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黒の章17

「お前のところって、山って事なのか…?」 「そうですよ、そう言ってんじゃん。俺ら二人でこれからずっと一緒にいるんだ。あぁ、紫龍草はちゃんと手に入るから心配しないでください。」 「二人?仲間がいるんじゃないのか?」 「仲間?何言ってるんすか。そんなのいないですよ。あぁ、適当に居場所与えてやってる動物は山の中にはいますけどね。中には死にたくて山に来る人間とかいるけど、そういう奴はみんな蛇に変えてるし。 あんなの別に仲間じゃないですよ。山の民とか妖魔なんて、人間が勝手に呼び始めただけなんで」 「それって……」 クロが苛々したようにガリガリ頭を掻く。 「もう、そんな事はどうでもいいっすよ。俺の所に来るんすか?」 「俺は……」  葵は無意識に本題を先延ばししようといている自分の往生際の悪さに辟易した。フェイロンからなるべく遠くに行くって決めたからここに来たのに……  小さく頷いた葵に、クロは、あはは!と甲高い笑い声を上げる。 「やっぱりね!ずっとこの日を待ってたんですよ!!やっとあんたと居れるんだ!!は〜、良く見るとちっちぇあんたも可愛いっすね。どれどれ」  クロはフェイロンと初めて会った時、そうされたように、両脇の下に手を差し入れて持ち上げてくる。葵の尾に触れないようにしているようだった。 「俺が尾に触れると嫌だって知ってるのか?」 「当たり前ですよ!昔あんたがデカい時に尾に触ろうとしてエライ目にあったんだ!!」 「昔?俺とお前は会ったことがあるのか?」 「……まぁ、いいんですよ。やめやめ。昔の話は禁止。あんたが今ここに居てくれるんなら、それでいいんです」  何故か分からないが、クロは昔の話をしたくないようだった。禁止と言われると、これから一緒にいる分、それ以上強く聞けない。 「あはは〜!あんたが来てくれるかなぁ〜と思って住処には、あんた好みのふかふかの絨毯を一面に引いときましたよっ。ちょっと行くと青い水が湧き出る湖もあるんだ!そこで水浴びするあんたは信じらんないくらい綺麗だろうなぁ〜。そうそう!勿論紫龍草も摘んでありますから。ってあれ、あんた一本持ってきたんだ。準備いいっすね、流石」  言われて、自分がまだ紫龍草を握りしめていた事を思い出した。 「そのちっちゃい体でここまで来たんだ。疲れたでしょ?それ食べちゃえよ」 「……っ嫌だ!!」  クロが親切でそう言ったのは分かった。だが、葵は反射的にクロの腕から飛び出した。  紫龍草を痛いほど握りしめる。  この紫龍草は蕾があった場所に花開いていた紫龍草だった。  フェイロンが、葵のために種を撒いて、葵のために咲かせた紫龍草。 「……おい」  クロもその紫龍草が、どういう物か察したらしい。まさに蛇のような目で葵を睨みつけてくる。 「まさか、まだあのビビリな王の事をどうとか思ってんじゃないだろうな?諦めろよ。あんたとあいつじゃ住む世界が違うんだよ。」  紫龍草を握りしめたまま固まって動けない葵を見て、クロは奇妙に歪んだ口でせせら笑った。 「はっ!大丈夫ですよ。あんたが居なくても、今頃あいつは大臣の孫娘とよろしくやって子供こさえてメデタシメデタシってね」  そうだ、今頃、フェイロンは……。  考えないようにしていた事をハッキリと口に出され、葵は2人が今どうしているかを鮮明に想像してしまった。  娘はフェイロンの前にあられもない姿を晒しているのだろうか。若くて柔らかなその肢体をフェイロンは長い指で引き寄せて……そして…… (ーー嫌だ)  例え初めは朦朧としたまま事に及んでも、優しいフェイロンはきっと子供も娘も愛するようになる。 (嫌だ…嫌だ……)  あの優しい笑顔も紫の瞳も!俺のものじゃ無いなんて! 「あれは、俺の王なのに!!」

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