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紫の章3
「お前が毎日の様に、紫龍園 に行っていたのは知っていたが、まさか本当に青龍を連れてくるとはな」
「はい、陛下登極の際に行った星見で、陛下の星位置 と青龍の星が大きく重なり合いましたので、これは、もしやと思い、僭越ながら紫龍園に弟子のシィンと共に日参しておりました。そして、今朝、紫龍園で青龍様が紫龍草の中、横たわられているお姿を発見したのでございます。
私も実際目にした今も信じられない思いですが、黄金の二本の角も、青空をガラス玉に写し込んだ様な澄み切った瞳の色も、鋭く尖った三本の赤い爪も、全身鮮やかな瑠璃色の鱗に覆われたお姿も、全て伝承通り!
陛下は幼少の頃から、龍王の器と噂されるお方でしたが、本当に青龍降臨の瞬間に立ち会わせていただくなどっ!このグアン!!この上ない喜びでございます!」
グアンは、また例の袈裟の星に手を当てて上を仰ぎ見るポーズをしながら、捲し立てた。どうやら、興奮しやすいタチらしい。
一方、葵はグアンがどんどんヒートアップするのを、冷静に見ていられる自分に驚いていた。
『陛下』から漂う甘く芳しい香りは、以前の葵だったら狂おしくも恐ろしい衝動に駆られていたが、この姿のせいか、今は性的な衝動は一切起こらない。
あの恐ろしい衝動がなくなってみると、この甘い香りは心地良いものでしかなく、好ましい感覚でしかなかった。
それに『陛下』の香りは、今まで嗅いだアルファのものとも少し違うようで、優しく、瑞々しい、少し紫龍草にも似た香りがする。
もっと嗅いで見たくて、葵が首を上に向け鼻を鳴らすのを見たグアンが、更に凄い勢いで陛下に迫った。
「あぁ!陛下!!この仕草はまさしく青龍様が、陛下の元に降り立ちたい、という仕草でありましょう!!
ささっ!!どうぞ!!」
グアンが葵を床に置き、陛下の方に向かって手を差し出した。正直、口の中の紫龍草もそろそろ無くなって、尾に触れられるのが気になってしょうがなかったので葵はホッと息を吐く。
グアンの仕草から察するに、今度は『陛下』に葵を抱っこしろと言っているらしい。
しかし、当の『陛下』というと、無言でこちらを見下ろしたまま微動だにしない。
周りが期待と興奮に満ちた目で、こちらを注目しているのが分かったが、『陛下』は何を考えているのか分からない紫の瞳で、葵をただじっと見つめ続けるだけだった。
「陛下…?」
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