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ラブ、おかわり #16
『あれー? 鳴海さん、もう連絡はしないんじゃなかったっけ?』
「有島。何で俺が電話したか、わかってるだろ」
『あー。もしかして、前に僕がマキさんに会いに行ったことが関係してるとか?』
「お前が変な嘘つくから、ややこしくなったんだよ。何で、俺が牧さん以外の人を好きだって話になってるんだよ。あり得ないだろ……」
『だってマキさん、随分と平和そうに暮らしてるみたいだったからさ。ちょっと、からかってやりたくなっただけだよ』
「ちょっとどころの話じゃない。誤解されてこっちは、危うく破局するところだったんだぞ」
『あはっ。それは大変だったね。でも、鳴海さんだって、マキさんに本当のことを言ってなかったのが悪いんじゃないの?』
「それは…そうだけど……。もう牧さんには昨日、全部話したから」
『へぇ。キモいとか言われなかった?』
「もっと早く言えって怒られたよ。でも、ずっと思い続けていたことを嬉しいって言ってくれて。……全部、受け入れてくれた」
『……そうなんだ。やっぱりマキさんて、鳴海さんが惚れるだけのことはあるんだね。悔しいけど、負けるのも仕方ないか…』
「負けるって、何の話だ?」
『最初に言ったでしょ。これはゲームだって』
「……ゲーム?」
『そっ。鳴海さんを体だけで落とせるかどうかの、ね。……まぁ鳴海さんは、最後までマキさんにぞっこんだったわけだけど』
「落とすも何も…。俺たちは、最初から割り切った関係だったはずじゃ……」
『そのつもりだったんだけどね。でも、途中からゲームとかどうでも良くなるくらい、僕は鳴海さんのことが……』
「有島…」
『あーあ。アナルには、自信あったんだけどなー』
「…………有島。ごめん」
『やだなぁ。謝らないでよ。鳴海さんとのセックスは気持ち良かったし。それだけでも十分楽しめたから』
「……あの時。お前が居てくれなかったら、俺は寂しさで苦しんだままだった。前にも言ったけど、本当に感謝してる。ありがとう」
『そっか。うん…。なら、良かった……』
「で? 新しい生活にはもう慣れたのか? もう、東京に引っ越したんだろ?」
『……僕が東京に行くこと。覚えててくれたんだ?』
「お前が、自分から言ってきたんじゃないか」
『だって、鳴海さん。マキさん以外のことはどうでもいいのかと思ってたから…』
「そりゃ、いつだって牧さんが一番なのは自覚してるけど…。でも、そこまで人でなしになったつもりはないんだが……」
『ふふっ。なんか、鳴海さんらしいね。……実はね、会社の新人研修で隣の席だった奴と、ちょっとイイ感じの雰囲気なんだ。相手は多分ノンケだから、望み薄かもしれないけど。でも鳴海さんと牧さんの話聞いてたら、諦めないで頑張ってみようかなって』
「そうか。上手く行くといいな。……あ、ちゃんと連絡先、交換しておけよ」
『――ご心配なく。どこかのヘタレな王子様と違って、そんなのとっくに交換済だから』
窓をカラカラと開けて、ベランダから部屋の中へ戻ると。
ベッドの上で寝転がっていた牧が、すぐに鳴海に気づいて顔を向けた。
「電話、もう終わったのか?」
「うん」
「外、まだ朝だし寒かっただろ。こっち来て、布団入れば?」
そう言って、牧が壁際にずれて隣のスペースを空けてくれる。
ほら、と布団を捲ってくれたので。
遠慮なくその優しさに甘えることにした。
牧の家のベッドはシングルサイズなので、鳴海の家のものよりは狭いけど。そのおかげでこうしてお互いの体が自然とくっつくので、鳴海は結構気に入っている。
牧と同じように横向きになって、その顔を覗き込む。
「牧さん。本当に、有島に文句言わなくて良かったの?」
「んー、俺はいいよ。もうあいつと関わりたくないし」
あれから一晩経って。
二人で蜜月の夜を過ごし、朝を迎えたところで、今回牧に捨てられそうになったのは有島が原因であったことを改めて思い出し。
「やっぱり一言文句を言ってやらないと気が済まない」と鳴海が言い、牧の了承のもと電話をかける流れになったのだった。
「有島、東京で気の合う相手を見つけたらしいよ。もう俺たちにちょっかいを出してくることはないと思うから、安心して」
「へぇ。あいつ、やるじゃん」
牧の目を細めて笑った顔が綺麗で、思わず見惚れていると。
「あれ…。牧さんの目、まだちょっと赤いね?」
「ん? ああ。そういや昨日、失恋したと思っていっぱい泣いたからな」
「……やっぱり牧さん、泣いてたんだ」
「あっ。違っ、これは…っ」
「牧さんのこと、悲しませないって約束したのに。土田さんに怒られちゃうな……」
指先で牧の目元に、そっと触れる。
寝起き同然なのもあって、まだ眼鏡はしていないようだ。
……本当は、ずっと笑っていてもらいたい。
でも。流した涙の数だけ。
それだけ、自分のことを愛してくれていることなんじゃないかと、少し自惚 れてしまったりもする。
笑顔も涙も全部独り占めしたいだなんて、いつの間にこんなに欲深い人間になったのか。
牧のことを知れば知るほど、離れられなくなる。
タイムマシンで過去に飛んで、まだ牧の情報をマリモパーティでモグラのモグプーを使ってることしか知らなかった頃の自分に、今その人が恋人でしかも同じ布団で寝ていることを教えたら、一体どんな反応をするだろうか。
そんなことを考えながら、牧の目元から頬にかけてを指の外側部分でスリスリと撫でていると。
「鳴海の手、冷たくなってる。だから部屋ん中で電話すればって、俺言ったのに」
「あっ、ごめん…」
つい調子に乗って、ベタベタ触り過ぎた。不快な思いをさせてしまったと、慌てて冷えた手を引っ込めるが。
仕舞おうとしたその手を、なぜか牧にぎゅっと掴まれてしまい。
「あ、あの……牧さん?」
「鳴海の手。俺が温めてやるよ」
「え…?」
牧は体を起こすと、ベッドサイドにある台へと手を伸ばす。
そこから取り出したのは、見覚えのある銀色のチューブで。
「そのハンドクリームって。先月、牧さんが俺にくれたのと同じ……?」
「そう。実は、自分用に同じの買ってたんだ」
お揃い、と楽しげに笑う牧の顔を見上げる。
手は、まだ掴まれたままで。
横たわる鳴海の隣で、牧は同じくベッドの上で、片膝を立てて座っている。
「ほら。こうやってクリームつけてマッサージすると、血行が良くなるだろ?」
ミルク色のクリームを出して、牧はハンドマッサージの動きでそれを鳴海の手全体に伸ばしていく。
指先まで冷たかった手の体温が、じんわり上がっていくのが自分でもわかる。
「どう、鳴海? 気持ちいい?」
「うん……。ありがとう、牧さん」
撫でられて、揉まれて。……気持ちいい。
牧と初めて出会った日も、こうやって優しくハンドクリームを塗ってくれたのを思い出す。
あの時は本当に、心臓が爆発するんじゃないかってくらいドキドキしたけど。
今はただ、心地良さに包まれている。
「ほら。反対の手も、こっちへ寄越しなよ」
マッサージは、もう一つの手へと移って。
「今度から。鳴海にハンドクリーム塗るの、俺の仕事にしよ」
そう言って、牧が嬉しそうに微笑む。
――ああ。手を自由に動かせる状態だったら、今すぐ抱きしめてあげるところなのに……!
牧から目を逸らし、鳴海が必死にそんな衝動と戦っていると。
ふと、ベッドの上に無造作に転がったハンドクリームの容器が、視界に入る。
「……ねぇ、牧さん。ひとつ、訊いてもいい?」
小さくて、少し掠れた鳴海の声に。
牧が「んー?」と返事をして、ゆっくりと顔を上げる。
「何で、忘れ物のハンドクリーム。取りに来なかったの?」
ずっと、それだけが不思議で、今でも謎のままだった。
牧の持ち物を人質ならぬモノ質に取っておけば必ず会えると期待していただけに、当てが外れたと気づいたときは酷く落胆したものだ。
もしかしたら何か事情があったのかもしれない、とその答えをじっと待つと。
牧は一瞬「えっと…」と言い淀み。
それから、顔を真っ赤にしながら、おずおずと口を開いた。
「……実は。あの日、髪切った帰り。駅の階段で、素っ転んで……」
「え?」
「公衆の面前で、派手に荷物ぶちまけて…。慌てて財布とかスマホとか掻き集めて、恥ずかしいから速攻で逃げ帰ったんだけど。後で、ハンドクリームだけないのに気づいて。……だ、だから…その…」
――今までずっと。転んだ時に落としたのかと思ってた。ごめん。
牧が消え入りそうな声で、そう言った。
「…………」
……なんだ。そういうことだったのか。
取りに来ないのは嫌われているからなのではと、一時期思考が飛躍したときもあったが。
そうでなかったとわかり、心の底から安堵する。
そして。予想の斜め上を遥かに行く内容と、とても牧らしい発言に、鳴海は自然とくすりと笑みが零れる。
「確かに。牧さん、よく転ぶもんね」
「なっ。笑うなよ。つーか、あの日は徹夜マリパ明けだったからちょっと眠くて、いつもより不注意になってただけだし……」
「大丈夫だよ。牧さんがいつ転んでもいいように俺、受け止める練習しておくから」
「はぁ? 練習ってお前、どうやって……うわっ!」
牧が言っているそばから体勢を崩し。
早速、鳴海の上に倒れ込む。
「えっと…。こうやって?」
咄嗟に伸ばした腕の中に、すっぽりと牧の体が収まって。
抱きしめたいと思っていたところに本人自ら飛び込んで来てくれたものだから、鳴海は顔の表情筋が緩むのを隠せずにいる。
「……別に。今のは、わざと…だから…」
そうやって強がりを言う牧が、可愛くて仕方がない。
堪らず、閉じ込める腕を強くしてしまうが。
意外にも牧は、鳴海の胸の上で大人しくしていて…。
「……なぁ。鳴海にとっての一番は、俺だって言ってくれたけどさ」
ぽつりと呟く牧の声が聞こえて。
同時に、牧の頭を乗せている鳴海の胸から、振動でその音が体内へと響く。
「俺の一番も。とっくに鳴海になってるから――…」
ちら、と上目遣いでそんな可愛いセリフを言われれば。
「牧さん…っ!」
当然。押し倒したくもなるわけで。
くるりと、体を反転させて。
今度は鳴海が、牧を押し倒す番になる。
「ねぇ牧さん…。後で俺も牧さんにハンドマッサージ、してもいいですか?」
「それは、いいけど。後でって……今じゃないのか?」
牧が、鳴海の下でいたずらっぽい笑みを浮かべて見上げる。
その瞳が少しだけとろけているように見えるのは、きっと昨夜泣き腫らしたのが原因ではないのだろう。
「今は、キスがしたいです」
わかっているくせに……と囁きながら。
鳴海はその唇を、牧の欲しがる場所へとそっと落としていった。
「鳴海ぃー、準備できたか?」
アパートの玄関で、牧が振り返る。
スニーカーの爪先部分をトントンと床に叩きつければ、靴紐も一緒に踊った。
「待たせてごめん。なんか。どう頑張っても、寝癖がうまく直らなくて……」
鳴海が自分の髪を手で押さえながら、洗面所から顔を出す。
「いつもの牛丼屋に飯食いに行くだけなんだから、適当でいいって」
「そうなんだけど…。あの牧さんと朝から牛丼屋デートと思ったら、こんな頭じゃ失礼かなって……」
「だから、あの牧さんってどの牧さんだよ。この牧さんが惚れた鳴海はどんな髪型だって格好いいんだから、少しは自信持てよ」
「牧さん……」
「で? 寝癖はもう直ったのか?」
「いや、それがまだ…」
「どれ、見せてみ」
鳴海が手を外すと、そこには小さなハネが一箇所あるだけで。
「別にこのくらい、気になんないけど? 元々パーマっぽい髪なんだから目立たないし」
フォローではなく正直な感想を牧は述べたのだが、鳴海の表情はまだ完全に納得してはいないようだった。
プロの美容師でもうまく髪型が決まらない時もあるんだな、と牧がくすっと笑みを漏らす。
「仕方ねぇなぁ。……ほら」
牧は自分が被っていたニット帽を脱いで、それを鳴海の頭に被せてやる。
マスタードカラーのアクリルニットの帽子は、牧のブルゾンだけでなく、鳴海の着ていたコートとも相性が良く。
モデルのような容姿も手伝って、まるでファッション誌のページを切り取ったみたいだった。
「そういう時は、アパレル店員に任せてよ」
お客様とてもよくお似合いですよ、と仰々しく褒めれば。
ようやく、鳴海にいつもの笑顔が戻った。
ガチャン、と玄関の扉が閉まる音がして。
二人の話し声が、徐々に遠ざかっていく。
「あー。すげぇ腹減った。早く牛丼食べたい」
「俺たち昨日、晩ごはん食べ損ねちゃったからね」
「今日は俺、二杯いけるかも」
「えっ。そんなに食べて大丈夫? お昼、入らなくなるんじゃない」
「だって俺たち二人とも一日休みだろ。これまで鳴海を5年以上放ってきた分。今日は昼飯食う暇がないくらい、離さないつもりでいるから」
そんな牧の言葉に、鳴海は一瞬立ち止まり。
それから。
顔を赤くしながら、ぼそりと呟いた。
「――俺も。今日は、おかわりしようかな……」
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