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第2話
佐川とは時折顔を合わせ挨拶程度はするが、佐川もあまり家にいないのか、隣からの生活音を感じる事はほぼなかった。
久し振りの丸一日の休みの日、玄関のチャイムが鳴った。覗き穴を覗くと、涼は目を見開いた。
「兄さん!」
そこには無精髭にげっそりとやつれた姿の兄、明が立っていた。
「よう、久し振り」
力なく笑いを浮かべ、明は飄々と言った。
「久し振りじゃないよ!」
言いたい事が山ほどあるのに、あり過ぎて言葉にならない。
「悪かったな、借金」
「そう思うなら、払ってよ!」
「いやぁ、無理。今、一文無し」
そう言って明は頭を掻いている。
怒りで顔が熱くなり脳の血管が切れそうだ。
「少し、金貸してくれないか?」
その言葉に涼の堪忍袋の緒がとうとう切れ、明の肩を思い切り殴っていた。
「あるわけないだろ! 三百万どうしたんだよ!」
「それは……なぁ、頼むよ! 一万……五千円でもいいんだ!」
明は涼の両肩を掴むと、すがるように懇願する。
「ないものはない!」
「頼むよ! なっ?」
玄関口で押し問答をしていると、
「どうしました!? 白瀬さん!」
隣の部屋から佐川がこちらに駆け寄ってきた。どうやら明との言い争いが隣にも聞こえてしまった様だ。
佐川は黙って明の前に立ちはだかる。明は一瞬、佐川の長身に怯んだように見えたが、
「なんだ、てめー!」
明は佐川に殴りかかっていった。
明の拳が佐川の左頬をかすめたかと思うと、次の瞬間、佐川は明の腕を掴み捻り上げると地面に押しつけていた。
「いてっ!」
「隣の部屋の者です!」
「やめて、佐川さん! それ俺の兄なんです!」
佐川の動きが止まり、見開いた目で涼を見た。
「お兄……さん?」
佐川の言葉に涼はコクリと頷いた。
「そうだよ! だから離せ!」
ゆっくりと佐川は明から体を離すと、ジッと明を見つめた。
涼は一度部屋に入りると、腕を摩っている明に何かを掴ませた。
「本当に今はこれしかないの!」
「んだよ……三千円かよ」
チッと舌打ちをした明に、佐川は再び殴りかかろうとしていた。
その顔に明はゾッとした。普段見る和やかな表情はそこにはなく、憎悪を含んだ目で明を見ていた。
「やめて!」
咄嗟に涼は明に覆いかぶさっていた。
「兄さん、今日は帰って」
「あ、ああ……」
明は力なく立ち上がると、
「また、来るよ」
そう言って帰って行った。
「ごめんなさい、変な所見せて」
「自分こそ、余計な事してすみません」
佐川は深々と頭を下げている。
「血が……」
明の拳が掠めた頬から血が流れていた。
「手当てさせて下さい」
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