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SS・ふたりの世界
「晶、今週の金曜日仕事終わったらここに来て」
そう言って蓮が俺に見せたのは、少し毒々しい色をした小さな紙
そっと受け取ってよく見ればどうやらクラブイベントのインビテーションカードのようだ
「これは?」
「高校の時の先輩がクラブ経営するんだって。それのオープニングイベント」
「そうなんだ……え、俺の知ってる人?」
「いや、会ったことないと思うよ?」
え、じゃあ俺が行くのはどうなんだろう
よく見れば招待限定イベントのようだし、仲間内だけでやるんじゃないか?
俺が行くと浮いてしまいそうだし邪魔なだけだと思うけどなぁ……という思考がすべて顔に出ていたようで、蓮は小さく笑うともう一枚小さな紙を差し出してきた。
「大丈夫。何人誘ってもいいって言ってたし、限定っていってもけっこう大規模なイベントみたいだから。あと、これを必ず貼ってきて」
「なに?これ」
「インビテーション。それ見せれば入れてくれるから」
“それ”は、紫色の蝶の……タトゥーシール?
じっとそれを見つめる俺の顎を掬い唇を押しつけた蓮
その流れるように自然なキスは、きっと断りそうな俺の唇を塞ぐためだったんだろう
案の定俺は断るタイミングを逃し、さらにその日に限っていつも締め切りを守らない担当作家様がきちんと原稿を仕上げてくださったせーーおかげで、20時を回る頃にはクラブの前に辿り着いてしまっていた。
立ち止まる俺を追い越して地下へと続く階段に向かう人々は、皆一様に派手で華やかで目が眩む
仕事帰りにスーツのままなんて……浮くどころか中に入れてさえもらえないんじゃないか
いや、それならそれで助かるんだけれど。正直このまま帰りたい。
本当はーーーせっかくの金曜日だし、明日は俺も蓮も休みだから2人でゆっくりと過ごしたかったんだ
先週は俺の出張、先々週は蓮の大学の課題が終わらなくて週末が潰れた。
平日はやっぱりなにかと忙しいし、翌日のことを考えれば触れ合いも最低限に抑えてしまう
だから、今夜はーーーなんて思っていたんだけれど。
「このまま帰っちゃおうかな……ってのは無理か」
何時頃着きそうか蓮に何度も確認されて、今向かってるよと返信してしまったのは20分前のこと
とりあえず一度行くしかない。顔だけ見せて俺だけ先に帰ろう
蓮は先輩や高校時代の友人とせっかく集まっているのだからゆっくりしてくればいい
明日は休みなんだし、今夜できなくても明日がある。うん。明日は出掛けずに家で……ベッドで一日を過ごすのも良い
何度も自分に言い聞かせ、ゆっくりと階段を降りていく
すれ違うたびに刺さる視線を気にしないようにしながら入り口までいくと、ほとんど裸じゃないかと言いたくなるような格好をした女の子がニコッと笑いながら見上げてきた。
「こんばんは。おにいさんインビテーションカードあります?」
「あ、えっと、カードじゃなくて」
これが……と袖を少し引き上げ左手首の内側を見せる
腕時計にだいぶ隠れているそれは、暗い場所だと発光する素材だったようだ
蛍光パープルの蝶があまりにも自分と似つかわしくなくてかなり恥ずかしい
早く隠したいのに、女の子は大きな瞳をまん丸に見開いてそれを凝視したあと「わお」と一言呟いた。
「おにいさん、もしかして蓮の……?」
「あ、はい。蓮君に誘われて」
誰からの紹介かまで判別できるようになってるのか?
突然の名前に驚きながらも返したら、女の子はもっと驚いたように真っ赤な唇をポカンと開けたまま固まってしまった。
俺と蓮が知り合いってだけでこんなにも驚かれるのか
まぁ確かに共通点はないもんな。意外だろう
「えっと……もし無理なら帰りますけど……」
「え、あ、大丈夫!えっと……」
「あ、晶さん!?」
不意に声を掛けられ顔を向けると、一度会ったことがある蓮の友人柚君が駆け寄ってきた。そういえば彼は高校からの友人と言っていたっけ
「柚君。こんばんは」
「あーよかった。探し回るところだった」
「え、なんで?」
「蓮がうるさくて。晶が遅い、何かあったんじゃないかって」
「え」
「でも先輩達がなかなか蓮離さないから抜けられなくて。かわりに俺が来たってわけです」
「わ……ごめんね?ありがとう」
いえいえと笑いながら歩き出す柚君に着いて中に入れば、想像以上の人と大音量の音楽、独特な香りや雰囲気に圧倒されてしまう
大学時代に付き合いでクラブに行ったことは二度ほどあるが、このクラブは特にターゲットが若いんじゃないか。なんというか、ひどく、苦手だ
「晶さん、こっちです。離れないで」
「う、うん。なんかすごいね?はぐれたら完全に迷子になるよ」
「晶さんが迷子になったら俺が殺されます」
「ん?」
よく聞き取れなくて聞き返すけれど、柚君は俺の手首を掴んでズンズンと奥へ進んでいった。
自由に踊る人波をかいくぐりかなり奥まで進んだら数段の階段があって、クラブに詳しくない俺にもわかった。この先はVIP席があるフロアなんだろう
「蓮はこの先にいるんでーー」
「柚」
「あ、先輩!お久しぶりです」
ちょうど階段に足をかけたところで掛けられた声
どうやら柚君の知人らしく、おざなりにできない相手らしい
少し困ったように俺を見る柚君にそっと耳打ちする
「ありがとう。あとは俺一人で大丈夫だから」
「え、だ、大丈夫ですか?」
「うん。もうこの上にいるんだろ?探してみるよ」
だから言っておいでと先輩の方へ促すと、少し躊躇いながらも頷いて
「晶さん、誰かにナンパされても応えちゃダメですよ。しつこかったら殴ってでも逃げて」
「ふはっ、女の子は殴れないよ」
「いや、男ですよ!とにかく気を付けて。まっすぐ蓮の所に行ってくださいね」
え、と思いながらもとりあえずコクコクと頷けば、不安そうな顔のまま柚君は先輩の方へと駆けて行った。
それを見送ってから改めて階段を上がる
それにしても柚君変なこと言ってたな
こんなにも可愛い女の子が溢れている場所で男をナンパする男はなかなかいないだろう
それに俺は男にナンパされたことなんて……あぁ、蓮にはナンパされたことになるのかな。でもそれ以外はないし。
仕事関係の人に食事に誘われるのはナンパじゃないよな?
あとはお店とかで知らない人や店員さんに1杯奢られるのも……ただの好意だよな?
なんて考えている間に階段は終わり、間隔を開けて大きなテーブルとソファが並ぶVIPフロアに着いていた。
それぞれで盛り上がっているテーブルを見渡しても蓮の姿はない
けれど、更に奥から賑やかな声が聞こえてきた。
そこはパーテーションで区切られた半個室のような空間みたいだ
確信を持って近付きそっと覗けば、特大のテーブルを囲むコの字ソファに10人以上の男女が集まっている
その中心にいる男性は多分このクラブのオーナーで蓮の先輩なんだろう
その隣に派手な女の子、そしてその隣がーーー蓮
あぁ、先輩の前だというのにだらしなく座って足を組みながら携帯を触っている
しかも左手の指に挟んでるのは煙草じゃないか?
やめてたはずなのになんで吸ってるんだよ。勧められたのかな
というか顔が怖い。そんなに不機嫌そうにするなよ。隣の女の子が気にしてるよーーーって、気にしてるのはその表情じゃなくて存在自体か
わぁ……なんていうか、女の子が男を誘う時の顔ってこんなにもわかりやすいのか……
蓮も気付いてないはずないよな……あ、なにか囁いてる。わ、唇が蓮の耳に触れそう。よく平然としていられるな。俺なら絶対に無理。あんなにこの空間に、雰囲気に、馴染むなんて
「……喉が、乾いたな」
気付いたらーーー踵を返し、その場から離れていた。
いや、帰るわけじゃない。ただフリードリンクらしいし、なにか飲み物くらい自分で用意していかないと。あんな場所に入っていくならなおさら、アルコールでも無いとやってられない
ちょうどVIPフロアの端にカウンターがあって、自然と足が向かう
テキーラでもキメたら少しは気が大きくなるだろうかーーーなんて思いながらもオススメの“軽いもの”を頼んでスツールに腰掛けた。
時計を見やれば20時24分を指していて、これは少しヤバいかなと苦笑する
さっき険しい顔で携帯を見ていたのは、俺からの連絡を待っていたのかもしれない
さっき交わしたメッセージでは20時頃には着くと伝えたはずだ
心配しているだろう。連絡しないと。というか、ここに来てもらおうかな?
そう考えた時、ふと浮かんださっきの光景
楽しそうには見えなかったけれど……なんというか、馴染んでいたな
蓮が俺と出会う前も、俺と出会ってからも、こういうところで遊んでいたのは知っている
一度別れてからはもう行ってないと言っていたけれど
「世界が違うよなぁ」
思わず独り言を零したら、不意に吐息笑いが聴こえた。
驚いて見上げれば、いつのまにか隣に男性が1人立っていて
「すみません。隣、いいですか?」
「え……」
「このクラブの雰囲気に馴染めなくて……でもここは少し静かで落ち着きますね」
「そうですね……」
「帰りたいんですけど連れがまだ盛り上がっていて。良かったら1杯だけ付き合ってもらえませんか?」
穏やかに話すその男性は、俺よりも多分年上だろう
老けているわけじゃないけれどクラブよりもシックなBARが似合いそうな雰囲気だ
帰りたいけど帰れない状況にシンパシーを感じて、俺は思わず笑ってしまった。
「ふふ、どうぞ。実は俺もまったく同じで」
「へぇ、お連れの方はどちらに?」
あそこだと指させば、驚いたようにまばたく
「特別席か……すごいな。どうして行かないんですか?」
「見ての通り、俺には馴染めない雰囲気で」
とスーツを見せて肩を竦めれば、男性は小さく笑った。
「たしかに……あなたにはもっと落ち着いた店の方が合いそうですね」
「あそこはもうなんというか、別世界でした」
「でも友人はあそこにいるんですよね?」
「はい。彼はとても馴染んでました」
俺とは違って、と笑いながら呟いて……実感する
いつもふたりきりの世界でいたら感じないことなのに
やっぱり来るんじゃなかったな
俺の知っている蓮なんて、本当にごく一部に過ぎなくて
俺の知らない蓮がまだまだたくさんいるんだ
そんなこと当たり前なはずなのに、なんでこんなにーーー寂しく感じるんだろう
「やっぱり、帰ろうかな……」
先に帰ると言えば蓮も早めに帰ってきてくれるかもしれない
飲み過ぎてなければセックスもできるだろうか
きっと触れ合いが足りないから、余計なことを考えるんだ
ふたりだけの世界に早く帰りたいな
「大丈夫ですか?」
「え……?」
「なんだか、今にも泣きそうな顔してる」
不意に頬を撫でられビクリと身体が震える
優しい触れ方なのになぜか強さを感じ、戸惑いながらも顔を見たらーーー見つめてくる瞳は独特な色を孕んでいた。
そう、さっき見た蓮の隣の女の子と同じような
「あ……あは、泣くわけないじゃないですか」
大丈夫です、とやんわり距離を取りながら誤魔化すようにグラスに手を伸ばせば、あれ?と男性が声を上げた。
「その手首の……タトゥーシールですか?」
「あ、はい。インビテーションカードのかわりに」
「それ、蝶ですよね」
「はい」
腕時計をずらしてみせれば、彼が少し眉を寄せ不思議そうに続ける
「連れから聞いたんです。オーナーを含めたVIP数人が、今夜それぞれパートナーを連れてくるって」
蝶のタトゥーシールが目印だから、間違っても声を掛けるなよと忠告されていて……という言葉に驚いて自身の手首を見やる
蓮はそんなこと何も言っていなかった。だから、カードがある招待客の連れは皆このシールを貼っているのだと思っていたけれど
「パートナー……」
「でもVIPは全員男だと聞いていたんだけどな……」
ぽつりと呟いた彼がふと何かを思いついたように視線を巡らせーーーそっと手を伸ばした。
俺の手首を……淡く光る蝶を指先でなぞりながら
「そうか。じゃあ俺にも望みがあるかな?」
さっきよりも数段熱を帯びた瞳で見つめてくる
そのあからさまな誘いに驚いて固まっていたら、突然後ろから顎を捕らえられた。
「え、ふ、ぅん……!」
そのまま上を向かされて、声を上げる間もなく塞がれた唇
びっくりして止まりそうになった心臓は、慣れたキスの感触にすぐ熱を持ちドクドクと高鳴った。
「は、待って、れ、んん……」
繰り返される荒々しいキスに言葉も紡げず、押し返そうとしても手に力が入らない
なんとか服を掴み強く握りしめれば、舌や唇を柔く噛んでからようやく唇が離れた。
乱れた呼吸を必死に整えながら非難の目を向けるとーーー見下ろしてくる瞳は俺の数百倍怒りに満ち溢れていて
「なにしてるの」
「れ、蓮……」
「遅いから心配した。変なヤツに絡まれてるんじゃないかって」
「ごめん、えっと」
「他の男に口説かせるために呼んだわけじゃないんだけど?」
そんなの分かっているけれど、じゃあなんのために呼んだんだよ
なんて行き場のない怒りがほんの少し湧いたけれど、言い返す前に腕を引かれ立たされる
そのまま歩き出す蓮に引っ張られながら男性を見ると、残念と呟きながらもクスクスと笑っていた。
「す、すみませ、お騒がせし、ちょ、ちょっと待って蓮!あの……」
慌てて頭を下げるも蓮は彼を一瞥もせずに歩き続ける
仕方なくついて行きながら、俺は小さな声でぼやいてみた。
「まだお酒残ってたのに」
「晶、俺今怒ってるんだけど」
「お、俺だって怒ってるよ!年上の人に失礼な態度とっちゃ駄目だ」
「恋人を寝取ろうとするヤツにも年上ってだけで敬意を払わなくちゃいけない?」
「ね、寝取る!?考えすぎだよ……そんなんじゃ」
ないとは言い切れない気がするけれど、俺にその気がないんだから間違ってもそうはならないわけで。
それに腹が立ったなら直接文句を言えばいいじゃないか
あんな、キスを見せつけたりその場から連れ去ったりするんじゃなくて、もっと簡単に、単純に
「俺の恋人だって、言えばいいじゃん。なんでなにも言わなかったの」
「言う必要ある?」
「……ないの?」
「ないよ。知らないどうでもいいヤツにいちいち言う必要ない」
……それはまぁ、そうだけど。
俺だって誰彼かまわず蓮のことを恋人だと紹介したりはしないけれど
でもなんか、“この世界”では2人の距離や関係が遠く離れているような、気がして
「……帰りたい」
「晶」
「帰りたいよ、蓮」
足を止めて振り向いた蓮をまっすぐに見つめながら呟く
真剣に伝えた本心は、しっかりと届いたらしい
小さく頷いた蓮が、少し微笑んで口を開いた。
「晶が来たら、すぐに帰るつもりだったよ」
「……なんでわざわざ俺を呼んだの」
「俺さ、高校の頃まぁまぁだらしない生活してて」
急に話が変わった気がしてきょとんとまばたけば、蓮は視線を逸らし自嘲気味に続けた。
「学校もバイトも適当。遊ぶ相手は誰でも良かった」
うん、まぁなんとなくは知ってる
出会う前のことだしあまり詳しくは聞いていないけれど
「その時に良くしてくれた先輩で、当時から俺のこと心配してた人なんだ」
ここのオーナー、と言われてそうなんだと相槌を打つ
こんな派手なクラブの経営者だしさっき見た雰囲気的にかなり遊んでいるタイプだろうと勝手に思っていたけれど、けっこうしっかりした人なのか
まぁある程度人望がないとこんなに人は集まらないよな
と1人納得していたら、また蓮が手を引いて歩き出した。
気付いたときにはパーテーションの向こう、“あの空間”に入り込んでいて
「篤先輩」
迷いなくコの字ソファの中央まで行くと、蓮は俺の手首を見せながら
「瀬野晶。俺の恋人です」
はっきりと、言い放った。
「ちょ、れ、蓮」
ざわつく周りの声や視線にたじろいで思わず手を引こうとしたけれど、蓮は俺の腕時計に見え隠れする蝶を撫でながら笑った。
「もう死んでも離さないと誓った蝶なんです」
思いがけない言葉に固まった俺の前
篤さんが俺をじっと見つめてから、蓮に向けて柔らかな笑みを浮かべる
噛みしめるように何度か小さく頷きながら
「そうか。よかったな」
本当に、心の底から安堵するような声で囁いた。
その瞳や声音から伝わる温かい感情にーーーなぜか泣いてしまったのは俺の方で
声を上げて笑った蓮に抱き寄せられたまま、気付けば喧噪をくぐり抜け爽やかな外の空気に包まれていた。
ようやく泣き止んだ俺の手を握って、なにも言わずゆっくりと歩く蓮
その手を握り返しながら、俺は照れ隠しに拗ねてみせた。
「先輩に紹介したかったなら最初からそう言ってくれればいいのに」
「最初からそう言ったら、晶は来なかったでしょ」
たしかに、それなら別の機会を作ってと言って今夜のイベントには行かなかっただろう
「知ってほしかったんだ。俺のこと」
「……蓮のこと?」
「俺の世界を知ってもらいたいし、晶の世界も知りたい。もっともっと」
もう何年も付き合っているのに知らないことだらけで
きっと俺たちは色々と間違っていたんだろう
でもこうして、今からでもひとつひとつ知っていけるのなら
「……うん、いいかもな」
「今度は晶の世界を見せてよ」
「俺の?うーん、図書館とか?古書店巡りとか?」
晶らしいなと笑った蓮に笑い返してから、俺はそっと顔を寄せ耳打ちした。
「でも今は、早くふたりの世界に帰りたい」
俺を見た蓮の顔からストンと表情が消えて
でもそれは女の子に耳打ちされたときの平然さとは違うこと、握られた手の強さと少し早くなった足取りで分かる
思わず吹き出しそうになるのをこらえて俺も強く手を握り返した。
古書店巡りは来週にしよう
今夜と、明日と、明後日はーーーふたりきりの世界で。
オマケ↓
「そういえば蓮、煙草吸ったな」
「……あぁ、先輩にもらった。晶遅くてイライラしてたし」
「せっかく禁煙できてたのに。また吸い始めるのか?」
「いや、もう二度と吸わない。やっぱり良いことなかった。トラウマがひとつ増えただけだ」
トラウマ?と聞き返した俺に、蓮が苦々しく話し出したあの日のこと
“あの日”の朝ーーー煙草を吸おうと開けたクローゼットを見て、俺が出て行ったことに気付いたらしい
俺はいつのまにかとぼんやり思っていたけれど、蓮はあの日から一切煙草を吸わなくなったんだとか
それは知らなかったなと驚く俺に、蓮は嘆息しながら続けた。
「久しぶりに吸ったけど全然おいしくないし、イライラも収まんないし。我慢できなくて探しに行ったら晶は浮気してるし」
「浮気!?するわけないだろ!!」
「あんなあからさまに口説かれて」
「そ、それは……っていうか、蓮こそ思いっきり誘われてたじゃんか」
「は?いつ誰に」
「隣に座ってた女の子に」
「あぁ……って、晶なんで知ってんの」
「え」
「一度来て引き返した?嫉妬したから浮気しようとしたの?」
「ちーがーうー!」
「ほんと危ないな……え、もしかして今までもそういう」
「するわけないだろバカ!!それにあんなふうに口説かれたの初めてだし」
「あんなふうに?」
「昼食とか仕事の合間にカフェやごはん屋さん入るとさ、けっこう話しかけられるんだよ。ひとり飯が苦手な男も多いのかな。でもいつも普通に話すだけだから、今回みたいなのは初めてで」
おまえ以外にも物好きはいるんだなーとのんきに笑う晶は、蓮の顔から表情どころか血の気さえ引いたことに気付くわけもなく
その日待ち望んでいたセックスが異常なほど激しく情熱的だった理由も分からないままに、ただ翌朝蓮の腕の中でぼんやりと首を傾げたのだった。
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