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第3章 はな六のふぜんなクリスマス⑩

 サイトウは表着(うわぎ)を脱ぎ、表着の胴の部分をはな六の股の後ろから前にあてがい、袖で腰周りをぐるりと縛って固定した。 「よっし。これでまた漏れてもびちゃびちゃしねぇだろ」  ウインドブレーカーに覆われたはな六の尻をサイトウがポンポンと叩く。はな六は頷いて、スンッと鼻をすすった。サイトウは甲斐甲斐しくはな六の腕を取り、コートの袖に通してくれる。はな六は大人しくされるがままでいた。  サイトウの表着にすっぽりくるまれた股間がごわごわする。袖の結び目の辺りがコートの上から見てもボコッと膨らんでいるので、はな六はそっと膨らみを手で抑えた。  トイレの中には暖房がなく、ドアの下の隙間から入ってくる冷気に、体液でびしょ濡れになったズボンと靴下がひんやりと冷やされていく。 「そろそろ出んべ。恥ずかしがらずに堂々としてりゃ、誰も気付きゃあしねえって。で、どうする、医者ぁ連れてってやるべぇか?」  サイトウは俯くはな六の頬を両手で挟み、顔を覗き込んだ。 「大丈夫。病院は明日、自分で行く」  はな六はまたスンスンッと鼻をすすった。頭がぼうっとするし、腰も重く怠い。せっかく今日はふぜんをしないで過ごせたと思ったのに、この体たらくだ。結局、ただ我慢していただけ。このボディ(レッカ・レッカ)がはな六に合わせてくれた訳ではないのだ。 「ごめん、サイトウ」 「いいってことよ。おめぇは稲荷大明神様が俺にくれた大事な子だからよ。これくらい受け止めるのが男の甲斐性ってもんよ」  稲荷大明神様とは。前にもサイトウはそう言っていたが、一体何の話だろう。はな六は自分の意思でサイトウのレッカ・レッカに魂を移してボディーショップ斎藤に居候を始めたのだ。稲荷大明神とやらに頼まれて来た覚えはない。  サイトウに手を引かれ、トイレを出る。敢えてサイトウはゆっくりとした歩調で歩いている。不自然に思われないように、ということだろうが、家路を急ぐ人々はずっと速足で、こうして手を繋いで散歩でもするみたいにぶらぶら歩く方が周囲から浮きそうなものだが、他人の目を気にしている暇のある人間は少ないのも確かだ。  サイトウははな六をロータリーに残して駐車場の方に歩いていった。しばらくして、サイトウの平たい形の車がはな六の目の前に滑り込んで来て停まった。はな六が助手席に乗り込むと、車はゆっくりと動き出した。  ドリンクホルダーのペットボトルに何気なく手を伸ばして引き出す。まだ三分の一ほど残っている。ラベルには桃の絵が描かれていた。 「おめぇの好きな水、買ってやろうか?」  はな六の膝に手を這わせながらサイトウが言うので、 「ううん、要らない。ありがと」  と、はな六は応えて、車窓に頭を凭れさせ、外を街の明かりが流れていくのを眺めた。 (こんなに親切にされては、ふぜんをされても文句は言えないな……)  他人の世話になって暮らすのなんか、はな六は真っ平御免だが、このボディ(レッカ・レッカ)はその方が良いのだろう。  クリスマスプレゼントを貰ったから、せっかくのクリスマスに他の男(マサユキ)に会いに行ったから、お漏らしの後始末をして貰ったから。理由のあるセックスはお金を貰って行う“お客様に夜の楽しみを提供するお仕事”と同じにきっと正しい。  シャワーも浴びないうちに、サイトウははな六を寝室に連れ込んで、コートを脱がせ、股間にあてがわれたウインドブレーカーを解き、グズグズに濡れたズボンと下着を引き下ろした。  挿入されてたったひと掻きで、目の前に火花が散り、達してしまう。お飾りと後孔から溢れた粘液が、乾きかけていた内腿を濡らす。苦しい姿勢に押し付けられても、はな六の古びて傷んだ関節は痛みを忘れ、ギシギシと軋むだけだった。 「おめぇと過ごす三度目のクリスマスだ」  サイトウは囁きをはな六の耳に吹き込み、舌をぴちゃぴちゃと耳の穴の縁に這わせた。サイトウの好きにさせたまま、はな六は壁の方を見た。投げ出された自分の手の向こう、壁際に寄せた折り畳みテーブルが見える。テーブルの上にはジュンソがくれた囲碁セットとはな六が自分で探して買った棋書がある。 (遠くに来てしまったなぁ)  はな六は身体を揺さぶられながら、朦朧とした頭で思った。去年の今頃は囲碁教室で、例年通りにクリスマス会を催して……そして皆が帰った後、一人で片付けをしていた時間だ。一生懸命考えて企画した会の出席率は必ず百パーセントではなく、それでも独りきりで頑張って最後まで掃除をして……。来年も再来年も同じことをしているはずだと思ったのに、今はこうだ。  サイトウが心地よさげに唸った。 「今夜はまたよく濡れらぁ。おおか締まるしよ。よぉ、こっちぃ向きなァ、はな六」  大きくて熱い手がはな六の顎を掴んで上向かせる。とろんと重い瞼の合間から、サイトウの顔が見える。どう見ても骸骨みたいで不細工な顔だ。肌は土色、目は漆黒の闇色に塗り潰されているし、目の下は青く落ち窪んでいて、頬は痩け、唇は紫色。 『だけど初めて見たとき、きれいだと思った』 (なぜ?) 『だって、』 「よぉ、はな六。おめぇはどうされたい? どんな風にされたら気持ちいいんでや」  はな六は目を見開いた。そんなことをサイトウから聞かれたのは初めてだ。 『サイトウあのね』  はな六、ではなくレッカ・レッカが口をきいている。 「キスをしてほしい、初めて出会ったときみたいに」 「ケケケ、はな六、おめぇは本当に可愛いなぁ」  サイトウははな六の唇の間に舌を滑り込ませ、はな六が溺れそうなほど激しく口中を舐め回した。

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