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苦手な生徒 1
冷えた空気が、ワイシャツのえり首からすべり込み、身体がぶるるんっと震えた。
「うう、さむ……」
十一月に入り、朝の気温はぐっと下がった。日に日に冷え込みが厳しくなっている気がする。一年の中で冬が一番苦手な僕は、ウールのカーディガンの袖口をのばし、手袋代わりにすっぽり被せた。
「ひゃははっ!」
ふいに外廊下側から、大きな声が耳に飛び込んでくる。嫌な予感に僕の首筋がきゅっと強張った。
「おまえ、バッカじゃねえの~」「うっせんだよ!」騒がしい声と共に、二、三人分の足音が近づいてくる。
どうか僕の存在に気づかず通りすぎてくれますようにと祈りながら、僕は彼らに背を向けたまま、ぱんぱんに膨らんだゴミ袋の口を縛った。
ポンッと足元になにかが転がってくる。空のペットボトルだ。反射的に振り向いてしまい、しまった、と思ったときは遅かった。
長身の男子生徒が三人、会話を止めて僕を見ていた。さっきの騒がしい声の主達だ。
ペットボトルはくるくる回転して、廊下の端で動きを止める。僕は黙ってそれを見つめた。
「おいおい、そんなところに落とすなよ、ゴミが増えて松澤ちゃんが困っちゃうだろ」
「わりい、気づかなかった。あ、ホントだ、松澤ちゃんいたんだー」
(わざとらし……)
スキンヘッドに鼻ピアスの生徒と、不自然なまでに日焼けした金髪の生徒。二年E組の生徒だ。
そしてもう一人、背の高い二人よりもさらに長身の人物、五藤貴也だ。
少年と称するにはあまりにも大人びた、堂々とした態度や筋肉質な身体の持ち主だ。
端整な顔立ちを覆う真っ黒で不揃いな髪が、野性的というか冷徹に見えるから見るたび怖い。
こんな顔で五藤は毎回、射るような目を僕に向けてくる。僕はこの三人組のうち、五藤が最も苦手なのだった。
「おっとっと」
スキンヘッドがペットボトルを拾い、僕めがけて放った。
「あっ」
それは僕の二の腕に当たり、乾いた音を立てて床に落ちる。
「あっ、手がすべっちゃった~。大丈夫? 松澤ちゃん」
「ばーか、なにやってんだよ」
へらへら口もとをゆがめる二人とは対照的に、五藤はなにも言わず、僕に鋭い視線を浴びせた。いつものことだけど、本当に怖いのでやめてほしい。……とても本人には言えないけど。
「お、おは……」
よう、が喉元で引っかかりそれ以上言葉が出てこない。朝の挨拶をするだけなのに、なんでこんなに怖いんだよ……。
五藤と視線が合ったのはほんの数秒間のはずなのに、ひどく長く感じた。
「ほら、行くぞ」
歩き出した五藤の一言に、二人は弾かれたように「待ってよ貴也!」とその後を追い走っていく。
少しずつ遠ざかる三つの背中に視線を泳がせ、僕はひっそりと息を吐いた。なんか、子供同士の初歩的ないじめを受けた気分だ。
なんであんなに怖い顔すんだよ……僕がなにしたっていうんだよ。
彼は僕の顔を見るたび、親のかたきのごとく睨むのだ。
そりゃ、授業中に漫画読んでいれば注意するし、反抗的な態度取られりゃ注意するし、居眠りしてれば注意するだろう。
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