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きゅう

正座し、両手を地面につけ、その上にぴったりと額をつける晴臣君。 いつか見た光景。 けれどあの時とは違い、今は怒りしか感じない。 「なんだよ、今度は何を頼みに来た。」 ピンと張られた背筋のまま上体を起こした晴臣君は、あの日と同じく鋭い視線で俺を見つめる。 「付き合ってください。」 息が止まる。 そしてその言葉を反芻すれば、度を越えた怒りが笑いへと変換されて、口から出て行く。 「なに、どこへ付き合えばいいの?」 「そういう意味じゃないです。恋人としてお付き合いさせて下さい。」 「ははははははは!!」 腹が痛い。 「お前っ、それ頷くと思うの?俺が!?流石にそこまで馬鹿じゃないよ、っあはははは!!!」 心も痛い。 「好きなんです、あの日からずっと。」 「だーからふざけるのも大概にしろよ!」 もう、帰ってほしい。 「ふざけてません!」 「ふざけてるだろ!!!!!」 目を見開いて固まった晴臣君にぷちりと何かが切れた。 あんなに可愛い彼女がいて俺に告白?そんなの信じられる訳が無い。 大体、あの篠原とかいう女のことだって本当かどうか。 あの日の朝から全部、何もかも嘘だったんじゃないのか!? 勢い任せに言い切って、肩で息をする。 言ってしまった。 俺は、晴臣君がそんなことする子じゃないって、篠原さんに嘘をついたのだって、本当にギリギリまで悩んで決めたことだって知っているのに。 自分の感情に耐えられないから周りに当たるなんて、大人失格。 社会人が聞いて呆れるよ。 明かり一つもついていない飾りっ気の無い玄関には、重苦しい空気が満ちている。 こちらを貫いていた意思がこもった視線も、もう地に落ちてしまった。 俺はそのつむじに謝ることも出来ず部屋へ向かおうとすると、力強く腕を引かれた。 「樹さんが好きなんです!」 「っな!」 体勢が崩れる俺をしっかりと抱きとめた晴臣君は、何度も何度も俺が好きだと繰り返した後、薄っすらと幕が張った目でこちらを見る。 「俺、篠原さんには嘘ついたけど、樹さんには一個も嘘ついてません。 水族館の時も、俺の部屋で飲んでる時も、一言も嘘ついてません。」 絶対に離れたくないとばかりに俺の顔を胸に抱き込む。 「樹さんに笑っててほしいって言ったのも、可愛いって言ったのも、どれもこれも俺の本心です。お願いします、信じて下さい。」 涙の滲む声が、ぎゅうぎゅうと胸が締め付けられた。

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