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苦手な生徒 3

 校門側が賑やかになり、生徒たちが次々に登校してきた。  毎朝見ている光景なのに、彼らのカラフルで華やかな服装には、毎回ドキリとさせられてしまう。  昨年まで勤めていた学校はもちろん、今まで私服の学校は経験がなかったからだ。  教室へ流れる生徒たちと朝の挨拶を交わしながら、僕は反対方向の職員室へむかった。 ◇  二年E組の教壇に立つと、毎回なさけないことに、緊張から指先が震えてしまう。  しかし、僕を鬼教師だと思っている生徒には、この緊張感は良い意味での影響を与えているようだった。 「要旨とは、このように筆者が最も言いたいことを、短くまとめたものを指します。筆者の中心となる考え方や、意見がわかります」  この学園の自由な雰囲気は、生徒だけではなく大人たちにも浸透していた。  ほとんどの教師が、ジャージやカジュアルな服装で授業に出ているが、そんな中、僕だけは常にスーツを着用している。  一人暮らしだからワイシャツは自分でアイロンをかけるし、スラックスはプレッサーを使う。  夏の間だって、きちんと上下着用で授業にのぞんでいたのだ。――職員室に一歩入ったら、ソッコー脱いだけど。  『形から入る』というのは本当に重要だと、つくづく実感していた。僕自身、きちんとした服装によってスイッチが入るのだ。生徒の前では、強気な姿勢を決して崩してはならないからだ。  僕は弱気な心を振り振り払うように、チョークの粉がついた手をはたき、教室内を見渡した。 「では、これらの文章の中から、要旨を探してみましょう」  窓際の一番後ろの席に、五籐貴也は座っていた。机にうつぶせに突っ伏して、眠っているらしい。耳にイヤホンを入れているのが見えた。  五藤の前と右隣には取り巻きのスキンヘッドと金髪が、丸めた紙を投げ合っている。席を決めるのも生徒自身だから、自然とやんちゃな奴らが後ろへかたまるのだ。  僕はギュッとこぶしを握りしめ、後ろの席へ歩いて行った。僕の行動に、教室内の空気がぴんと張りつめた。  生徒たちは、これから起こる事への恐怖と好奇心の混ざった視線で僕を見つめている。 「五藤くん、起きてください! 授業中ですよ」  丁寧な口調だが、できるだけ大きく低音で言わなければならない。 「五藤くん!」  何度か声をかけても、五藤はぴくりともしなかった。  生徒たちに本性を隠しているけど、僕なりに決めていることがある。生徒を必ず「◯◯くん」「◯◯さん」と呼ぶということだ。間違っても、「おまえら」などと決して言わない。  厳しく指導する代わり、言葉使いは丁寧にする。そして、距離を縮めることもしなかった。  むろん生徒たちだって、な僕となんかと近づきたくないだろうから、この距離間はちょうどよかった。  僕は五藤の耳のイヤホンを、勇気を出して引っこ抜いた。(ちょっとおしっこチビりそうだった)途端に、シャカシャカと耳ざわりな音が漏れる。 「おい! なにすんだよ、てめえ!」  五藤の取り巻きの、スキンヘッドと金髪頭が怒鳴り、立ち上がった。これもいつものパターンだ。  そして、ぴく、と五藤の頭が反応し、ゆっくり身体が起き上がった。

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