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第1話

(クソ兄貴め! )  白瀬涼(しらせ りょう)は、催促状を握りしめ荒っぽく丸めると、それを壁に叩きつけた。  半年程前、ずっと音信不通だった兄の明が自分を訪ねてきたと思ったら、借入の保証人になってほしいと言われた。 『会社を立ち上げたい』  ずっとフラフラしていた兄がやっと真面目になってくれたのだと思い、なりたくはなかったが、兄の未来の為に保証人になる事を承諾した。  だが、結局は嘘だった。  それは一度も払われる事なく兄は行方不明になった。  残されたのは三百万の借金。それも法外な利子の付く、闇金からの借金だった。  それから生活が一変。昼は工場で夜はコンビニで働く事になった。住居も家賃三万の格安のぼろアパートに引っ越した。  どうしてこうも自分は身内に裏切られるのか。  最初の裏切りは母親だった。  一七年前、涼が五歳明が七歳の時、母親は自分たち兄弟を施設に預けた。 『必ず迎えに来るから、いい子で待ってて』  その言葉を信じ、言われた通り涼は待っていた。だが母親は迎えになど来なかった。結局高校卒業まで施設で過ごし、卒業と同時に自立した。  母親が生きているのか死んでいるのかさえも未だに分かってはいない。  そして、今回兄の嘘。  事業を立ち上げるなど嘘だったのだろう。母親同様、涼の中ではもう死んだ人間と思う事にした。 ピンポーン  扉の覗き穴から外を見ると、黒髪の短髪頭にスーツ姿の男が立っていた。 (取立て? )  今月分はすでに入金しているはずだ。 「はい……」  涼は恐る恐る細くドアを開けた。 「あ! こんばんは!」  男は満面の笑みを浮かべている。 「昨日、隣に越してきた佐川って言います! これ、少ないですけど」  そう言って、包装紙に包まれた四角い箱を見せた。 「はあ、それはわざわざどうも」  涼は仕方なくドアを大きく開けた。 (でかい)  餞別を受け取りながら、佐川と名乗った男を見上げた。  一九〇センチ近くありそうだ。相変わらず満面の笑みを浮かべいる。 「白瀬です」 「宜しくお願いします。それでは失礼します!」  佐川は九十度に体を折り曲げると、隣の自室に入って行った。 「なんか元気な人だな」  佐川の勢いに圧倒された涼は苦笑いを浮かべ、少しずり落ちた眼鏡を中指で押し上げた。  隣がずっと空き部屋で気兼ねなく過ごせていたが、これからは少し気を使わなければならないと思うと少し面倒にも感じた。 (まぁ、俺はほとんど家にいないけど)  昼夜働いている涼にとって、ここには寝に帰ってきているようなものだ。あまり気になる事にはならないだろう。

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