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第1話
「ただいま」
ようやく仕事が終わり、自宅へたどり着いた。今夜はリョウが来ているからなるべく早く帰りたかったのに、かなり残業する羽目になってしまった。
いつものように弾む声で飛んでくるのを予想していたのに、その気配はない。用があって帰ってしまったのだろうか?でも鍵はかかっていたし……
「アヤあ」
泣き出しそうな声がかすかに聞こえる。でも、どこから?
「リョウ?いるの?」
「ここにおるよ、アヤあ」
声がする部屋の中へ進んでいくと、ベッドの上で何かがぽふんぽふんと跳ねている。
「アヤ、おかえり!ってか俺なんかこんなんなってもて」
アヤの小さな瞳が目いっぱい見開かれた。それもそのはず、ベッドで跳ねていたのは栄養ドリンクの瓶ぐらいの大きさになった、恋人・リョウだったのだから。
「……なにやってんの」
かろうじて、それだけ言えた。だがそのセリフにリョウは憤慨した。
「そんな言い方ひどない?好きで自分からこんなになったと思う?」
「うん……リョウのことだし」
「なるほど、俺やし一理あるな……ってなんでやねん!」
様式美のノリツッコミはこんな非常時でも忘れないところが生粋の大阪人だ。
「ちゃうねん、いつもみたいに掃除とか洗濯とかしててんで、ほんでちょっと休憩~ってベッドに寝転んだらうたた寝してもてたみたいで、起きたらこんな」
言葉を裏付けるかのように、朝出ていった時とは同じ部屋は思えないほどに片付いているし、山のように積み上がっていた洗濯物もきれいに干されている。
「ありがとう。それにしてもどうしてこんな……」
「わからへん。けどこのまま戻らんかったらどないしよ……」
眉を八の字に下げて下唇を突き出し、半べそをかきながらちょこんと座るリョウは、こんな時になんだが可愛い。
「おいで」
手を差し伸べてみると、すぐさま掌に飛び乗ってきた。
「も、もし戻れんかったら、やっぱり、わ、別れっ」
口にしたくもないというように言葉を濁すリョウに、アヤはくすっと笑って人差し指で頭を撫でた。
「戻らないとわかった訳でもないのに、そんなことまだ考えなくていいでしょ」
「うう」
両腕で手首にしがみついて来た。まるで離さないで、とでも言いたげに。その様子もまた愛らしく、アヤは目を細めて背中を撫でた。
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