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13.花火(前)
昼の禊ぎは穏やかに済んだ。
禊ぎ備えの部屋で白の浴衣を着せられ、禊ぎの場へ出てすぐ全裸になって禊ぎをする。この無駄とも思える手順には内心閉口したものの、慣れるしかないと諦めた。
それが終わると、また精進料理のような昼食が出た。
早起きをしたせいか、遥はうとうとしてしまったが、とがめられることはなかった。それどころか「眠るなら布団を敷くぞ」とまで言われた。
「いや、さすがに儀式と名のついた行事中に、堂々と昼寝する気にはならない。遠慮する」
そう答えると、隆人が微笑んだ。
それに午後四時には明けの禊ぎから半日と言うことで、禊ぎの場で手を清めるという。ゆっくり寝ている暇はない。
そして午後四時、遥は隆人と禊ぎの場にいた。流れる水に手をさらし、汚れを祓う。
隆人が小声で指示をくれた。
「両手で水をすくって水を飲め。真似でいい。着物が濡れても気にするな。水が与えられていることに感謝をして、いただくんだ」
遥は無言で頷き、両手を結んで水をためる。そして言われた通り口に運び、唇を濡らして水をあおる。喉が濡れて衿の中に入る。
(豊かな水をお与えくださいましてありがとうございます。願わくはこれより後も水をお与えください)
同じように水をあおった隆人が、手をさしのべて立ち上がらせてくれた。
禊ぎ備えの部屋に戻ると、襖に隠されていた浴室に通された。
「鳳の部屋も同じなのか?」
「はい。そのはずです」
ガラス戸の向こうで俊介が答えた。
すぐに風呂を上がると、着せつけられたのは新しい着物だった。
「さっきの着物は?」
「襟元が濡れましたので、手入れに出します」
何の疑問も感じていないようすの俊介の返事に、儀式の手間の大変さをかえって感じさせられた。
鳳凰の間に戻り、六時に夕食となった。
これもまた魚や肉はない。豆腐やこんにゃくなどをいわゆる生臭物に見立てた料理である。
ただそれまでと違ったのは酒がついたことだった。お猪口に一杯ではあったが、フルーティーで飲みやすい日本酒だった。
酒を飲むことなどなかった遥は、たった一口で胸がかっと熱くなる感覚に驚いた。さらに口にしようとした時――
ドンとどこかで音がした。
たぶん花火の音だ。
そういえば朝から何回か聞いたような気がする。
「花火大会があるのか」
「ああ、そうだ」
「へぇ」
見たい気はした。だが儀式中だ。わがままは言えない。
だが試し打ちらしい音が何度も聞こえると、そわそわしてしまった。
花火など高校の時以来見たことがない。
「我が凰は花火鑑賞を所望か?」
からかうように隆人が言った。思わず口が尖ってしまう。
「悪いか? もう十年近く見たことがないんだ」
「そうか。それならば見せてやろう」
「え? いいの?」
隆人が笑った。
「あれは鳳凰様に捧げる神事の一環だ。人の鳳と凰も見るのは当然のことだ。行くぞ」
立ち上がった隆人が鳥籠の出入り口に迎えに来てくれた。手を取られて、鳥籠から一段下りる。
「通る」
隆人が一言命じると、襖がさっと左右から開かれた。
廊下に明かりがずっと連なって灯されていた。幻想的な灯りの道だ。
「うわっ」
思わず声が出た。
「これを辿っていけばいい」
きょろきょろしていた遥に隆人が言った。
灯りは最奥と中奥を隔てる木戸をも越えていた。世話係が木戸を開け、中奥を進んでいく。
どこへ行くのかわからぬまま灯りの中、隆人の後をついていった。
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