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★黒の章19

  ※※※  宮殿の中庭に降り立つと、急激に体に重力が戻り、葵は膝から崩れ落ちた。  身体中が痛くて千切れそうだ。震えながら床に着いた手にはもう鋭い爪はなくなって、ピンク色の爪に柔らかな肌色の皮膚が広がっている。  どうやら、最後にあちらの世界で身に付けていた白シャツとチノパンを着ているようだった。身体中から噴き出る汗が衣服に絡み付いて気持ち悪い。  葵は力が入らない四肢をなんとか奮い起こして、ヨタヨタと中庭を抜け、フェイロンの寝所を目指す。  途中、衛兵に何度か会ったが、葵と目が合うとすぐに倒れこみ意識を手放した。  だんだんと、暴力的な程甘い香りが近づいているのが分かる。汗でベトつく肌がビリビリとひりつく。  中ば朦朧としてきたところにバンッと扉が開く音と若い女性の騒々しい声が聞こえてきた。 「もう嫌!なんで私がこんな目に遭わなくてはいけないの!?さっきなんて、私陛下に突き飛ばされたのよ!?信じられる!?こんな恥ずかしい格好までさせられたのに!もう、家へ帰らせて頂戴!!」  お待ちください、と侍女達が、肌が透けて見える薄紫の衣装を着ている女性を必死に止めている。恐らくあれが、ユンソンの孫娘なのだろう。  侍女の一人が、葵に気付くと孫娘もこちらに気づいた。  明らかに不審な葵を見て、思いきり眉を顰めた。 「何?誰なの!?こっちに来ないでよ!失礼ね!!」  侍女の一人が、あっ!と突然声をあげた。 「フィ、フィヨン様!!この方瞳の色が青いですっ…!」 「え?青い瞳なんてあり得ないわよ。青龍様しか……え?どういう事?あなたは……」  今、葵の瞳は青くなっているのか……確かに先程は角が焼けるように熱かったのが、今はそれが瞳に移動している気がする。  はっきりと葵と目が合うと、侍女も孫娘も一斉に意識を失くしてその場に崩れた。  女性達が崩れた先には、フェイロンの私室の扉がある。震える手で扉を押し開くと、濃厚な甘い芳香が部屋中に充満し、葵はその蠱惑的な香りに脳髄から溶かされそうになる。  呼吸するだけで狂おしいほど感じてしまう。  クラクラする頭で一歩一歩寝台に近づけば、溢れ出る蜜液で濡れた下履きがネチャリネチャリと淫猥な音を立てた。以前の葵だったら死にたいほど恥ずかしい事の筈なのに、今は目の前のアルファの事しか考えられない。 (フェイロン……いたーー)  愛しい人の姿に心が震え、涙腺が緩む。  寝台の上にはフェイロンが俯せでシーツを血がでるほど握り締めていた。 苦しそうに肩を震わせ、浅い呼吸を繰り返し、喉の奥からグルルと獣のような音が出ていた。  葵が近づくと香りで気づいたのかハッと振り向いて声を上げた。 「誰だっ!?」    

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