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黒の章4

「なんだ?何かあったか?いや、それよりグアン。陛下がとうとう倒れた」  突如、ホンが開いている扉から顔を覗かせた。  今日は火トカゲのヤンを肩に乗せている。 「なんですって?蛇が出ましたか!?」 「蛇?何のことだ?」 「……いえ……」 「医者が言うには、ただの過労らしい。ただ、ちょっと熱があってな、うわ言で、青龍様を呼んでるんだ」 「青龍様を?」 「あぁ、だから悪いんだが、お前達で青龍様を陛下のところへお連れしてくれ。俺はこれから大臣方と会議だ……責任の押しつけあいで紛糾するのは目に見えてるがな」 「分かりました。陛下の一大事です。シィンおいで。青龍様、一緒に来て頂いて宜しいですか?」  葵は殆ど条件反射で尻尾を一回叩く。  だが、グアンに着いて行こうとする足どりは重かった。  フェイロンがうわ言で自分を呼んでいるのなら、恐らく熱に浮かされて悪夢を見ているのだ。  青龍の姿をした恐ろしい自分の夢を……  それに……   (『災い』を呼ぶかもしれない自分が、フェイロンの側にいっても良いのか?)  最早、自分が青龍であるのかも怪しい。  皆んなに『青龍様』と呼ばれてその気になっていたが、よく考えればそんな確証など何処にもないのだ。  (クロは俺のことを仲間で、山の民と言っていた。山の民が青龍なんて事があるだろうか?)  青龍は『祝福』をもたらす霊獣で、山の民は『災い』をもたらす妖魔。そして、葵は元々別の世界の人間で、こちらに連れてきたのは恐らく黒い蛇のクロ。  考えれば考えるほど混乱してきて、出口のない迷路に迷い込んだようだ。  自分が何者なのか分からないのは、思った以上に恐ろしい。  答えが出ないまま、葵はただグアンの後ろについて行くことしか出来なかった。 ※※※ 「青龍様をお連れしました」  グアンとシィンと共にフェイロンの私室に行くと、 中には医師とその助手、侍従長がベットの周りを取り囲んでいた。  その中心ではフェイロンが額に汗をかきながら、苦しそうに呼吸をしている。 「おぉ、青龍様!本当に、青龍様が降臨していたんですなぁ、なんと美しい……」  フェイロンの横で呑気に葵の方を見て称賛する医師に心の中で舌打ちしつつ、葵はグアンと共にフェイロンの側に寄る。  「陛下のご様子は?」  厳しい顔でグアンが医師に訊ねるとやっと本分を思い出したのか、ゴホンとひとつ咳払いをして答えた。 「熱はさほど高いわけではないのですが、しきりにうわ言を仰っていましてね。最近は食欲もなく、水分ばかり摂取していたとか。眠りもずっと浅かったようなので、何日か前からお薬をお出ししていたんですがね。 苦いのが嫌だとおっしゃって、殆ど飲んでくださりませんでした。そうしたら、先程廊下で突然倒れられたと侍従長から連絡を受けまして」 (顔が赤い…それに、食欲不振、不眠、微熱…喉が乾くのも全部『(しん)』に熱があるときの症状だ。(しん)は精神に負担がかかった時に不調が出やすい。やはり原因は俺なのか…?)  ここが『天野薬店』だったら、直ぐにでも煎じ薬を作るのだが、この手では生薬を持つことも出来ない。 「っう……や、めろ……せ、いりゅう……)  苦しげな呼吸で、フェイロンが青龍の名を呼んだ。  やはり、明らかに悪夢を見ているのだ。 「青龍様、もしよろしければフェイロン様の手を握ってあげてくださいませんか?青龍様の御手は癒しの手とも言われますので」  グアンがそう声をかけてきたが、この鋭い爪が生えた手が癒しの手とは到底思えなかった。  しかし、フェイロンの呼吸があまりにも苦しそうで、葵は思わずフェイロンを傷つけないようにそっと、フェイロンの手の平に自分の手を重ねた。  

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