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9.明けの禊ぎ(後)

「さあ、こちらへ」  滝壺の近い場所に浅瀬があった。  滝の下へ歩けるように平らな石が並べられていた。どどどどと激しい音を立てる滝の裏側を通り、反対側へ渡った。そこから滝の表に出る。 「ここならば水量が少ない。俺も今日はここで打たれる。水の下に入るまでは手をつないでいてやるし、見ていてやるから安心しろ。まず滝に一礼だ」 「わかった」  手を合わせて滝に礼をする。だが最初の一歩が踏み出せない。  近くに来て思い知ったのだが、小なりといえど滝にはそれなりの水量と勢いがあるのだ。  隆人に強く手を握られた。顔を仰ぎ見ると穏やかに微笑っている。 「俺たちの滝行は清めの塩は使わない。九字も切らない。印も結ばない。真言も般若心経も唱えない。ひたすらに鳳凰和合のイメージを頭に浮かべる。それだけだ」  じゃぶじゃぶと足下で水音を立て、滝の発する細かい水滴を吸いながら、隆人に続いて落ちる水に入って行く。  引かれた手に水がどどどっと叩きつけてきた。それから腕、肩と頭へ水がぶつかってくる。  隆人の手が離れた。  思わず両手を組み合わせた。  正直痛い。重い。耳が聞こえなくなるくらいの水音だ。目をつぶって必死に耐える。  呼吸するので精一杯で、とても何かをイメージする余裕はない。  しかし何かを感じた。何かが押し出されていくような圧力。  自分を導いてくれる隆人。その隆人に、時に子ども染みた嫌みをいう自分がひどく幼く感じられた。  まだひとりの脚では十分に立っていないような気がする――ぼんやりとそんなことが浮かんだ。  ひとりでしっかりと立って隆人を支えていきたい。そう思う。  頭の中が徐々に白くなっていく気がした。  何かに手を捕まれ、はっとした。  ぐっしょりと髪を濡らした隆人に滝の下から引き出された。 「終わりだ。よく耐えたな」  体が軽くなった気がした。なんだか全身が熱を発している気がする。 「最後にまた一礼だ」  隆人に倣い、手を合わせて頭を下げる。  また隆人が手を引いてくれた。 「何分くらい打たれてた?」 「二、三分だろう。初めてにしてはがんばったな」  ほめられると単純にうれしい。  自然と笑みが浮かぶのがわかった。  隆人がそんな遥の顔を見つめている。 「すっきりした顔をしている」 「うん、やる前より気分がいい」 「それはよかった」  隆人も機嫌がいい。  すっかり夜が明けてまぶしい夏空の下、手を繋いだまま木戸へ戻った。

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