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ラブは続くよ、どこまでも【終】

「水、冷たくて気持ち良かったなー。鳴海」 「うん。やっぱり『精霊の滝』は、夏乗るのが一番だったね」 七月某日。 梅雨が明け、本格的に暑さの厳しい季節が訪れた頃。 牧と鳴海の二人は、再び『ワンダー・キングダム』へとやって来ていた。 本当は鳴海の誕生日のお祝いで六月に来る予定だったのだが、天気の良い日を待っていたら何だかんだで月が替わってしまい。おかげで、摂氏30度を超える真夏日の中でのデートを迎えることになったのだが…。 「あっ、あそこにジェラート売ってんじゃん! 鳴海も一緒に食べよう!」 牧は日差しに負けないくらいの笑顔を絶やさず、楽しそうにはしゃぎ回っていて。 そんな牧を見て、鳴海も溢れるほどの幸福感に満たされていた。 前回訪れた時は一日限定の恋人に過ぎなかったが、今回は正真正銘の恋人同士として来ている。 相手を名前で女の子だと勘違いしてノコノコやって来たわけでもなく、ずっと想いを寄せていた相手に気持ちを隠しているわけでもない。ましてや、『リア充アレルギー』を言い訳に恋人のフリをしてもらっているわけでも、それを利用してここぞとばかりに距離を縮めようと必死になっているわけでもなく。 本物のデートとして、リア充として、この『ワンダー・キングダム』に足を踏み入れているのである。 二人は相変わらず移動中は、ずっと手を恋人繋ぎにしていて。 どうやらこのバカップルには、夏の暑さなど関係ないようだ。 今日は早いうちからQRコードを集めるクエストを達成しており、既に二人の財布の中には二枚目の記念メダルが仲間入りしている。 他にも、時間の都合で前に回ることができなかったアトラクション『魔王の塔』や、園内をぐるり一周できる遊覧船にも先程乗ってきたところだ。 ファンタジー映画やゲームの中にいるような風景は、ただ眺めているだけでも楽しめた。 「牧さん。次はどこか行きたいところある?」 「夏だから、やっぱりまた水辺がいいかな。確か、『人魚の入江』がここから近かったと思うから、次はそこ行ってみるか」 ジェラートを販売しているワゴンの待機列に並びながら、二人でそんな話をしていると。 「あのー、もしかして男の人だけで来てたりします?」 「私たちも女二人なんですけど、よかったら一緒にワンキン回りませんか?」 は? ……何これ、デジャヴ? 『ワンダー・キングダム』には、男だけでいると女に逆ナンされる強制イベントでも用意されているのか。 それとも鳴海がイケメンだから、エンカウント率が高いというだけなのか。 どちらにせよ、そんな設定はいらないし、迷惑だ。 声をかけて来た女たちを見れば、目をハートマークにして鳴海に見惚れている。 「…………」 俺の鳴海に色目使ってんじゃねえよ、クソ女どもが。 せっかくのデートを邪魔されたことに牧が苛立ち始め、露骨に大きな溜め息をついてやった。 「……あのさ。これ、見えてないの?」 牧は自分たちの間にある手を、相手の目の前に掲げて見せる。 指を絡めて握っている意味に気がつけば、すぐ諦めてくれるだろうと考えての行動だったのだが…。 「きゃー! どうしよう、二人ともめちゃくちゃ格好いいじゃん! 顔面のレベルがカンストしてるんだけど!」 「えっ、えっ? 芸能人? それともモデルか何かですか?」 ナンパ女1号2号は、出された手には一切目もくれず。 今度は、牧にまでハートマークを飛ばす始末だ。 見ろって言ったのは、顔じゃなくて手なんだが。 つーか、芸能人って何だよ。どこからどう見ても、ただの美容師とアパレル店員だろうが。 「だから、俺たちは……」 恋人同士だから。 そう言おうとした、次の瞬間――…。 ちゅっ。 隣に居た鳴海が、牧の唇にキスをした。 「――…ッ!?」 視界を遮られて見えないが、女たちの声にならない叫び声が聞こえた。 「あ、あの……、えっ…と…?」 鳴海は、顔を真っ赤にして混乱している女二人を振り返り。 それから、にっこり微笑んだ。 「つまり、こういうことだから」 そう言って牧の肩を抱き、引き寄せるようにその体をくっつける。 ここまでされたら、どんなに鈍い人間でも二人がどういった関係か理解できてしまうようで。 「お、お邪魔しましたぁぁ……っ!?」 女たちは頭をぺこりと下げてお辞儀すると、逃げるようにその場を退散していった。 ……そうか。最初からこうすれば、早かったのか。 牧はキスの感触の残る自分の唇に、そっと手を当てる。 公衆の面前でチュウを見せつけるなんて、自分たちもついに狩られる側のリア充にクラスチェンジしてしまったようだ。 『ワンダー・キングダム』は特殊な空間であるため、男同士のキスを目撃したくらいでいちいち騒ぎ立てる者はいないようだが、かつての自分と同じような『リア充アレルギー』の人間がこの場にいないことを牧は密かに祈った。 「ていうか。鳴海も、あんな大胆なことするんだな……」 意外な一面を見せる恋人の顔を、牧は帽子のつばを持ち上げて見上げる。 目が合うと、鳴海はやっと自分のしたことを自覚し始めたようで。 「だって、あの子たちに牧さん取られたくなかったから…。無我夢中で……」 「ごめん」と短く謝ると、鳴海は口元を隠すように手で覆って、恥ずかしそうに視線を逸らした。 急に鳴海が羞恥を覚えるものだから、牧もつられて照れてしまい。 被っていた帽子のつばを深く下げて、その顔を隠した。 「お二人さん! さっきの見てたけど、お熱いね! ジェラート、ちょっと多めにサービスしておいたよ!」 小人の格好をしたワゴンのスタッフのお爺さんが、ジェラートを手渡すときに笑顔でそんなことを言ってくる。 受け取ったワッフルコーンを見れば、それは容赦なくデカ盛りにされていて、ちょっとどころのレベルではなかった。 キスをすると大盛サービスでもあるのかと思ったが。多分、ただの小人の気まぐれということなのだろう。 チョコレート味のジェラートを舐めれば、冷たさと甘さが口の中に広がる。 鳴海の手をちらりと見ると、そっちはヘーゼルナッツ味にしたようだ。 今度キスしたときは、どんな味がするんだろう。 牧は期待で、胸が少しドキドキした。 「――牧さん。手のとこ、垂れてる」 ぺろり、と牧の指を鳴海の舌が舐める。 なんか、エロい。 頬が火照(ほて)っているように感じるのは、夏の暑さや、紫外線のせいだけではないのかもしれない――…。 「それにしても。『ドラゴン&ナイト』のショーは、何度見ても感動するな」 階段を上りながら牧がそんな話をすると、鳴海は「そうだね」とだけ返した。 今来ているのは、パーク中心部に位置する『ワンダー・キングダム城』で、通称ワンキン城とも呼ばれている場所だ。 ショー型アトラクションである『ドラゴン&ナイト』に出てくる舞台でもあり。今汗だくになって上っているこの物見の塔は、同作品の登場人物である騎士と姫が愛を語り合ったという設定もあるところだ。 そして。 ――以前、牧と鳴海が初めてキスをした場所でもある。 「それにしても、相変わらずエグい階段だな」 「……うん」 「当たり前だけど。このクソ暑い中、こんなところ必死こいて上ってるの。俺たちしかいねえし」 「……うん」 先程から、鳴海の口数がやけに少ない。 夜になったとはいえ、まだ暑いのもあって疲れたんだろうか。 『ドラゴン&ナイト』を観た後。 鳴海がこの塔へまた来たいと言うので、こうして来てみたわけだが。 体調が良くないなら、無理をさせないほうがいいのではないかと牧は心配になり。 「鳴海。やっぱり、引き返そうか?」 「えっ…。どうして……」 「だって、さっきからお前。あんまり喋んないし。疲れてるんじゃないのか」 牧が立ち止まって振り返ると、鳴海はあからさまに焦った表情を見せる。 「いや、大丈夫。このまま最上階まで行こう、牧さん」 「え、でも…鳴海……」 「ちょっと、緊張してただけだから」 「?」 展望スペースへ行くだけなのに、何を緊張するのだろうと牧は頭を傾げる。 それから鳴海は立ち止まる牧の手を引いて足を進め。 やがて、螺旋階段の頂上まで到達する。 ガラスの埋め込まれていない窓から涼しい風が差し込んできて、涼しい。 石壁をくり抜かれたような縦長の穴の向こうには。 前回訪れた時の冬の世界とはまた違った、美しい夏の景色が待っていた。 緑豊かに生い茂る魔女の森。川を流れる、蒸気船。 幻想的に青くライトアップされた、人魚の入り江。 地平線の彼方へ夕日が沈み、これから夜色に塗られていく西の空。 反対の東の空には、名前も知らない星が次々と姿を現していく。 昼間行ったジェラート屋のワゴンが、あんなに小さく見えて。 まるで、別世界から地上を覗き込んでいるような気分だった。 長い階段で息が上がってしまったのを忘れてしまうくらい、牧はしばらく夢と魔法の国が織りなす芸術に釘付けになっていた。 「鳴海。やっぱりここからの眺めは綺麗だな」 そう言って、ずっと静かだった鳴海を振り返ると。 鳴海は窓の外ではなく、牧の顔を見つめていて。 「……鳴海?」 いつになく真剣な面持ちの鳴海がそこにいて、心臓が騒がしくなっていく。 山吹色のランプは、二人の間で穏やかに光を放っている。 「牧さん」 鳴海が名前を呼んで、牧の手を取る。 それから、そのまま片膝をついた。 「俺と、一緒に暮らしませんか――…」 鳴海が、牧をまっすぐに見上げる。 牧は一瞬何を言われたのかすぐに理解できなくて、ただ「え?」と短く聞き返すことしかできない。 「今も、半同棲みたいな感じだけど。そうじゃなくて。牧さんと同じ家に住んで、牧さんと同じご飯を食べて。牧さんと毎日、同じベッドで眠りたいんです」 「それって……」 同棲のお誘い、と受け取っていいんだろうか。 だけど。 こうして手を取って、目の前で跪いて――…。 なんだか、つい先程観たばかりの『ドラゴン&ナイト』の最後のシーンを思い出してしまい。 「なんか、プロポーズみたいだな」 牧がそんな言葉と一緒に微笑むと。 「えっと……。一応、プロポーズのつもり…なんですけど……」 鳴海が、恥ずかしそうに小声で言った。 ――本当にプロポーズだった……。 まさかのサプライズに、牧が呼吸をするのを忘れて固まっていると。 鳴海が、握る手を強くして…。 「牧さん。これからもずっと。『俺と一緒に、生きてくれますか?』」 そして、その手の甲に口づけをした。 そのセリフは『ドラゴン&ナイト』の騎士の言葉と同じだけど、紛れもなく鳴海の本心であるということが伝わってきて。 「…………どうしよう。めちゃくちゃ嬉しい」 牧は、空いているほうの手で目を擦るが。 それでも、涙が止まらなくて。 泣いている牧に気づいた鳴海が、はっと顔を上げる。 そうだ。返事、しなきゃ……。 『ドラゴン&ナイト』の姫は、騎士に何て言って答えたんだっけ。 ……あ、思い出した。 「――『共に生きましょう。この命が、終わるまで』」 牧も、同じように劇中で使われた言葉で返す。 それは、プロポーズに対する『イエス』の返事も同然だった。 「牧さん……っ!!」 次の瞬間、鳴海が立ち上がって牧の体を勢いよく抱きしめる。 「牧さん…! 俺、一生大事にします……!」 ぎゅうっと鳴海の腕に包まれて。 牧の綺麗な泣き顔は、柔らかな笑みへと変わっていった。 「あのさ、鳴海……。俺たち。おとぎ話だったら、ここで『めでたし、めでたし』で終わっちゃうのかな」 「そうだね。でもこれは、夢でもおとぎ話でもないから。むしろ、これから物語が始まるところだと思うよ」 「そっか…。なぁ、一緒に住む家ってどうすんの? 今の鳴海ん家に俺が行けばいいのか?」 「あの部屋だと二人住むにはちょっと狭いから、新しく借りようと思うんだ。うちのオーナー、三船さんて人が今度、暁ヶ丘と黄昏町の間の駅に新築のアパートを建てるらしくて。牧さんが気に入れば、そこを契約しようかなと思ってるんだけど……」 「へぇ。それなら、お互いの職場にどっちも近くていいな」 「……ああ。牧さんにプロポーズを受けてもらえるなんて。未だに信じられない。夢みたいだ…」 「これは夢じゃないって、今鳴海が言ったばかりだぞ」 「そう…なんだけど……」 「じゃあ、キスして気持ちよかったら。夢じゃないってことで――…」 「えっ。牧さ……、んんっ」 「…………」 「…………」 「……どう? 気持ち良かった?」 「なんか。気持ち良すぎて、まだ夢みたいで……。もう一度、キスしてもらってもいいですか?」 「ったく。しょうがねぇなぁ……」 二人は、それから何度もキスを交わし。 ずっと、幸せに暮らしましたとさ。 めでたし、めでたし――…。

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