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青の章5

 そう、それは葵があえて考えないようにしていた事だった。あの花が恐らくトリカブトではない事を葵も薄々分かっていた。  だが、あえて深くは考えなかった。祖父を悪者にしておけば、葵は被害者でいられるからだ。  祖父は何を知っていて、何を考えて生きていたのか、考え出すと恐ろしいことが起きる気がした。もう祖父はこの世にはいないのに、葵はとりかえしのつかない事をしてしまったのではないか……。  これ以上後悔したくないと、葵は自分の心の安寧の為に事実から目をそらし続けていた。 「アオちゃん、楽な方に逃げるのはそれも処世術だから俺は賛成だよ。でも、アオちゃんは逃げてる方が辛いんじゃないかな? 事実を認めても、アオちゃんは悪くないと思うよ。俺にもなんとなく分かるな。アオちゃんのおじいちゃんに実際は会ったことないけど、アオちゃんに似て優しくて、そして、不器用な人だったんじゃない?」  卓袱台ごしに優しく微笑む千尋の姿が、あくる日の祖父に重なる。どんなに自分が前の晩深酒をしても、次の日の朝ご飯は必ず二人揃ってから卓袱台で向かい合って食べた。両親が早くに亡くなり、孤独だった筈が、今思うと一人でご飯を食べた記憶は殆どない。そう、優しい人だったったのだーー。 「二人はちょっとボタンをかけ間違えただけなんだ。きっと、おじいちゃんがアオちゃんの事が好きすぎたせいで、異世界にアオちゃんをどうしても行かせたくなかったんだね」  淡々と言葉を繋げる千尋はどこかいつもと違って見える。 「天野家にオメガの子が生まれて発情期を迎えたら、紫龍草を食べさせて異世界に行かせる。その子がいなくなってしばらくすると、黒い蛇が紫龍草を置いてまたオメガが産まれたら食べさせるようにと言って去る。これが代々天野家が受け継いできたしきたり」 「千尋……?」 「おじいちゃんはアオちゃんをどうしても異世界に行かせたくなかったんだ。だから発情期が来ないようにベータとして生きていけるように煎じ薬を飲ませていたんだね。でも、それが果たしてアオちゃんの幸せなのか、おじいちゃんは最後まで悩んでた。だから、遺言でアオちゃんに選ばせたんだ。今が辛いなら、異世界でなら幸せになれるかもしれないと思ったんじゃない?」 「千尋、お前……なんで……?」 「俺も全部は分からないんだ。紫龍草の花を一欠片食べただけだからね。でも、アオちゃんの悩みをほどいてあげるくらいにはなったかな? アオちゃんは、おじいちゃんにこれ以上ないくらい愛されてたんだ。だからね、安心して王様の胸に飛びこんできな。アオちゃんの中に愛はあるよ。いっぱいある。それ全部王様に注いできな。アオちゃんが例え悪魔でも、拒否出来るヤツなんてこの世にいないよ」  何故千尋がそんなことを知っているのか? 紫龍草を食べたことに何が関係するのか?  分からない事、聞きたい事が沢山あった。だが、今はーーー。 「フェイロンに、会いたい………」  瞳が熱い。涙を流すたびに葵の中のガラスの破片が涙と一緒に溶け出すようだ。 「うん……」 「俺、俺……本当はじいちゃんがそんな事するはずないって心の何処かで思ってたんだ。じいちゃん、ずっと怖い人だったけど、俺の事いつも心配してくれてたし。でも、じいちゃんを、悪者にしなきゃ、あまりにも……あまりにも……じいちゃん、ごめん……ごめんなさい……俺、じいちゃんに優しくできなかった……」 「大丈夫、大丈夫だよ。アオちゃん、きっとお互いそう思ってたんだね」  千尋が優しい手つきで葵の涙を拭ってくれた。その手つきは、まだ葵が幼い頃の祖父の手を思い出させる。 「……じいちゃんには、何にも出来なかった。でも、俺はもう間違えたくない。愛し方も愛され方も、ちゃんと、したい」 「……行っといで。アオちゃんなら大丈夫だよ。それで、余裕が出来たら俺も呼んでね。待つのは得意だから、いつまでも待つよ」 「千尋」  そっと千尋の手をとる。その瞬間、葵の手は蒼い炎に包まれたが、千尋は平然とした顔で優しく微笑んでいる。 「千尋、ありがとう。千尋がいてくれて本当に良かった……大好きだ」 「いいから、そういのは王様にしてやってね。またね、アオちゃん」  葵の身体が一瞬蒼い炎に包まれたかと思うと、炎は直ぐに消え去り、そこにいたはずの葵の姿もいなくなっていた。 残されたのは冷めきった紅茶と、葵が脱いだ洋服だけ。  蜂蜜が入ってない紅茶を手に取り、一口すすると千尋は憮然と呟いた。 「本当……いつの時代も残酷な青龍様だよね」

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