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黒の章18

 声に出すと、腹の底から炎が燃え上がるように感じた。  燃え上がった炎は全身に広がり、額にある二本の角の先から更に爆発するような熱を感じる。 (行かなきゃ……) 体の内側がドクンドクンと脈打ち、後ろ脚は痛い程熱いが、身体は驚く程軽かった。 (飛んで行かなきゃ……フェイロンの所に……) 「おい!どこいくんだよ!?」  クロが必死に止める声が聞こえてきたが、葵の意識はもう殆ど、フェイロンのいる方向へと飛んでいた。 「どうせ手遅れだぞ!あいつはどうせもうっ!くそ!」  クロの声が遠く後ろの方から聞こえてきた気がしたが、葵は炎の塊となって、夜空を駆け抜けた。     ※※※  農耕大臣には五人の息子と六人の娘がいる。サンは三男と言っても、上に二人の兄と五人の姉がいたので、特に野心もなく不自由もなく、素直な妻と二人の娘と気楽で平穏な日々を過ごしていた。    宮殿の敷地内といっても、三の郭の一画ともなると、正殿からは遠く離れている。  特別な才があるわけでもないサンは月に一度の集会でしか正殿に訪れる事は無い。  勿論妻や娘達は、自分達が宮中にいるという意識は薄く、皇帝や噂の青龍の事など雲の上のような出来事であった。  そんな穏やかな日々だったが、父ユンソンからの早馬で突如激震が走る。 『急ぎ長女フィヨンを陛下の寝処に向かわせ、伽をつとめさせるように』  とだけ書かれた文は、使者の話では陛下の御命に関わる事なので、とにかく急げと言われたという。  理由も分からぬまま、大急ぎで長女に支度をさせて何とか体裁を整えた。  肝心の長女は綺麗な化粧を施され、普段は許されない薄紫の美しい衣装を着せられてご満悦の様子で、伽の意味も良く分からぬまま馬車に乗せられて行ってしまった。  日が暮れて、今頃陛下の元に着いたであろう娘の事を思うと気が気ではなく、サンは部屋中をウロウロと歩きまわる。  普段はおっとりとした妻も流石にソワソワして、趣味の刺繍の手が先程からまったく動いてない様子だった。  次女は何が起こっているか全く分からないが、なんだか今夜は大人達が相手をしてくれないと察して、窓から夜空を眺めて暇を潰していた。 「あ!おかあさま!!  見てっ!流れ星よ!!」 「あら、ではお姉さまの事が全てうまくいきますようにとお願いしておいて」  妻は半ばうわの空で返事をした。 「なんだか、とても大きいわっ!こっちに来てる気がする!!…あら?」  次女はくるりと母の方を向いて困った顔で尋ねた。 「流れ星が綺麗な男の人になっちゃっても、お願いって叶うかしら?」

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