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青の章8

 紫龍草が青龍以外の者にとっては猛毒?そんな話は初めて知った。だが、千尋は食べてもなんでもなかったと言っていたのに……それともやはりあれは紫龍草ではないのか。だがそれよりもーー。 「フェイロンは死んでない」 「おやおや、お可哀想に。信じたい気持ちは分かりますけどねぇ。でも、」 「フェイロンは生きてる。俺には分かる」  はじめこそ動揺したが、今はフェイロンがどこかで呼吸をしているとはっきり確信できた。ホンが何を言っても無駄だった。フェイロンが生きている事が葵には『分かる』のだ。 「っーー!あなたは、俺の龍だっ!」  ホンが突如ヒステリックに叫んだ。 「ずっと思ってたんだっ!自分のどこか欠けた部分を埋めてくれる者は何処にいるんだろうと……。どんなに人に好かれても、どんなに剣がうまく振るえても、いつも何かが虚ろだった。ヤンと出会った時、これで俺は満たされると思ったが違った。いつもポッカリと穴が開いたまま……。抜け落ちたパーツを探し求めていた所にあなたが降臨したんだ。伝承通り光輝く瑠璃色の鱗、輝く黄金の角、俺は生まれて初めて高揚感を味わった。間違いなくあなたこそ、俺が求めていた半身だったんだーー」  葵に語っているようで、遠くを見て悦に入っているように見える。葵はそんなホンに空恐ろしさを感じるばかりで半身などとは到底思えない。ただ、フェイロンが言っていた事を思い出しただけだ。 「爬虫類オタクが……」  それまで、感極まってしゃべり倒していたホンだが、葵の言葉を聞くとスッと表情をなくした。  すると、どこか近くで雷の音がした。稲光に一瞬照らされたホンの瞳は暗く沈んでいる。  ホンはそのままゆっくりと顔を檻に近づけると、長く節くれ立った指で葵の顎をそっと持ち上げた。 「言ったでしょう?俺は全動物を愛せるんですよ。人間込みでね……。あなたのその姿も非常に魅力的です。友人に教えてもらったんですよ。俺は、あなたを、従える事が出来るらしい。性的な意味でねーー」  突如、腐った果実のような香りを強く感じる。ホンがアルファのフェロモンを自発的に強めているのだ。力の強いアルファはそういった事が出来ると何処かで聞いたことがあった。 (これは、まずいーー)  頭が朦朧として、グラリと体が傾いた。ホンが薄ら笑いながら檻の鍵を開けた。中に入ろうとしているのだ。 (やだーーフェイロン!!) 「ホン将軍、こちらにおいでですか!?」  ホンが檻のドアに手をかけたところで、ドア越しに部下らしき者の声が聞こえてきた。 「なんだ、今は取り込み中だ」 「すいません!火急の用事でして、実は武器庫に雷が落ちまして、かなりの被害が出ております。このままですと被害は他にも広がりそうです! 」 ホンはチッと舌打ちすると、フェロモンを抑えて再び檻の鍵をカチリと閉めた。 「ちょっと待っててくださいね、ここにいれば大丈夫ですんで」  そう言ってホンは身を翻してドアの外へと行ってしまった。ホッと息を吐いたのもつかの間、直ぐにドアが再び開いた。 ドアを開けて入ってきた人物に葵は思わず息を呑む。ゆっくりと近づいてきたその人に葵は涙が出るほどホッとした。 「っグアン!」

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