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ご注文はラブですか? #1
「なぁ、つっちー。俺に彼女ができないのは何でだと思う?」
BGMの切れた店内の静寂は、牧 の気怠そうな声によって打ち消された。
そんな悩める同僚を一瞥だけすると、『つっちー』こと土田は、すぐに何事もなかったように手元の作業に視線を戻した。
今日は平日ではあったが、店頭にあるトップスのエリアの陳列が土日並みに乱れていて、閉店後もたたみ作業に追われる始末だった。
「おい、無視すんなって」
「アホ。今、忙しいの見てわからんのか」
「別にいーじゃん。もう客いねーんだし」
本日の清掃担当であった牧は床を滑らせていたシート付ワイパーの手を止めると、テーブルの形をした什器 の横に立つ土田の方へと寄っていく。
まるで空き巣にでも入られた後みたいに荒らされたTシャツの群れを覗き込むなり、「どうせ買わないなら最初から広げんなよな」と悪態をつく。
あっちのメンズのコーナーはキレイなままなのに。女ってやつは本当に、他人のスペースだろうが平気な顔して踏み荒らしていくやつばかりだ。
ぐちゃぐちゃに散らかったシャツを土田は一枚ずつ素早く丁寧に整えていきつつ、そんな牧を横目に見ながら「うわー、今日はやけに荒れてんなー」と苦笑いした。
「つか、いきなり何よ。人生相談か? それとも新手の嫌がらせ?」
「……つっちー、新しいカノジョと明日デートなんだってね。だから早く上がろうと頑張ってるんでしょ。いいね、ラブラブでさ。俺も明日シフト非番になってたけど、相変わらずデートの予定もなければ、相手もいないし。でも全然、羨ましくなんかないからね」
「あー…。やっぱ、嫌がらせのほうなのね」
わかりやすいくらいに棘のある言い方をされ、「だから牧には言わなかったんだよなぁ」と土田はそのベリーショートの頭をがしがしと掻いた。
毎年この季節――正確にはクリスマスが近づいてくると、このどうしようもない同僚は『リア充爆発しろ』モードがもれなくオンになるのだ。
この症状を、うちの職場では『リア充アレルギー』とも呼んでいる。
しかし土田は牧と長年同じショップで働いてきた付き合いもあってか、この面倒くさい八つ当たりにもいい加減慣れたもので。
「あー、もうそんな季節かぁ」「そういえば最近すっかり寒くなってきたもんなぁ」と呑気に頭の中でカレンダーを捲っていた。
秋物の服がセールになり、店頭のマネキンがニットに着替え始めた時と近い感覚がある。
ウグイスが鳴く「ホーホケキョ」が春の始まりの定番であるように、「カノジョホシー」という牧の鳴き声もまた、冬の訪れを告げる風物詩になりつつあった。
牧はレディースのアウターコーナーに置かれた鏡の前に立つと、ワイパーの柄 に手と顎を怠そうに乗せ、じっと自分の姿を見つめた。
「あーあ、こんなにイケメンでスタイルも良くて服のセンスもいいのに。なんでモテねえんだろー」
「自分で言うか、それ」
即座にツッコミはするものの、土田は内容に関して否定はしない。
確かに牧の目鼻立ちははっきりしていて、顔は綺麗だ。
体型も、モデルのようにすらりとしていてバランスもいい。
牧が選ぶコーディネートはいつも売れ行きも良く、ダサくないどころか、うちのショップの中でもトップクラスのセンスの持ち主だとも言われている。
女性人気があるだけでなく牧に憧れる男性客も一定数いるくらいで、店頭に立っているだけで来客数が増えると言っても過言ではない。
お世辞ではなく、牧は本当にビジュアルが良い。
にも関わらず、このような愚痴が出るという現象は別に謎でもミステリーでも何でもなく……。
「牧、あのさ。すっげぇ言いにくいんだけどさ。彼女ができない理由は多分、お前のそのちょっと変わった性格のせいだと思うよ」
まるで子供を諭す幼稚園の先生の如く、土田は優しく微笑みながら最初の質問に答える。
外見に問題がないのなら、原因は中身しかない。
そんな単純明快で、誰が見てもわかり切った回答を、敢えて口にしてやる。
なかなか恋人ができないものだから本人はモテないと嘆いているが、厳密に言えば全くモテないというわけでもなかった。
こんなに上質な見た目なものだから当然アプローチしてくる異性もこれまで数多くいたわけだが、見た目と中身のギャップがあまりにもありすぎるせいか、うまくいかないことが多々あった。
「モテないんじゃなくて、一応モテはするけど進展しないの間違いだろ」と土田は指摘する。
当人にもそれなりに自覚はあったのか。ド直球の図星を突かれ、牧は思わず「う…」と小さな唸り声を上げる。
「……牧、この際だからついでに言うけどな」
土田はふうっとひとつ長く息を吐き、作業する手は止めずに続ける。
「お前、寂しがりやの構ってちゃんのくせに、相手のペースに振り回されるのは死ぬほど嫌とか言って、結局女の子からのお誘い蹴ってばっかだし」
「だってさぁ。別に会いたいと思ってないどうでもいい奴のために、わざわざ貴重な時間を割 きたくねーし……」
「ごはん行こうってなったときだって、いつも自分が行きたい店しか連れていかなくて、相手に幻滅されたこともあったよな。それ以来連絡来ないっていうのに、懲りずに別の子にも同じことやってさ。みんな、デートで牛丼とかマジないわーって言ってたらしいよ」
「俺は牛丼を一緒に食べて、美味しいねって笑顔で言ってくれるような子が理想なの! 店どこでもいいよって言ったくせに、後からイタリアンが良かったのにとか文句言われてもこっちが『はぁ?』だわ。つーか、あいつら俺がいないところでそんなこと言ってたのかよ。牛丼バカにするとかマジで許さねえ、二度と店の敷居を跨がせねーわクソが」
「あと女の子に対して、「太った?」って言っちゃったり」
「俺は、太ってない奴にそんなこと言った覚えはないけど」
「……え、えーと。それとさ。噂だとえっちの時に、「なんかイマイチ」って面と向かって言っちゃったこともあったんだって?」
「それも、事実を言っただけだよ。なんか盛り上がんなかったっていうか。別に、最後まではしてないし」
「あ、……うん。そう……、そうか…………。うん」
再び、沈黙が訪れる。
改めて振り返ってみると、この同僚のあまりのデリカシーのなさに目が点にならざるを得なかった。
接客が得意でどんな客が来てもトークを続けることに自信もあった土田も、これには言葉を失ってしまう。
――そりゃ、彼女できないどころか女の敵にもなるわ。
見た目だけで勝負できていたモテ期はとっくに過ぎ去り、今ではすっかり『あの男はヤバイ』の烙印を押されてしまい、賢い女の子は近寄るどころかサッと逃げてく始末だ。だからといって遊び目的のバカな女は、こっちから願い下げなんだそう。本当に面倒くさい奴である。
しかし自分本位かつ身勝手な性格ではあるものの、日頃から牧をよく知る土田からすれば、決して本人に悪気があったわけではないのだろう。
この一切疑問にすら思っていない純真な目を見れば、「別に俺、嘘は言ってなくない?」と考えていることが頭にアンテナなど生えてなくても受信できてしまうからだ。
ただ人よりちょっとだけ子供っぽくて、人よりちょっとだけ自分に正直で、人よりちょっとだけ恋愛に向いてないだけなのだ。このバカは。……と、脳内でそっとフォローしておく。
面白いから一緒にいて楽しいし、仕事に関してもまっすぐ取り掛かる姿を今まで何度も見てきているので、いつか幸せになってくれたらいいのだが――…。
「俺はさ、つっちー。ありのままの俺を愛してくれる人を、好きになりたいだけなんだ」
「ん、知ってる」
牧が、ぼそりと寂しげな声で呟くので。
土田もつられて、静かに返した。
本人にも少なからず問題があるとはいえ、頼んでもいないのに理想を高くされ、勝手に期待された上に、知らないうちに失望させられているというのも考えてみれば酷なものだ。
もしかしたら牧もまた、まだ本気で人を好きになったことがないのかもしれない。
「そのうち、牧のいいところをちゃんと見てくれる人に出会える日が来るって」
土田に励まされ、いつもの元気を取り戻したのか。
牧はようやく、はにかんだような笑みを見せた。
気がつけば、あれほど散らかっていた服のたたみもいつの間にか終わっていて。
慣れた作業は脳死状態でも手が勝手に動くというが、まさにそれだ。
牧たちの働くアパレルショップ『invisible garden 』は、駅にあるショッピングセンター、いわゆる駅ビルの中にある。
他の店舗の従業員はもう帰ってしまったのか、近くのテナントを見ると電気が消えているところが目立った。
オンラインの勤怠で退勤処理をしてPCをシャットダウンすると、バックヤードで二人並んで帰り支度を始める。
「そーいやさぁ、つっちー。明日、彼女とどこ行くの?」
「あー。『ワンダー・キングダム』」
「ワンキン…!? マジ? いいなー、俺も久しぶりに遊びに行きてー」
ワンキンこと『ワンダー・キングダム』は、まるでゲームの世界を具現化したかのようなテーマパークで、ファンタジーが好きな大人をはじめ、カップルにも大人気のデートスポットとしても有名だった。
もちろん子連れのファミリーも少なからず客層にはいるのだが、どちらかというと大人のほうが楽しめるような作りになっていて、運営側も若い男女をメインターゲットとして展開している節もあった。
ショーやジェットコースターなどのアトラクションも多彩ながら、日常からかけ離れた中世のような城や街並みは意中の女性をプリンセス気分にさせてくれ、恋も盛り上がるともっぱらの評判だ。
牧も高校生だったときに卒業旅行として友人たちと一度だけ遊びにいったこともあるが、パーク内の物価が高いことやアクセスが電車とバスを乗り継いでの距離ということもあり、大人になってからはすっかり行っていなかった。
「行きたいなら行けばいいじゃん? うちの店、みんなペアチケットもらっただろ」
「……あー、あれね。そういえばそんなもんあったわ、忘れてた。どうせ行く相手いないから、引き出しの奥深くに封印したんだった」
チケットは以前、本社のエリアマネージャーがくれたものだ。
各店舗ごとに売上目標として月間予算が組まれているのだが、その月の予算を達成したのがたまたま全国でうちの店舗だけだったという奇跡があり。うちのエリア担当だったマネージャーがそのおかげでかなり気分を良くしたようで、臨時ボーナスとしてスタッフ全員に人気のチケットをプレゼントしてくれたのだった。売上金額では到底及ばないものの、最近勢いづいているアウトレット勢にプロパーが予算達成率では勝ったというのがよっぽど嬉しかったらしい。
しかしチケットの存在を思い出したところで、牧の表情は暗くなる一方だった。
師走 にはまだ早いというのに、早くもパーク内はクリスマスモードに突入する時期にあった。
当然周りはリア充だらけになるわけで、そんな空間に一人でいたところで楽しめるとは思えない。リア充を狩るクエストでもあるのなら、話は別だが。
周りは姫を守るナイトで溢れるなか、一人だけ暗黒騎士のジョブを手に入れること必至である。
「あれ、有効期限今月までだったぞ。せっかく頑張ったご褒美で貰ったんだしさ、使わないともったいないだろ」
俺に、ソロであのフィールドに挑めというのか。どんなマゾプレイだよライフ0になるわ。
牧がそう言いかけた瞬間。
スマホの着信音が、軽快に鳴った。
土田は「ワリ、彼女からだわ」と小さく手だけで謝ってから、通話ボタンをタップする。
「あ、ショーコちゃん? うん大丈夫、今終わったとこ。どうした?」
ショーコというのは、土田の今カノの名前らしい。
おそらく明日のデートのことで電話かけてきたのだろう。通話の邪魔をしないように、牧はなるべく静かに上着を羽織る。
今日の売上金と釣銭の入ったポーチを持ち上げて「先に金庫室行ってんよー」と小声で言い、一足先に出口へと向かう。
「……え? 牧? うちの店に? うん、いるけど…。あれっ、俺ショーコちゃんに牧のこと話したことあったっけ?」
ふと自分の名前が耳に入り、牧は思わず足を止めた。
「なんか呼んだ?」と一度出かけたバックヤードの中に、ひょいと顔だけ潜り込ませる。
「うん、うん……。えっ、その話マジ? ちょっと待って、今そこに本人いるから聞いてみるわ」
土田は通話を保留状態にするな否や、「おい牧! ちょっと!」と珍しく慌てた様子で手招きをする。
「どしたん、つっちー」
「ショーコちゃ……俺の彼女がさ。お前に、友達を紹介したいんだって」
「ええっ!」
なんてタイミングの良い話なんだと、二人は一斉に盛り上がる。
「歳はお前の2コ下で、美容師やってる子らしい」
「び、美容師……! おぉ…」
これは、期待できるかもしれない。可愛い子が多いと名高い職業だ。
いやいや、しかしまだ油断はできない。
「そ、それで…? 見た目はどんな子だって?」
もしかしたら、顔は微妙という線もあるかもしれない。
もちろん一番大事なのは中身なのだが、もし顔もイケてるとするならば益々テンション上がること間違いなしだ。
「聞いて聞いて」と急 かすと、すぐさま土田が相手に確認してくれる。
そして、「顔はイケてるってよ!」という小声の報告を受け取ると、牧は静かにガッツポーズをした。
「牧、明日の休み空いてるって言ってたよな? ワンキンのペアチケット余ってるならそこで待ち合わせして、そのまま相手とデートしたらどうかって流れになってんだけど、いい?…… あ、いや四人で遊ぶんじゃなくて。最初だけ俺らが二人引き合わせて、そのあとそれぞれ別行動でって感じにしようかなと思ってんだけど」
いいです、もうそれでいいです、何でもいいです。牧はひたすらぶんぶんと縦に振る。
そんな感じにとんとん拍子に話がうまくまとまって、明日は土田の彼女の紹介でデートをすることになった。
予定が真っ白の寂しい休日を迎えるはずだったのが、一気にバラ色に染まっていくようだ。
しかも行き先は、あの恋愛成就にも定評のある『ワンダー・キングダム』ときたもんだ。これは期待せずにはいられない。
「ありがとう、つっちー。アラサーになって俺、初めて幸せを掴めそうかも」
「アラサーどころか、もうジャスト三十路 じゃねえの。お前の場合、30歳児というべきか」
「うるせー。誰が30歳児だ」
そんな無駄口を叩きながら、明日が来るのが楽しみで仕方なかった。
2歳年下ということは、向こうは28歳ということか。全然イケる。
「……そういえば、名前は何ていう子なんだっけ?」
「んー。俺も相手のことよく知らないんだけど。――確か、『ナルミちゃん』って言ってたかな」
「ナルミちゃん、かぁ……」
どんな子なんだろう?
牧は家に帰ってからも、お風呂の中でも、ベッドの中でも、ナルミちゃんのことを考えた。
まだ見ぬ相手に心を膨らませながら――そっと目を閉じ、夜が明けるのを待った。
*
そして、ついにやってきた次の日。
「――はじめまして、鳴海 と申します」
可愛い美容師のナルミちゃんは、どこにもおらず。
代わりに目の前には、『ナルミ』と名乗ったイケメンの男が立っていたのだった――…。
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