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青の章25
クロの瞳が一瞬大きく揺れた。
(あ、この瞳、フェイロンが泣くのを我慢するときに似ているーー)
青龍の為に頑張っていたクロ。母の為に頑張っていたフェイロン。そして、祖父の為に頑張っていた葵ーー。
自分達はまるで愛に飢えた迷子の子供達だ。葵はフェイロンがいてくれたから自分の居場所にたどり着けた。だが、クロはーー。
「俺はこれからはお前とずっと一緒にいるよ、と言ってもお前は多分何度も自分が発した言葉の悪夢に悩まされる。この先ずっと自分の罪悪感とともに生きていく。そんなの、見てる方が辛いよ。お前は充分苦しんだ。忘却は救いだ。お前は救われるべきなんじゃないかな」
クロは葵の手をぎゅっと握り返し、しばらく俯いてじっとその手を見つめていた。
そうして暫くした後、クロは本当に分からないといった顔でポツリと呟いた。
「忘れていいのかな? 忘れてしまって、俺の罪はどこに行ってしまうんだろう?」
葵はクロへの愛しさで胸がいっぱいになるのと同時に、彼を一人にした過去の自分への怒りのような感情も湧いてくる。
「事実は変わらない。でも、それを罪に感じる思いはどこかへ行ってもいいんだよ。罪に終わりがないなんて地獄だ。人はいつか死ぬ。そして、また、一からやり直すんだ」
「でも。そうしたら、もう今のあんたに会えなくなるのかーー?」
「……でも、また新しく出会えるよ。別れがあって、出会いがあるのも人間なんだ」
「そっか……」
なんかそれは、いいかもな。とクロは呟いた。
「じゃあ、そうする。頼むよ」
そう言って、クロは子供のように無邪気に葵に微笑んだ。こんな風にクロが笑うのは初めて見る。葵はその笑顔に胸を突かれ、突如今の彼とはもう会えない事への悲しみに襲われた。まだ、今のクロに出来る事があるんじゃないか?自分はクロに何をしてあげた?
「クロ……やっぱり……」
「アオちゃん」
葵が言葉を発する前に、千尋に遮られた。
「それは、優しさじゃないよ。アオちゃんの自己満足でしかない」
いつになく厳しい言葉だった。だが、千尋が言う通りなのも分かった。
「なに?青龍?心配してくれたの?やっぱり、あんたって優しいな。そういうとこ好きだ。ならさ、最後にさ、俺も、呼んでみていいか?」
「何を?」
葵が訊ねると、クロはもじもじと身体をくねらせながら、照れたように言った。
「ア、アオ……チャン。へへっ。俺、いっつも朱雀があんたのこと特別な名前で呼ぶの羨ましかったんだ」
「クローー」
もう葵は言葉を発する事が出来なかった。何か言えば、溢れる後悔と涙があふれ出してしまう。こんな小さな願い事を、今になってーー。
後悔しても過去は戻らない。前世の自分は今の自分ではない。葵は、今を生きると決めたのだ。クロにも、新しい『今』を与えてやりたい。
葵はもう悩むのはやめた。そっとクロを抱き寄せ、子供を寝かしつけるように額にキスをした。
「おやすみクローー」
次の瞬間、地鳴りの音のような雷鳴が轟き、葵の腕の中で落雷が起こる。
腕の中のクロは稲光に包まれた。
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