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16※ (完)
「…なんで?なんでそんなにオレの血は飲みたくないの…そんなにオレのこと嫌い…?」
こんな傷だらけで動けない状態でもオレの血は飲みたくないなんて…
オレはそんなにガウに嫌われてたのだろうか。
自分で自分が嫌になり下唇をぎゅっと噛みしめる。
「………そうじゃ、ない。吸血行為は、ほとんどが求愛行為だと言ったろ」
「でも、大怪我した時の緊急的な栄養補給とも言ったじゃん!」
ガウの言葉にすかさず反論するが、ガウは首を横に振った。
「…確かにそう言った。だがそれは、番か、もしくは好きではない相手に対してだけだ。
緊急時にでも好意がある相手に対して行えば、求愛行為になってしまうからやってはならない。
…私はお前に好意を持ってる。だからどうしてもできないんだ。すまない」
その言葉に目を瞠る。
ガウはれオレを嫌ってない?好意を持ってる?
(そんな…嘘…)
「…ガウは、オレを…好きなの?」
半信半疑で聞き返すと、ガウは「…あぁ」と小さく頷いた。
(ガウが、オレを好き…)
その言葉は徐々に自分の体に沁みわたり、さっきとは違う涙が目に溜まるのが分かった。
「…だったら尚更オレの血飲んでよ。オレも、ガウのこと好き。だったら何も問題ないでしょ?」
そう伝えると、ガウが少し口を開いて固まった。
無表情に近いからよくわからないが、驚いてるのかもしれない。
「……お前が、私を好き…?」
「うん、好き。大好き」
「…私は魔物だぞ」
「知ってるよ」
「………そうか」
それだけ確認すると、ガウは言葉をオレの言葉を飲みこむように唇と目を閉じた。
「…ありがたいが、それでもダメだ」
「なんで…」
それでも尚首を縦に振らないガウを信じられない気持ちで見つめると、ガウがゆっくり目を開いた。
「魔物の求愛行為というのは…相手を自分の番にするための行為でもあるんだ。
吸血鬼の場合、自分の牙を相手の肌に当てて傷を作り、そこから血を吸う。…その時に、相手を番にするために自分の魔力をその傷口に注ぎ込むんだ。
…血だけを貰おうとしても、好意のある相手には本能でそれをしまう。
お前から血を貰おうとすれば、どんなに気を付けても…無意識にお前を番にしてしまうだろう。…だから、できない」
真剣な眼差しで言われるが、オレはそれの何がいけないのか分からない。
「…オレはガウが好きだって言ってるじゃん。ガウもオレを好きでいてくれるんでしょう…?だったら何も問題ないじゃん。
オレはガウの番になれるなら、嬉しいよ…」
オレも真剣に答えてるつもりなのに、ガウはやっぱり首を横に振った。
「もう少ししっかり考えなくてはダメだ。…お前の私への気持ちは、一時の気の迷いかもしれないだろう。
番になるということは…私と同じ魔力や寿命を持つようになるということだ。何千年という長い月日をこれから共に過ごし、相手が死ねば自分も死ぬようになる。…一生、人間には戻れなくなるんだ。だからもう少し冷静に、考えなければいけない」
(自分が、人間でなくなる…)
魔物の番になるとは、そういうものなのか。
全然知らなかったが…魔力を注がれることで、体が相手に合せて変わってしまうということなのだろうか。
それを聞かされてしまうと、確かに一瞬怯んでしまう。
だけどこんな瀕死に近い状況でもちゃんとそれを省かずに説明してくれるガウの優しさは、確かにオレの胸に響いた。
「…それを言われたら、確かに怖いよ。
でも、オレはガウと一緒にいたい。この気持ちが気の迷いだなんて思わないよ。…だって誰かをこんなに好きって思ったの、ガウ以外にいないから。
…だから、吸うのがダメなら…これ飲んで…!」
オレはそういうと近くにあった枝を折り、左手の甲を傷つけると、ガウの口に落ちるようにと血を滴らせた。
右手で傷口から血を絞り出すようにしながら真っ直ぐに赤い瞳を見つめると、その瞳が段々と涙の膜で覆われるのが分かった。
(ガウが、泣くなんて…)
驚いていると、ガウの右腕がゆっくりと伸びてきて、オレの腕へと触れた。
「…ありがとう、エルタ」
唇に落ちたオレの血を、ガウは拒むことなく飲みこんでくれた。
手に付けた傷が浅かったのかすぐに血が止まってしまい、慌ててもう一度傷を作ろうとすると、ガウにこれで充分だと止められる。
まだ真っ青なままの体をゆっくりと起こすと、ガウの左翼は今朝見た時の様に綺麗な形に戻っていた。
右胸の血も完全に止まり、銃の跡は残っていたが傷口は完全に塞がっている。
「すごい…血なんて、ほんのちょっとだったのに…」
改めて魔物の生命力に驚いていると、
「好きな相手の血は他者の何十倍の効果があるし、甘いんだ。他の血だったらこうはいかない」としれっと言われたが、
自分のことを好きなのだと改めて言われた気がして、なんだかむず痒くなった。
「…こんな傷をつけさせてしまってすまない…お前が機転を利かせてくれたおかげで助かった」
労わるように左手の傷口をそっと撫でられると、ピリっとした痛みが走る。
「んーん。これでガウが助かるなら、なんてことない。オレのがいっぱい、ガウに助けられたし」
オレの言葉を聞くと、ガウは握った手を自分の唇へと運び、傷に触れないように口づけをした。
「………っ」
「………エルタ。本音を言えば、お前の気持ちが変わらないうちに今すぐお前を番にしたい。
…だけど私には、それをする勇気がない。
番にするということは、人間でなくしてしまうということ。…それは今日みたいに、"人ならざる者"として人間に命を狙われる可能性もあるということでもあるんだ。
私はいつか、そんな世界を変えられると信じているが…私の耳を傾けてくれる者も、賛同してくれる者もまだ少ない。
聞く耳を持たない者や反対する者の方がよっぽど多いし、そんな思想は危険だと潰そうとしてくる者もいる。
…人間と魔物とが共に暮らせる日が本当にくるのか…それを目指すことが本当に正しいのか、それで本当に皆が幸せになれるのか…正直、わからなくなる日もある。
なのに、お前を番にして…そんな渦中に巻き込んでしまうのが、1番怖い」
ガウの赤い瞳は、血を飲んだせいかいつもよりも熱っぽく、生命力に溢れていたが、僅かに迷い揺れていた。
握られていたガウの手を、ぎゅっと握り返す。もうその手は、冷たくなかった。
「…いろんな考えがあって当然だと思うし、オレだって、何が正しいのかなんて分かんないけど…でも今日みたいに、何もしてないガウが魔物ってだけで傷つけられる世界はやっぱりおかしいと思うし、オレもそんな世界を変えたい。―…オレもガウと一緒に、魔物と共存できる世界を目指したい」
ぶれることなくガウを見つめ返すと、ガウがふっと目を細めて笑った。
その笑顔は今まで見たどんな笑顔よりも美しく、愛おしかった。
ガウは綺麗な動作でその場に跪くと、持っていたオレの手を額に押し当てる。
「…すぐにとは言わない。いつか、お前の気持ちが固まったら、私の番になって欲しい。私に…ついてきてくれるか」
プロポーズのようなその言葉に、ぶわっと目に涙が溜る。
オレを見上げるガウの瞳にもう迷いはなく、まっすぐオレを見つめていた。
溢れ出る想いでいっぱいで、言葉を出せずに大きく頷くと、立ち上がったガウにぎゅっと強く抱きしめられた。
魔物のことも、番のことも、共存のことも…
オレにはまだまだ知らないこともたくさんあるし、オレが思ってるほど簡単なことではないんだろう。
特に共存は…どんなに願っても、今まで長い年月をもって作り上げられた確執や互いに対する恐怖心は、そんなに簡単に消えて無くなるものではない。
これから先、きっと幸せなことだけじゃなく、辛いことも苦しいことも、大変なことも悩むこともたくさんあるだろう。
それでも、オレはガウと一緒なら…きっと何だって乗り越えられる。
とくん、とくん…と抱きしめるガウの心音が聞こえて、その音を聞いているだけで、大丈夫だって、そう思えた。
「ありがとう、エルタ。…帰ろう。きっとガラドアが1人で泣いている」
「……うんっ」
急いで家に帰ると既に目を覚ましていたガラドアが1人、寂し気にリビングに座っていたが、
ガウとオレを目に留めた瞬間、「…おかえりなさいっ!」と泣きながらオレに抱き付いた。
「…ただいま」
小さな体を抱きしめながらそう言葉にして、改めてオレはここでガウとガラドアと共に生きていく決意を固めた。
これから先、いつかガウの願うような人間と魔物が共に暮らせる未来が来るだろうか。
…いつかガウの番になるのだろうか。
それともそんな未来はこないのだろうか。
未来のことなど誰も知らないし、誰にもわからない。
だけどたとえどんな未来が待ち受けていようと、今日のこの決断だけはきっと、後悔することはないだろう。
***
それから数百年の時が過ぎ、
人間と魔物が共に手と手を取り合い暮らすようになってから、200年目となる記念すべき日を迎えた。
この200年の間にシスをはじめとする医師の力により、魔物の再生能力を人間の治療に生かす術 はいくつか確立されたが、人間本来の寿命を延ばすことはどうしても難しかった。
そのため、今を生きる人間は、昔人間と魔物が時間を分けて暮らしていた時代を知る由もなく、共に暮らすことが当たり前と考えている者がほとんどで、この日が何の日なのか覚えてない者も多い。
しかし寿命の長い魔物はその時代から生きている者の方が多いため、いつまでもこの日を忘れることはなかった。
200年前のこの日から変わった世界。陽の当たる場所に出られるようになった日。
この200年の間、決して良いことだけがあったわけではなかった。
共に暮らそうとしても、初めは魔物を差別し、迫害する人間も少なくなかった。
人間を差別する魔物や、今まで通り人から離れた場所で暮らそうとする魔物もいた。
やっと互いが打ち解けてきたかと思うと、人間の寿命が魔物に比べて格段に短いせいで、生涯の間に沢山の人間と死別しなければならないことに耐えられないと言う魔物も多かった。
それでも今、こうして共に暮らすことが当たり前となり、魔物だからと言う理由で殺されることも、人間だからという理由で怯えられることもなくなった。
この未来は、あの日2人が望んだ未来になっているのだろうか。
平和な世界に近づけただろうか。
この記念日に過去を振り返る魔物は多いが、その日を気に留めない人間は多い。
だがその記念となる日を忘れる人間でさえ、ある夫婦の存在を知らない者はいなかった。
魔物と人間が共存できる世界への立役者となった魔物のガウェンと―…その番で元人間である、エルタ。
種族を超えて愛を育み、世界を変えたその2人は、今も尚世界の平和のために共に支え合いながら日々尽力しており、その仲睦まじく慈愛に満ちた夫婦の姿は世界中の憧れとされていた。
そんな2人の名前は、数千年後に2人が亡くなった後も尚、教科書や歴史に刻まれるだけでなく、理想の夫婦の象徴として永遠に語り継がれていくことになるのだがー…
そんなことは、今はまだ 誰も知らない。
終 2016.02.11
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