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うすのろ。

「早くしなさいな、このうすのろ!」 「いつまで寝ているんだい。役立たずだね、お前は!」 「どう? 気に入った? 貴方の為を思って手紙を焼いてあげたのよ?」  セシルの頭の中で耳を劈く声が響く。 「……っひ」  頭が痛い。  割れそうだ。  セシルは身を強張らせ、身体を丸めて蹲る。  すると、丸まった背中にあたたかな《《何か》》が触れた。  その《《何か》》は、セシルの背をゆっくりと上下に撫でる。  少し荒削りで不器用な《《それ》》。  けれどもそれがどこかくすぐったくさせる。  気が付けば、もう耳を劈くあの金切り声も聞こえない。  優しい、あたたかな大海原にいるようだ。  母親の胎内にいる感覚がする……。  恐怖で噛み締めた唇が緩む。  そっと手を伸ばせば、その手を絡め、引き寄せてくれた。  厚みのあるあたたかな体温を感じてそっと頬を滑らせる。  深い息遣いが聞こえる。 (あたたかい)  顔を埋めれば、頭のてっぺんに弾力のある何かが触れた。  聞こえるのはリップ音。  自分は愛されているような気分になる。  背中に力強い腕が回る。  どうやら自分は誰かに抱きしめられているらしい。  それでもいい。  どうかその手を放さないで。  セシルはそう願い、目を閉ざす。  やがて明けるだろう朝を願ってーー。  《うすのろ。*END》

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