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しばらくするとシスが帰る時間になったそうで、シスはガウと並んで挨拶へきてくれた。
「エルタさん、またね。次私が来るの来週か再来週になるか分からないけど…リハビリ頑張って」
そう言いながら、シスは新しいリハビリの指示書をくれた。
「…ありがとうございます」
…2人の姿を見るとさっきのあの光景を思い出してしまい、シスの目をもガウの目も上手く見ることができない。
なるべく2人を見ないようにもらった書類に目を向けていると、
「この調子でいったら、次私が来た時には家に帰れるかもね」
「え…」
そんな声が降ってきたので思わずぱっと顔を上げると、シスはウィンクしながら手を振り「じゃあね」と去っていってしまった。
遅れてガウが「…もう少ししたらガラドアが帰ってくる。それまで1人で留守をたのむ」と言って部屋を後にし、それから2人が玄関から出ていく音が遠くで聞こえた。
この家に来て以来、初めての1人きり。
自宅では常に1人だったくせに、1人になるのが何故かやけにソワソワしてしまい、松葉杖でベッドから立ち上がり窓に近づき外を覗くと、暗がりの中シスとガウが並んで歩く姿が見えたが、すぐに木々に隠れて見えなくなってしまった。
ベッドに戻ってみるがじっとしていられず、シスからもらった新しいリハビリの指示書に目を通しながら右腕を動かしてみる。
ぐっ…ぐっ…
「………」
静かな室内で黙々と手を動かしていると、自然とあの光景が頭に蘇ってくる。
滴る赤い血、それを舐めとるガウ、熱のこもった赤い瞳…
思い出すだけでなぜか胸がぎゅっと締め付けられる。
頭をブンブン振ってみるがそんなことで脳裏から離れてくれるわけもなく…気を紛らわせるようにパラパラとリハビリの指示書をまくっていると白紙の紙が紛れていたので、何も考えないで済むように、それをいくつか正方形に切り分けて一心不乱に折り紙をした。
右手が思うようにはまだ力を入れられないので時間もかかるし上手く細かい作業はできないが、それが逆に集中できた。
たくさんの小さな折り鶴、それと紙飛行機。
作り終えた紙飛行機を1つベッドから放り投げると、タイミングよく扉が開いた。
「……」
「…あ、お帰り、ガラドア」
ガラドアは目をパチパチさせたまま、紙飛行機を目で追った後、床に落ちたそれをきょとんとした目で見つめていた。
ベッドから離れた位置に落ちたので、松葉杖で立ち上がり取りに行くと、ガラドアは今度は目をパチパチとさせてオレを見た。
「エルタ、歩けるの!」
「あ、うん。杖をもらったからね、ちょとだけ歩けるようになった」
しかし歩いて紙飛行機の元へ辿り着いたものの、拾うにはバランスをとるのが難しく上手く拾えない。
ガラドアが見かねたのか、さっと足元の紙飛行機を拾い上げてくれた。
「……これ何?変な形」
耳をピクピクさせながら興味津々で紙飛行機をいろんな角度で眺めるガラドア。
その表情は村で見かける子どものように、すごく愛らしい。
「それはね、紙飛行機っていうんだ」
ベッドに腰掛けるように座り直し「かして」と声をかけると、ガラドアは恐る恐るオレの方に手を伸ばして、ぽとりと落とすように紙飛行機をオレの手にやると、少し離れた定位置にさっと移動した。
何で離れるんだろうと思いながらも、よく考えたらガウのいない時にこんなに近づいたのは初めてなのかなと思い至る。
「…こうやって飛ばして遊ぶんだ」
長く飛ばせるように角度を考えながらもう一度空へと放つ。
そのおかげか、今度はさっきよりも綺麗に宙を舞った。
「…わぁ…!」
ガラドアは目を輝かせて紙飛行機を追うと、落ちた紙飛行機を拾い上げてキラキラした目で見つめた。
「ふふ。ガラドアもやってみ」
「どうやるの?」
「上の方に向けて、こう投げるんだよ」
そう言いながらジェスチャーで伝えると、「こうだね!」と言って勢いよく紙飛行機を放り投げた。
…だがしかし、勢いが良すぎて高くは上がったがすぐに弧を描いて床に落下した。
さっきと飛び方が極端に違ったせいか、ガラドアが床に落ちたそれを呆然と見つめている。
「…もうちょっとふわっと投げてごらん。そしたら長く飛ぶよ」
「……うん……」
少し項垂れながらも紙飛行機を拾い上げもう一度ゆっくり投げると、今度は遠くまで綺麗に飛んだ。
「わぁ!すごい!やった!」
ガラドアは嬉しそうに拾い上げ、もう一度放り投げる。
そんな彼を見ると自然と笑みがこぼれる。
「…ガラドア。紙飛行機作って、どっちが遠くに飛ばせるか勝負しよっか」
「え?作れるの?!」
「うん。簡単だよ。なんか紙あるかな?」
「うん!」
ガラドアはどこからか紙を持ってきてオレ手にとれる場所へ置くと、さっとベッドサイドの椅子の後ろに隠れるようにして、そこから耳をピンと立ててこっちを見た。
「基本はね、半分に折って…それからこっちの頭の方をこう折って、もう1回こうして…こうして…こうね?」
「………」
「この頭のところとか、ここ形を変えると飛び方も変わることがあるんだよ」
「………」
ガラドアは大きく頷いてからベッドサイドの椅子に紙を広げて紙を折り始めた。
「半分して、こうして、こうして…」
「あ、ここは綺麗にそろえてね」
そう言って左手を伸ばすと、ガラドアはビクッ!と大きく体を跳ねたので、こちらもそれにビックリする。
(…そうだった…ガラドアはいつもオレに近寄ってこないのに…)
あまりに普通に触ってしまった。
「……ごめんね、急に触って」
謝ってみるが、ガラドアは真顔のままオレをじーっと見るだけだった。
子どもなのに顔が綺麗なせいか真顔に妙に迫力があって、なんだか申し訳ない気持ちになっていると
「……エルタは、大丈夫?」
そう、真顔のまま問われた。
(大丈夫…?)
どういう意味か分からずにハニカミながら首を傾げる。
「…エルタは、怖くない?」
今度は別の言葉で問われる。
(魔物が怖くないかってことかな…)
ここに来た当初、それをもし聞かれたら「怖いに決まってるだろ!」って即答してたに違いない。
…だけど、今はどうだろう。
ここに来て、魔物は自分が思っていたものとは全然違うことを知った。凶暴で怖いものでは全然なかった。
でも今まで村の人たちが魔物の被害に遭ってたのも見たことがあるから、全ての魔物がそうではないとはまだ言い切れないけど…
でも、少なくともここにいる2人の魔物はいつだってオレに優しかったし、凶暴性なんて1つもなかった、全然…
「……怖くないよ」
断言して微笑むと、ガラドアは耳をピクっと揺らした。
「………怖くない?」
「うん」
「……大丈夫?」
「うん」
そう確認すると、ガラドアはゆっくりと小さな手を伸ばし、オレの左手に触れた。
「……怖くない!」
にっこり笑われたので、微笑み返して、もう一度折り紙に戻った。
それからは手を取るように折り方を教えるが、ガラドアはビクつくこともなく、むしろ楽しんでるように見えてとても可愛かった。
「初めてなのに上手に折れたね」
村の子供を褒めるように頭をぽんぽんすると、ガラドアはきょとんとしてからもっと撫でてほしいように頭を摺り寄せて目を細めた。
(なんだこれ…可愛すぎだろう…)
それから出来上がった紙飛行機を一緒に飛ばして距離を競うと何度やってもオレが勝ってしまい、しょぼくれたガラドアの頭をぽんぽん撫でると、すり寄るようにしてまたすぐに笑顔になった。
その後帰って来たガウが、オレにべったりなガラドアを見ていつもの無表情を崩して、ほんの少し目を瞠ったように見えた。
「ガウ!お帰り!見て、紙飛行機!エルタに教えてもらったんだよ!」
そう言ってガラドアが紙飛行機を飛ばすと、それがガウの胸にぽすんと当たる。
「…教えてもらったのか」
「うん!紙をね、折るだけでつくれるんだよ!エルタすごいんだよ!」
ガウは床に落ちた紙飛行機を拾い上げ、それから「そうか…」と言って、優しく笑った。
(こんな顔も、するんだなぁ…)
そのあまりに綺麗な顔に、胸がどくりと跳ねたのが分かった。
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