10 / 10
抱いて ちゃんと 抱いて 10
*
珀英とログハウスでセックスした後、二人とも色んな体液まみれだったため、濡らしたタオルで軽く拭いた後、服を来て母屋の方へ向かった。
さすがにログハウスにシャワーまではなかったし、布団もないので、オレが泊まるには母屋に行くしかなく。
仕方なく歩いているけど、いつの間にか夕方になっていたため、雪が凍ってて滑って転びそうだし、寒いし。
息が真っ白で、さっきまで熱かった体が一気に冷えて、凍えそうになっている。
東京とは全然違う種類の寒さだった。
オレは珀英に手を握られて、引っ張られるままに、だだっ広い庭を歩く。雪道を歩き慣れていないので、何度か転びそうになるのを、珀英が抱きとめて支えてくれた。
そろり・・・と。手を握ったまま珀英の体に体を寄せる。手と腕を絡めるようにして、珀英にしがみつく。
珀英は一瞬驚いたようにオレを見て。
ふんわりと、嬉しそうに、本当に幸せそうに微笑む。
相変わらず、犬みたいなやつ。
丸い瞳を細くして、少しぽってりした口唇の口角を上げて、嬉しそうに嬉しそうにオレを見て微笑む。
背が高くて、金髪ロン毛だから、ゴールデンレトリーバーを飼ってる気分になる。
思わず頭を撫でたくなる衝動を堪える。
出そうになった手を強い意志で下げていると、珀英が少し気まずそうに口を開いた。
「そういえば・・・こんな所に来ちゃって大丈夫なんですか?」
「何が?」
「美波(みなみ)ちゃんはいいんですか?」
「ああ・・・旅行に行くって言われたから、大丈夫」
「そうですか・・・」
珀英はちょっと申し訳なさそうに口をつぐんだ。
「大丈夫だって。ここ最近は正月は旅行行くのが向こうの恒例行事なんだから」
「はい・・・」
オレは珀英の頭をポンと撫ぜる。
美波というのは、オレの娘だ。
オレが二十歳の時に生まれた娘で、若くして結婚したはいいけど、何だかんだで上手くいかなくなって、結局離婚して。
娘は元嫁が引き取って育てている。もちろん、養育費はきちんと払っているし、月一の面会も欠かしていない。
公にはしていないけれど、珀英と付き合うかも?という関係になった時に、珀英には全てを話していた。
事務所のスタッフやバンドのメンバー、友達はもちろん知っていたが、部外者で打ち明けたのは珀英が初めてだった。
もしも、娘がいることを知って珀英がオレから離れるなら、仕方ないと覚悟していた。
でも、珀英はそれでもオレが好きだと言ってくれたから。
だから、オレも好きになった。
男だし、三十路だし、10歳になる娘がいるし、バツイチだし、我が儘だし、神経質だし、口うるさいし・・・良い所なんてないのに。
珀英がオレを好きでいてくれる理由なんて、全然わからない。
わからないけど、珀英はオレを好きだから。
オレのものだから。
誰にも譲らないし、渡さない。
元カノにだって、絶対に。
絶対に譲らない。
珀英が浮気したって無駄だ。
そんなことして、オレから逃げようとしたって、できないから。
珀英が好きになる人で、オレ以上に好きになる人はいないし、オレ以上に珀英を満足させてあげられるやつもいない。
どんなに足掻いても、珀英はオレに帰ってくる。
何の根拠もない自信。今はそれだけで充分だった。
「旅行から帰って来たら、会ってあげて下さいね」
「へ?」
「でも・・・ちゃんと帰ってきて下さい」
珀英が少し淋しそうにしながら、それでも強がって微笑んでいる。
自分は後回しだって、そう思ってる。
オレは立ち止まって、珀英の腕を引っ張って、引き止めた。
珀英は反射的に止まって、不思議そうにオレを見つめる。
「緋音さん?」
小首を傾げて、不思議そうに目を丸くしている。オレはそのおデコに軽くデコピンをした。
「痛っっ!」
思わず目を瞑って痛がっている珀英の、頬を包んで引き寄せる。
触れるだけのキスをすると、珀英は痛みも忘れたのか、顔を赤くして何も言えずにいた。
「オレは貪欲なんだ。だから、どっちも大事だし、手に入れる」
「え・・・?」
「お前と美波と、どっちか選ばなきゃいけないのか?何で?オレはどっちも好きだし、愛してるし、手放す気はないぞ」
「緋音さん・・・!!」
珀英がオレの背中を腰を強く引き寄せて、ぎゅーーーーっと抱きしめてくる。
頬に、瞳に、額に、耳に、口唇に、鼻に、首筋に、アホみたいにキスをしてくる。
「ちょ・・・やめろ!バカ!」
「好き、緋音さん、好き。大好き。オレ浮気なんかしてないから!これからもしない!緋音さんしか好きじゃないから!」
「わかった!わーーーったから!!」
一生懸命珀英の胸を押し返して、キスから逃げようとしながら、逃げないという。ただただイチャイチャしていただけの状況で。
黄昏時で薄暗くなっているとは言え、まだ充分視界がきく状況で。
母屋のほうから年配の男性が、こちらをじっと見ていることに気づいた。
オレが気づいたことがわかったのか、いきなり目をそらして奥へ引っ込んでしまった。
あれ・・・もしかして、珀英のお父さんでは??
「緋音さん・・・好きだよ。大好き」
珀英はオレをぎゅっと抱きしめて、大事そうに愛おしそうに頭を撫ぜてくれている。
オレはお父さんらしき人の姿が頭から離れなくて。
嫌な予感がする。
何だか・・・とっても。
嫌な感じがする。
Fin
ともだちにシェアしよう!