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「……っガ…!」 咄嗟にガウ!と叫ぼうとした口を、瞬時にガウの手で覆われる。 そのまま言葉を飲みこんでガウを見つめると、ガウが顔をゆるゆると横に振った。 「…言っただろ、さっき。約束だ」 「……っ」 " もし人間と会ったら…他人のフリをしろ " " お前は人間と帰るんだ " さっきガウが言った言葉を思い返して顔を顰めて狼狽えると、ガウが無言で頷いた。 「…元気でな」 それからそうぽつりと呟いて、オレの口から手を離した瞬間… 「その子から離れろと言ってるだろう…!!」 パン、パン!!と、また大きな音が響き渡った。 それを合図にガウはオレに背を向けて、数歩下がったところで羽根を広げ空へ飛び立つ。 この木に囲まれた場所では羽根が完全に広がりきらず、木々にぶつかるようにして飛び辛そうに空へと昇って行った。 「大丈夫か?!」 銃を持った人たちがオレに近づいてくる音が遠くで聞こえる。 足音とともに何回か発砲音が聞こえたが、幸いにもガウには当たらなかったようだ。 他人のフリをしろと言われても、オレはどうしてもガウから目を離すことができなかった。 (ガウ…あんなに血が出て…っ) 木々よりも少し高く上がったガウは森の奥へと向かい始めたが、来た時ほどの高度やスピードがなく、フラフラ揺れているように見えた。 「あぁ、くそ。仕留めそこなった。…でも良かった。どこも怪我はしてないようだな」 「よかったよかった。あと一歩遅ければ間に合わなかったかもしれないよ」 「どうして1人でこんな時間に森にいたんだい…助かったから良かったものの…」 オレの元にやって来た3人の言葉。 その言葉で、オレを魔物から助けるつもりでガウを撃ったのだとわかる。 人間界では、当たり前だったその考え。  (だけど…ガウは皆が思ってるような魔物じゃないのに…) 何も知らない彼らを責めることはできず、どうしようもなくやるせない気持ちでいっぱいで、自然と目に涙が溢れる。 (なんでこんなことになちゃったんだ…) こんな別れ方望んでなかった。 ちゃんとお礼を言いたかった。 またねって言いたかった。 ガウに傷ついてほしくなかった。 …こうなるって分かってたら、もっと早く別れたのに。 手のひらをぎゅっと握りしめ堪えようとしても、ほろほろと溢れ出す涙が止まらない。 「おぉ…怖かったな。これに懲りたら、1人でこんな時間に出歩くんじゃないぞ」 「しかし人型の魔物がこんなところに来るなんて、ビックリだな…他にもいやしねぇかな…」 まだ周りに魔物がいるかもしれないと警戒し始めた彼らに何も返事ができず、涙でぼやける視界で必死にガウの行方を追う。 すると、突然、ガウの体がふらりと傾いて、そのまま森の中へと落下した。 「………っ!!」 考える間もなく、体が先に走り出す。 「え、おいボウズ!どこいくんだ!」 「待て!危ないだろ!!」 周囲を警戒してガウから目を離していた3人は、ガウが落下したことには気づいてないようだ。突然走り出したオレに、ただただ驚いていた。 ガウの倒れた方向へ一直線へ向かうように、道なき道をかき分けて突き進む。 後から呼び止める声が聞こえたが、彼らは森を警戒しているせいかオレの様に我武者羅に森の中へ進んでくることはなく、徐々にその声は遠のいて、聞こえなくなった。 「ガウ…ガウ…!」 どこだろう。こっちの方向だってことは分かるのに、どの辺に落ちたのか全く見当もつかない。 草をかき分け名前を呼んでも、返事はない。 ただひたすらに足を動かす。 治ったばかりの足が悲鳴を上げたが、休めることはしなかった。 「ガウ、どこっ…ガウ…」 気がついたらガウと出会った場所に出た。 ガウの家はこっちの方向だった筈だから、ガウが飛んで行ったのもこっちで合っているハズだ。 崖に注意しながら先へ進むと、遠くの方に草が沈んでいるような場所が見えた。 よく見ると、羽根のようなものが少しだけ草から少しはみ出して見える。 「…ガウ…?ガウ…!!!」 近付くと、そこにガウの姿があった。 左側を地面につけるようにして倒れているガウ。 空から落ちた時に痛めたのだろうか。左の羽根が不自然な形で曲がっていた。 慌てて抱き起すと、右胸からの血は止まっておらず、周りに血が溜っており、元々白いガウの顔が青白く見えた。 「ガウ、大丈夫?!ガウ…!」 オレの声にガウがゆっくりとまぶたを持ち上げる。 (よかった、意識はある…) 危険な状況に変わりないが、それでも少しだけほっとする。 「……何故、戻って来た」 息を吐き出すように絞り出された声。震える長いまつ毛で影が落とされたガウの赤い瞳は、今にも消えてしまいそうな蝋燭の火の様に感じた。 「ガウが…森に落ちるの見えたから…血だってすごかったし…オレを送ってくれたせいで、ごめんっ」 耐え切れずにこぼれたオレ涙が、ガウの頬を濡らした。 それとは比べられないほどのたくさんの血がガウの右胸から流れ、オレの太ももを濡らす。 流れ出る血は温かいのに、触れているガウの体が尋常じゃないほど冷たい。 「…お前のせいではない。…あの人間たちは、きっとお前を助けるつもりだったのだろう…? この時間帯に人間に会えばはこうなる可能性があるかもしれないと分かっていたのに、油断してしまった私が悪いんだ。だから、泣くな…」 なんでこんな時でさえ、ガウは人を責めることをしないんだろう。心臓がぎゅっと締め付けられる。 「でも…だって、ガウ…血が止まらない。どうしよう…このままじゃ、ガウ死んじゃう…っ」 一向に止まる気配のない血を止めようとガウの右胸を手で抑えると、ガウは一瞬顔を歪めてから少し目を細めた。 「…大丈夫だ。魔物はこの程度のことで死にはしない。…魔物は脳か心臓を撃ち抜かれない限り、数千年の寿命の間は不死に近いんだ。だからどんなに血が流れようと死ぬことはない。…流石にこの傷はすぐには塞がらないが、しばらく休んでいれば治る。魔物の再生能力が高いことは、お前も知っているだろう」 その言葉を聞いて、はっとあの時のことを思い出す。 (そうだ…ガウはあの時…) シスさんが作った傷口、ガウはシスさんの血を飲んで、それで… ごくり、と息を飲む。 「…ガウ、オレの血を吸ってよ」 その言葉に、ガウは重たそうにまぶたを少し持ち上げた。 「何もしなくてもしばらくすれば治るかもしれないけど…でも今のままじゃ空も飛べないし、動けもしないじゃん。このままの状態でまた人間や動物に見つかったら…今度こそ死んじゃうかもしれない。 前にガウはオレのこと好きじゃないからオレの血は飲まないって、言ったのかもしれないけど…でも緊急時には治療用として飲むことがあるんだよね?だったらオレの血を飲んで、傷治してよ」 意を決したオレの言葉にガウは少し瞳を揺らしたが、まつ毛を伏せてから、ゆるゆると首を横に振った。 「…ダメだ。お前の血はどうしても吸えないんだ」 呟かれた言葉が、ひどく心に突き刺さった。

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