葵が訊ねると黒い蛇は人間のようにニタリと笑った。長く細い舌が赤くうねっているのが見えて、何とも薄気味悪い。 「あんたが山に来たら教えてあげますよ。 それまでは、そうだな……クロちゃんとでも呼んでください」 「山？お前は山にいるのか？」 「そうっすよ。国を分かつ山脈にも山の民ってのがいるんだ。あいつは教えてなかったようですけど。チキンな王様の為にもあんたは早くこっち来た方がいいんじゃないですか？あんたの事怯えてんじゃん、可哀想に。 決断したら早く山に来いよ。山は何処でも繋がってる。あんたが来たら直ぐ分かりますから。それじゃ」 　蛇は言いたい事は言ったというように、こちらに背を向け窓から外へ出て行こうとする。 「待って！！山の民って…なんなんだ？仲間って…どういう事だ！？」 　まだ何も疑問が解けていない。分からないことだらけだ。 　蛇はチラリとこちらを振り返る。 　その瞳が一瞬白濁したように見えたが、直ぐに瞳の色は元の黒い瞳に戻った。 　そのまま窓枠をぬるりと一周すると、窓枠から黒く光る布のようなものが落ちてくる。 「あの先生に教えてもらってくださいよ。 　本当の事を教えてくれるかは、知りませんけどね」 　 「青龍様〜ただ今戻りましたよ〜。紫龍草いっぱいだよ〜」 　ドアが開いて、部屋の中にシィンの元気な声が響き渡る。 　シィンに目をやり、慌てて振り返るともうそこには黒い蛇はいなくなっていた。 　それどころか、先程あったはずの窓さえなくなって、今はただの白い壁があるだけだ。 「アオ…」 　自由に声を出せていた喉も、今はどうやって喋れていたのか分からない。元の通りの獣の声しか出なくなってしまった。 「どうしたの？アオちゃん、そっちになにかあるんですか？あれ？これはなんだろう？」 　シィンが先程の黒蛇の置き土産に気づき摘み上げようとする。 「シィン、ドアが開けっ放しですよ。何回言えば直るんですか…」 後から入ってきたグアンがそれに気付き、悲鳴のような声を上げた。 「それは！？シィン！！それに触ってはいけない！！」 　持っていた茶器がガシャンと音を立てて割れたのも気にせず、グアンはシィンをそれから守るようにきつく抱きしめた。 「な、なんなんですか？それ？？」 　苦しそうにモゾモゾと動きながら、くぐもった声でシィンが聞く。 「これは…」 　顔面を蒼白にしたグアンが、弱々しく答えた。 「これは……恐らく山の民が脱皮した皮です。山の民は様々な形に変化するとされていますが、蛇のかたちが一番多い。特に黒い蛇は山の民に間違いない。昔先代の星見の長に、一度だけ脱皮した皮を見せてもらったことがあります」 「山の民？はじめて聞きました…」 「えぇ、山の民については、普通口を閉ざすものです。お前にはいずれ教えようと思っていましたが…山の民は『祝福』の反対である『災い』をもたらす者。 古くからの呼び名を妖魔と言います。けっして関わってはいけません」 　グアンのその話を聞いて、葵の視界は真っ黒に染まった。 鱗がゾワリと騒めく。 あいつは、何と言っていたか……？ 俺があいつの、仲間とか、言ってなかったか？ と言う事は…… (俺は、妖魔の、仲間なのか？)