかの列が揃ったら賞品が貰えるっていうの」
「おぉ」
「詰碁ビンゴはね、シートの番号を言われただけじゃ穴を空けられなくて、その番号の詰碁問題を解かなきゃならないんだ」
「ふーん」
サイトウは気のないリアクションを返した。
「それって、なんか面白ぇの?」
「面白いよ。少なくとも、光る木を眺めるよりは」
「そーかい。ま、オメェみたいな若ぇもんは、ここよりもっと派手な所が好きなんだろうな。シックスウッズとか、エービスとか」
「よくわからないよ。あ、見てサイトウ!おれ、あそこのホテルに呼ばれたことがある」
木々の向こうにそびえる、豪奢な高層ビルをはな六は指差した。
「へぇ、あんなお高い所へねぇ。あそこ、五つ星ホテルだぞ。そーいう所にお泊まりして、呼ぶのは“お前ら”って。金持ちの考えることは、解らねぇなぁ」
「何だよ、おれ達を馬鹿にしているのか?」
「いんや、オメェらをじゃなくて、金持ちをさ。まぁオメェは本来、あそこにいる金持ちにも勿体無いような極上品だ。だが世の中見る目の無ぇ奴らばっかりで、オメェは掃溜めになんか打ち捨ててあった。だから、俺様が有り難く拾わせて貰ったけどな」
ケケケ、と、サイトウははな六の前に立ちはだかった。
「はな六よぉ、こーゆー時に仕事の話はよせ。オメェは今、俺様の物で、俺様とおデートの最中なんだからな」
そして、はな六の頬を両手で挟み込むと、チュッと口づけた。
「んっ」
サイトウの舌が、ツンツンと、ドアをノックするかのようにはな六の上唇に触れ、はな六は思わず口を開けた。すかさず長くてぬるぬるとぬめる舌がはな六の口腔に侵入して来て、頬の内側をれろれろと舐めた。はな六は脳髄から痺れが全身に波及していくのを感じた。脚腰の力が抜け、よろめき、ふらりと仰向けに倒れそうになる。それをサイトウは受け止め、はな六の後頭部と腰をしっかりと掴まえ、支えた。
「ん……んふ…………んんっ……」
はな六はいやいやと首を振ったが、サイトウは、はな六の首の動きを利用してはな六を攻め立ててきた。サイトウの唇がねっとりと動き、はな六の唇を撫でていく。
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