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いじめっこといじめられっこの場合

その部屋は、なんとも不可思議で異様な空間だった。 凡そ五畳程の空間は一面を濃い橙色の壁紙に囲まれていて、天上から吊るされた丸い照明がネオンのような妖光を輝かせていた。 部屋の中心には大きなダブルベッドが一つ配置されていて、その右側には小さな三段引き出しのチェストと、反対側には簡易な小さめのテーブルがあった。 一見寝室のようにも見えるその部屋には、外を確認する為の窓も、部屋から出入りする為の扉もなく、この部屋に取り残された二人の男はわけもわからず茫然としていた。 「んだよこれ…ッ」 先に口を開いたのは金髪の男で、少々苛立った様子で部屋の壁を蹴り上げた。 大きな打撃音に、傍らにいた黒髪の男が丸めた背中をビクッと跳ねさせた。 「おい牧野(まきの)!どーいうことだこれ!」 「わ、わかんないよ広瀬(ひろせ)君…」 牧野と呼ばれた黒髪の男はびくつきながら、怯えた表情で目の前の男、広瀬を仰ぎ見る。 その牧野の、自分を恐れの対象として見る目に、広瀬はどうしようもない憤りを感じ、「クソが…ッ」と吐き捨てベッドへと乱暴に腰を下ろした。 二人がこの部屋に閉じ込められたと理解したのはほんの数分前のことである。 広瀬はその日、いつも通りに自室で眠りについた筈だった。 いつものように大学で気怠げに講義を受け、講義が全て終わった後はいつものように居酒屋のアルバイトへと出掛けた。 そしてアルバイトが終わった後は一人暮らしをしているアパートに帰って来て風呂に入り、遅い夕飯を食べ眠ったのだ。 何ら変わりのない、いつもの日常を過ごしていたのだ。 だが次に広瀬が目を覚まして見た光景は、自分の部屋とはあまりにもかけ離れた作りの部屋の中、自分の物とは比較しようもない程のふかふか加減のベッドの上で、自らの隣で穏やかに眠る牧野の姿だった。 そんな意味のわからない状況に動揺しつつ、牧野の安否を確認する為声を掛ける。 自分より華奢な背中に手を当て軽く揺すると、すぐに牧野はんん…と微かに吐息を漏らしゆっくりと目を開けた。 ボリュームのある睫毛に縁どられた飴色の瞳が広瀬を認識するや否や、牧野は悲鳴を上げて飛び起きた。 その過剰な反応に苛立ちながらも、周囲を見て自分同様に混乱している牧野に事情を話し何か覚えていることはないかと問うたが、牧野も自室で眠っていた以外何も記憶にないと答えるのみだった。

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