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苦手な生徒 2
僕、松澤綴 は高校教師だ。この『自由学園』に赴任して来て、あっというまに半年が過ぎていた。
外廊下から校内の廊下へ歩いていくと、あちこちにゴミが散らばる光景が広がった。相変わらず荒れ果てた校内の様子に、早くも気持ちが萎えてしまいそうになる。
以前勤めていた学校を自主的に辞めてから、しばらくはなにも手につかなかった。自分は教職に不向きなのではと思い悩み、まったく別の職種をあたろうと考え始めた頃、紹介されたのがこの学園だった。
この「自由学園」は、自由な校風で制服もなく、何よりも生徒の自主性を尊重する高等学校だ。学園内の環境はすべて、自分たちの手で整えなければならない。――もちろん自主的に。
僕は背筋をのばしながら、日常的にゴミが散乱している廊下を眺めた。学園の方針に惹かれ、決めた進路だったが、この汚さには正直ひいた。
「ったく……自分が出したゴミくらい、せめてゴミ箱まで運べよなあ」
教師が掃除をしてはいけない決まりもないから、歩くたびに拾うのは、習慣になってしまった。
受け持ちのクラスがない僕は、授業のないこの時間に、こうして掃除をしている。
ゴミがゴミを呼び、一つでも落ちていれば、あっという間に足の踏み場がなくなるのだ。いたちごっこのようだが、やはり拾わずにはいられない。
僕はぶつぶつ文句を呟きながら、腰を折ったりのばしたりを繰り返した。
「松澤先生、朝からおそうじ?」
振り向くと、ここでは僕より先輩の佐尾先生が立っていた。彼女は英語担当の教師で、同じく二十四歳だ。
「もうくせみたいなもんでさ」
「ほんと、真面目なんだからあ~、あ、じゃね、お先」
「うん」
言いながら、彼女は職員室を目指し小走りで去って行く。僕もそろそろ、戻ったほうがいいかもしれない。
腕時計を見やり、一日の予定を確認するため、常に持ち歩く小さな手帳を取り出した。
――今日は、二時限目が二年E組か……
途端に憂うつな気分が襲ってくる。
はあっと口からなさけないため息が出て、あわてて周囲を確認した。
僕のこんな様子を、生徒たちに見られるわけにはいかないからだ。
国語教師の僕は、一、二年生を担当している。
自由な校風の中では珍しいのだが、僕は、厳しい教師として知れ渡っていた。今まで自由を満喫していた生徒たちにとっては、さぞ迷惑な存在だろう。
教師が厳しい態度をとってはいけないという決まりもないし、文句を言ってくる教師もいないから、僕は僕の決めた教師のイメージで教壇に立っている。
その効果は絶大で、ほとんどの生徒が僕の授業をサボることなく真面目に受けている。特に一年生は高校生活を始めたばかりだから、素直で可愛い。
しかし二年生の中には、今までとまったく生活態度を変えない連中もいて、それがE組の一部の生徒だった。
すべての生徒を自分の思い通りにしようなんて思わないけれど、E組の彼らはあまりに反抗的で、時々気持ちが折れてしまいそうになる。
僕の本来の、ひ弱でのんびりした性格に反し、厳しい教師を演じている身としてはかなりきついことだった。
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