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第2話

 夢川(ゆめかわ)(おさむ)は恋多き男、と呼ばれている。  しかし、残念ながら、その恋が幸福な結末を迎えたことは一度もない。  高校のときに恋したΩの少年は、とても良い匂いがした。  『運命』に出会えたのだと歓喜したが、彼は他のαの番となった。  ……のちに、その恋した少年はΩフェロモンを増強するサプリメントを飲んでいたと判明した。あの香りは紛い物だったのだと知った時のショックはさすがに大きかった。  それから、匂いには気をつけるようにした。  昨今ではフェロモンを増幅したり、ファッションのように自在に変える薬まであるらしい。怖い世の中である。  大学のときに恋した相手は、触れた瞬間、手に電流のような痺れが走った。  今度こそ『運命』だと思い、付き合いを申し込んだ。  しかし、婚約までした相手だったのに、……あろうことか、相手に『運命』が現れて振られてしまった。  『運命の番』は一人ではなかったのか、と愕然としたが、「あなたは俺の運命の相手じゃないよ。電流? ……あれはただの静電気。乾燥した冬の日だったし、俺、静電気体質なんだよね。痛かった」と言われてしまった。  ……さすがに落ち込んでやけ酒を浴びるほど飲んだあげく道端で吐いてそのまま路上で意識を失い、あわや凍死しかけていたところを、長い付き合いになる部下(その当時は後輩)に回収され九死に一生を得た。  だが、命の恩人たる部下は辛辣だった。 「あんたにもしものことがあったら、俺があの腹黒会長に何されるかわからないんですからね! しっかりしてくださいよ。まったくもう! だいたい婚約破棄の一回や二回くらいなんですか。今更副会長の恋愛的黒歴史が一つや二つ増えたって呆れるくらいで誰も驚きませんよ」  (みずか)らの保身しか頭にないひどい言い草である。  黒歴史とは失礼千万な。というか全般的に失礼なことしか言っていない。  ……今までの恋愛に恥じるところなどどこにもないのに。  どれもこれも本気だった。  好きだった。  大切にしていた。  なのに、気持ちは届かない。  いつだって、――届くことはなかった。 「君に私の気持ちはわかりませんよ」  ……自分の気持ちばかりを大事にしていたから、そのとき彼がどんな表情を浮かべたのか見ようともしなかった。だから、彼が寂しそうに笑っていたことを、夢川は知らない。

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