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じゅう

触れあっている部分から聞こえる彼の鼓動が、荒れた心の中を少し落ち着かせてくれる。 分かってる、晴臣君が俺に嘘をついていないのは分かっている。 けれど、納得がいかない。 「……………いるじゃん。」 「え?」 「彼女!……さっき遥って呼んでたでしょ。」 何のことか分からないみたいな声が聞こえて、思わず下から睨みつける。 俺は見た、晴臣君の部屋から気だるげな女性が出てきたのを。 そして聞いた、その人を親し気に呼ぶ晴臣君の声を。 お似合いのカップルだと自分の想像にまた泣きそうになっていると、呆けていた彼が突然爆笑し始めた。 心底面白いといった笑い声がしんとした空気を払拭していく。 「アハハハッ、あれっ、あれは姉です!」 「………おねぇさん?」 「そうです、おねぇさん!そんな歳じゃないですけどね!!」 え、お姉さん?あの美人さんが?? 「姉ちゃん三日前から家出してきて、今日は樹さん来るから帰れって言ったんですけど聞かなくて。」 え、じゃあ何であんなにパジャマ乱れてたの。 「インターフォン鳴る直前まで寝てたんです。姉ちゃん寝相すこぶる悪いから、起きてくるといつもあんな感じなんですよ。」 「…………そうなんだ。」 なんだ。そんな事だったんだ。 俺が勝手に暴走していただけで、全然彼女じゃないじゃん。 「嫉妬、してくれたんですか~?」 そうだよ大人気なく嫉妬なんかして。 ん?嫉妬?? 「いやーまさか、樹さんがこんなに俺を好きになってくれてるとは思ってなかったです。」 「ちょ、ちょちょっと待って!」 「そうですか。俺に彼女が出来たと思ってこんなに泣いちゃったんですね!可愛いなぁ~!」 デレデレと愛猫を可愛がる飼い主の様な晴臣君に撫でられながら、俺はどうやら大失態を曝したことに気が付いた。 あぁぁぁぁぁ、誰か数分前の俺を夜空へホームランさせてくれ!! 年上の余裕もへったくれもない状態に悟りさえ開きそうになっていると、優しく頬に手が触れた。 「樹さん。」 あぁ、誰が見たってこの顔は俺を好いている顔だ。 そして俺も同じ表情をしているんだろう。 晴臣君はとびきり甘い声でお願いする。 「返事、聞かせて下さい。」 土下座なんて無くたって、この人の望みなら何でも叶えてみせる。 「好きだよ、晴臣君。」 狭い、真っ暗の玄関先で、俺達は気が済むまで唇を触れ合わせていた。

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