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運命の分かれ道 ②

 呼び出し音が耳の中で妙に大きく鳴り響いた。それが続くほど、自分の緊張も増してくる。5回ほど鳴ったところで、ぷつりと呼び出し音が途切れた。 『……もしもし』  久しぶりに聞いた亜貴の声だった。 「亜貴? 俺」 『おん』 「……あんな……」 『……おん、どうしたん?』 「この前の……ってもう大分前やけど。お前に酷いこと言うたのを謝りたかってん」 『…………』 「信じてもらわれへんかもしれんけど。あれは俺の本心ちゃうから」 『……やったら、なんであんなこと言ったん?』 「それは……ごめん、言われへん」 『…………』 「やけど。お前のことうっとおしいと思ったことも、お前にうんざりしたことも今まで一度もないから」 『……なんで言われへんの?』 「え?」 『あんなこと言った理由、なんで言われへんの?』 「……言うたら……お前が困るから」 『…………』  数秒、沈黙が続いた。俺は話題を変えた。 「この前、久しぶりに由美と話してん」 『……由美ちゃん?』 「おん。別れてからまともに話してへんかってんけど。偶然、会ってん」 『そうなんや』 「ほんで、そん時にあいつ、変なこと言うてたで」 『そうなん?』 「おん。なんか、お前に興味あったらしいわ」 『……どういう意味?』 「お前が善の塊みたいに見えてんて。自分とは真逆やから気になったんやって」 『……なにそれ。そんなん、ぜんぜん気づかへんかったわ』  やけど。由美ちゃんらしいな。そう言って、亜貴が小さく笑う気配がした。亜貴が笑ってくれた。それだけで、俺はなんだか嬉しくなった。 「ほんでな。最初はお前を観察しとったらしいねんけど。なんかに気がついて、俺の存在にも興味が出たらしいで」 『なんかって何?』 「それが教えてくれへんかってん。やけど、お前に関することやからお前は分かってるはずやって」 『俺?』 「おん。やからお前に聞け言われた」 『……どういうことやろ』 「さあな。わけ分からんやろ?」 『……由美ちゃんって……洋介に似てるよな』 「そうか?」 『おん。ちょお冷めてるところとか、我が道行くところとか。あと、意味深なとことか』 「俺、別に意味深ちゃうやろ」 『そうやで。いっつも核心は話さへん』 「そうか?」 『おん』 「まあ……似たもの同士やってよう言い合ってはいたけどな」 『……やから、ちょお妬けた』 「……え?」 『2人が似てるから。俺の分からへんところで分かり合ってる気がして』 「…………」 『俺の方が長い付き合いなのに』  亜貴がそんな風に感じているなんて思ってもみなかった。 『洋介が覚えてるか分からへんけど。ずっと前、俺が勝手にDVD借りてきて待ってて、勝手に腹立てて帰ったときな。嫉妬してたんもあるし、あと……匂いがしてん』 「匂い?」 『……おん。洋介のいつもの匂いやない、たぶん、由美ちゃんの匂い』 「…………」  あの時のことを思い出した。亜貴が俺の隣に座ってすぐに、なぜか怒り出して帰っていったんだった。なんで怒っているのかも分からないまま、亜貴の機嫌が勝手に直って、うやむやなままになっていた。 『その匂いがしたときにな。なんか……洋介やけど洋介やない気がして嫌やってん』 「……なあ」 『……ん?』 「俺の匂いってどんなんなん?」 『言ったやん、昔。花みたいな匂いすんねん』 「どんな花?」 『そうやなぁ……あ、シロツメクサみたいなん』 「シロツメクサって……クローバーの?」 『おん。あの冠とかよう作る白い花な』 「ああ、あれな」 『甘くてちょお草みたいな匂いもしてめっちゃ安心する匂いやねん』  と嬉しそうな声音で亜貴が言った。その声音が幼稚園の頃の『アキ』の声と重なった。

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