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柊一郎の幸せ。

柊一郎は車を走らせていた。 本日の会社員としての務めを終え、車で片道20分の帰路を、毎日の習慣となっているラジオ番組を流しながらひた走る。 マンションに到着すると、駐車場に車を停め、オートロックを解除し中に入った。 エントランスで郵便のチェックも忘れない。 そうして15階建てのマンションの、我が家がある最上階を目指しエレベーターに乗り込んだ。 ここで柊一郎という人物について少し説明しよう。 一言で語ると、柊一郎は真面目人間である。 根っからの真面目さで、生まれてこの方非行に走ったことなど一度もない。 青春時代にやんちゃをするでもなく、社会人になって遊び歩くこともせず、今までなんとも真っ当に生きてきた。 染めたことなど一度もない黒髪に、同じ色をした瞳、そんな何も飾り気のない見た目からも柊一郎という人物の真面目さがよく滲み出ている。 顔付きは精悍で男前の部類、そして性格も温厚。 と、ここまでは何の問題もないただの真面目な男なのだが…。 柊一郎はいかんせん、感情を表に出すことが苦手な性分であった。 ようするに無愛想なのだ。 普通にしてても目つきが悪く、さらに眉間に皺を寄せるのが癖な為、第一印象は怖い人だと思われることが多い。 会社の後輩達からも「瀬名課長は怒らせるとヤバい」と恐れられているようで、それを知った時、柊一郎は大層ショックだった。 身長も平均より高く、スラリとしているが骨太な体格は威圧感があり、濃紺のスーツをビシッと着こなすその様は一見清潔感に溢れているが、堅苦しくどこか神経質そうにも見える。 初対面の人からは高確率で怖がられるし、子供には目が合っただけで泣かれてしまう、という真面目だが何とも損な男、それが柊一郎だった。 最上階まで上がるにはエレベーターでも少し時間が掛かる。 その間に本日の夕飯の献立を予想するのが柊一郎の平日の日課だ。 そういえば昼休憩の時に今日の夕食のメインを知らせるメールが届いていたことをふと思い出した。 午後からの仕事を応援する可愛い文面に、日替わりで変わる動物の絵文字。 「(今日はハムスターだったな…)」 絵文字をどれにしようか悩んでいる姿を想像して思わずふっと口元が綻んだ。 だが側から見れば無表情と変わりない。 「(あと、夕食のメインは肉じゃがだったか…)」 となると他は揚げ出し豆腐かほうれん草のおひたしか、はたまたゴボウサラダか…。 それ以外にもバリエーションが豊富で、これが中々当たらないのが面白かったりする。 そんな風に食べ物のことばかり考えていると、空腹にお腹が鳴る。 予想外に大きな音に、エレベーター内が1人でよかったと思う柊一郎であった。 マンションの長い廊下を歩き、一番端の角部屋を目指す。 ここに引っ越して来てからもう半年程経つが、本当に居心地が良いことを柊一郎は改めて感じていた。 隣に住んでいる住人も穏やかな家庭で自分達と波長が合うし、全体的に騒音等もなく静かで落ち着きがある。 まあ本当はもう少し下の階が良かったのだが、今になっては最上階も悪くはない。 それに、最上階だと知って喜ぶ姿を見てしまってはとても他の階にしようなどと言える筈がなかったのだ。 「ただいま」 我が家の扉を開け、一言そう声をかける。 瞬間漂う食欲をそそる匂いに一気に気分が向上した。 一歩足を踏み入れると、奥のリビングからパタパタと愛らしい足音が聞こえてきた。 「おかえりなさい!」 とびきりの笑顔で柊一郎を迎えたのは、柊一郎にとってこの世で一番大切な愛しい存在である。 「ただいま、ゆき」

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